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40 紫淵の秘密



「そうでした。お伺いしてもよいのかわからないのですが、その……いったいなぜ紫淵(シエン)殿下が木蘭(ムーラン)様のお姿に?」

「……そうだな、君には話しておこう」


 紫淵はそう前置きしてから頭を切り替える。


「悪鬼の呪詛だ。皇太子になるべく生を受けた皇子は、成人になるまでの間になんらかの怪異に巻き込まれる」

「もしや、……燐火の悪鬼の?」


 苺苺(メイメイ)はそっと息をのんだ。


「ああ。千年は続く呪詛ということになるな。俺の場合は十歳を過ぎた頃から、突然夜だけ幼い少女――木蘭の姿になるというものだったのだが……。昨年の暮れより、日常的にその姿になるようになってしまった」

「なんと!」


 飛び上がるほど驚いた苺苺は、思っていたよりも大きな声が出てしまって両指先でハッと唇を押さえる。

 幼女の姿の紫淵を〝木蘭(ムーラン)〟と名付けたのは、当時その姿を初めて見た皇帝陛下だったらしい。


 老齢の父に代わり男装した少女が男ばかりの軍に入りって武勲をあげる伝説から、

(シュ)木蘭。皇子が女ばかりの後宮に入って栄華を極めるのに、これほど縁起の良い名があるか?』

と皇帝陛下は笑いながら言ったそうだ。


(そういえば、入宮前に王都を通った時に見かけた演劇一座で上演中の演目が、ちょうど『(ファ)木蘭』でしたね。馬車で通り過ぎるしかありませんでしたが、やはり早めに王都入りして観劇しておくべきでした……!)


 推しの概念はすべて網羅しておきたい欲にかられ、思わぬつながりに内心ワナワナする苺苺である。


「怪異はいつ、どのように起きるかわからない。そのため皇太子の象徴とも言える紺青の黒髪を持つ皇子は、発現する怪異の実態が掴めるまで、生まれて数日後には皇帝陛下の名のもとに幽閉されて育つ」

「そんな……。幽閉とは、お大変でしたね。王都からお離れに?」

「いや、後宮の奥深くだ」


 苺苺は息をのむ。


(後宮から離れられない、立太子するのが決定づけられている皇子。きっと様々な悪意に晒されたに違いありませんわ)


 きゅっと眉根を寄せて、あたたかな憐憫を長い睫毛のけぶる大きな双眸に浮かべた苺苺の頭に、紫淵はぽんっと手のひらを乗せた。

 慰めてほしくて言ったわけじゃない。

 だが、幼かった頃の自分に、そっと苺苺が寄り添ってくれた心地がして、嫌な気分ではなかった。


「滅多な行事以外では姿を現さない俺に対して、周囲は次第に『やはり歴代と同じく病弱か』と囁くようになった。まあそれが一番身を隠すのに都合がいいから、今も好んで使う言い訳だが」

「そうなんですね」

「実際の俺は病弱とは程遠くて、幼い頃から武術も嗜んでいるから剣術もひと通りできる」


(ではやはり悪鬼武官様のお姿の時に足音がしなかったのは、本当に手練れである可能性が!? よ、よほどの剣の才をお持ちなのやも……!)


「と、いうことは、わたくし……まさか剣の錆に!?」

「なぜそうなる。……いや、君の選択によってはその可能性もあるかもしれない。今夜起きた出来事が皇帝陛下の耳に入るようなことがあればだが」

「ひいっ」


 苺苺は恐ろしい自分の最期を想像してしまい、「優しくしてくださひ」と青ざめてガタガタ震える。


「……そんなに怯えるな、冗談だ」

「冗談のお顔には見えません〜〜〜っ」

「それは申し訳ない。この顔しかできないからな」


 紫淵は苺苺を落ち着かせようと、意識して、冷たい美貌に極上の微笑みを浮かべる。


「ひええ、あ、ああ、あくどい顔です……っ!」


 けれども逆効果だったらしい。苺苺のガタガタは酷くなった。


 苺苺の怯えようがあまりに可哀想で、庇護欲を掻き立てられてしょうがなかった紫淵は、真摯な謝罪を伝えるにはどうしたらいいのかと悩んだ末――苺苺の真珠色の長い髪をひと房指先で掬ってから、捨てられた子犬のような顔をして、


「許してくれ、本当に冗談だ」


 と、今度は作り物ではない低く優しい声音で告げ、本心から、苺苺を安心させるように目を細めた。


 まるで機嫌を直してほしいと言いたげな、紫淵の甘くとろけるような、やわらかな表情。

 それを真正面から直視してしまった苺苺の唇から、「あっ」と無意識に音が零れる。

 するとなぜだか途端に頬に熱が集まって、胸がきゅーっと甘く締めつけられていくではないか。


(ひぇ!? いいえっ、紫淵殿下は推しじゃありませんっ。わたくしは木蘭様ひと筋です!)


 苺苺はぶんぶんと横に首を振って、火照った頬の熱と一緒に勢いよく邪気を払う。

 苺苺は意図していなかったが、心からの謝罪を勢いよく拒絶された形になった紫淵は、


「……本当にすまない」


と落ち込むしかなかった。




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