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36 大きな湯殿とぶかぶかの寝衣



 そうして食後のお茶を楽しんだあとは、大きな湯殿に案内された。

 侍女頭補佐と共に湯浴みの付き添いを申し出てくれた若麗(ジャクレイ)に、「滅相もございません」と遠慮して断りを入れた苺苺(メイメイ)は、ひとり残った広い脱衣所を見回して感嘆のため息をつく。


「湯殿に姿見(すがたみ)を置くだなんて、紅玉宮の女官の皆様はすごいです」


 湿気と蒸気のこもる湯殿で鏡は()びやすい。

 それなのに持ち運びもできない重量のある立派な姿見を据え置きにできるのは、女官たちがよほど徹底的に湯殿を管理し、鏡を常にピカピカに磨き上げているからだ。

 その証拠に、錆びはおろか水滴の跡ひとつない。


 苺苺はさすが最上級妃の女官たちだとその仕事ぶりに感動しつつ、コソコソと衣裳の帯に手をかける。

 他の妃の湯殿を借りるのは、さすがの苺苺でも恥ずかしいのである。


(湯浴みのあとは姿見をお借りして、背中に傷薬を塗りましょう)

「湯殿に薬壷を持ってきていてよかったです」


 と大袖を肩から下ろした時。


「あら? あらあら?」


 朝までは肩にあったはずの赤黒い打撲(だぼく)傷が、綺麗さっぱり無くなっていた。


「傷薬の効果でしょうか……?」


 すごい傷薬をくれたものだ。そう思いつつ、背中を姿見に写すと。


「……えっ」


 蚯蚓腫(みみずば)れになっていた傷も、内出血していた傷も、すべて跡形もなく消えている。

 白磁の肌はみずみずしく輝き、むしろ以前よりも張りがあるほどだ。


 苺苺はもしかして、と左手に巻いていた手巾を急いで外す。


 ――鋏で斬りつけた傷は、ものの見事に塞がっていた。


「こんなことって、初めてです。良いことなのでしょうが」


 苺苺は神妙な顔をしながら薄い湯着に着替えて、湯浴みをする。

 普段であれば、見慣れた木桶ではなく異国の檜を惜しげも無く用いて造られた紅玉宮の湯船に感動するところであるが、今の苺苺の頭は不可思議な現象への疑念でいっぱいだった。


 丁寧に身体を流し、檜が香るたっぷりと湯が張られた贅沢な湯船に浸かる。


 湯気の上がるとろりとした湯から左手を出すと、ちゃぷんと音がした。

 水滴が垂れる。


 ――水星宮での水仕事などなかったかのような、白く透き通った白磁のような手だ。


(いただいた傷薬も効果はありましたが、昨晩と今朝ではこれほどの効果は出ませんでした。となると、それ以降の行動がこれほどまでの影響を及ぼしたことに)


 考えずとも、脳裏に浮かぶ。

 左手で撫でて鎮火させた燐火、そして『(りゅう)(けつ)銘々皿(めいめいざら)』に現れた茶菓子しかない。


「なるほど……。『白蛇の娘』にとって悪意とは恐れるものではなく、真正面から飛び込み、立ち向かうものなのですね」


 それは、悪意に侵された白家の姫君を娶った白蛇が与えた――愛し子への祝福か。


(心なしか異能の力も今までで一番(みなぎ)り、澄み渡っている感覚を覚えます)


 あやかしのように、燐火が霊力に変わったのかもしれない。

 苺苺の異能の力は、今もまだまだ成長を続けているということだ。

 それに〝治癒の力〟も発現するだなんて。


(代々白蛇の娘に受け継がれてきた書物にも記されていませんでした)


 苺苺は傷のなくなった手をきゅっと握る。


「怪我が、治せる。それがどれほどの範囲まで適用されるかはわかりませんが」


 しかし、そうとわかれはこれまで以上に心強い。百人力になった気さえする。


「ふっふっふ、禁断の仙薬をキメたのは錯覚ではなかったようです。この白苺苺、木蘭(ムーラン)様のためならば降りかかる悪意もすべておいしくいただいてみせます!」


 苺苺はぐっと拳を握りしめて立ち上がる。

 ザバァァァン! とお湯が波立ち、豪快な音がした。





 湯浴みを終えた苺苺は一度与えられた部屋へ戻って荷物を置くと、「ね、寝物語を語りに……」と女官に伝えて、木蘭の寝室へと来ていた。


 道術を操る恐ろしい女官の目を欺くために、今の苺苺は寝衣に羽織をまとっている。

 これは『年齢の壁を越えて仲良くなった妃たちのお泊まり会である』と、印象付けるためだ。


 花器に生けてある木蓮の花が、ひそかに香る。

 木蘭も苺苺と同じように寝衣をまとい、羽織を両肩に引っ掛けるようにしていた。


 けれどどうしてだか、木蘭の寝衣は(たけ)(そで)もぶかぶかだった。

 どう見ても大人用の、もしかすると苺苺が着ても大きいと感じるだろう寝衣を身にまとっている。


(床に裾が引きずって……。こ、これは、もしや……)


 後宮妃であれば、間違いなく、


『もしや皇太子殿下の寝衣かしら?』

『皇太子殿下はこの宮に寝衣を備えておくほどお通いに?』

『国を守護する行事で大事な剣舞を舞わせるだけでなく、これほどの寵愛を!?』


と怒りと嫉妬に駆れるところだが、しかし。


(寝衣のあやかしちゃんでしょうかっ! あああ愛らしい! 愛らしすぎますっ!)


 苺苺は案の定、胸をずきゅんと撃ち抜かれていた。

 興奮で真っ赤に染まった熱い頬を、ぱちんっと両手で押さえる。


(あまりのかわゆさに言葉が見つかりません。ああ、このお姿の寝台に横たわる木蘭様ぬいぐるみを作りたい……!! おねむな様子で今にも寝落ちしそうな姿の木蘭様、略して〝ねむねむ様〟。欲しいですっ)


 後宮妃としてどこかおかしい苺苺は、『推しの応援作品を製作したい意欲と収集したい物欲で息ができませんんん』と、溢れんばかりのときめきと尊みに駆られて涙腺が緩んだ。

 胸がはちきれそうに痛い。


 そんな内心荒ぶりまくっている苺苺の本心には少しも気づかず、木蘭は『やはり自分とふたりきりはまずかっただろうか』と考える。




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