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30 呪毒



「……なんだ、それは?」


 木蘭(ムーラン)は初めて耳にする言葉に、訝しげにきゅっと眉を寄せる。


呪靄(じゅあい)は人々の胸に宿る悪意や口から放たれた悪意の集合体で、その感情の強さは〝五つの悪意〟の中でもっとも弱いです。そのため呪靄は日常的に発生し、精神を侵そうとまとわりつきます」


 呪靄に侵されると疲れやすくなったり、感情が乱されたりするだけでなく、長く侵されると精神を蝕む病にかかるとされている。


呪妖(じゅよう)は呪靄が集まって変化し意思を持ったものです。より強い悪意の塊で、発生源となる人間がより悪意に忠実になれるよう、物理的に害をなそうとさせるのが特徴でしょうか」


 呪妖は相手へ発する悪意ではなく、発生源に巣食う悪意だ。


「多くの場合は幾人かの悪意が対象者にまとわりついた際に鬩ぎ合い、濃度を増すことで呪靄(じゅあい)に変化していきます。しかし、時々それをたったひとりで行える人間がいるのです。そうなると悪意は相手へ向かうだけでなく、発生源となる人物の体内にも鬱々と渦巻く。それが次第に呪妖――意識を持つ黒い胡蝶を産むのですわ」


 意識を持った黒い胡蝶は、宿主の悪意を蜜のように吸うことで育っていく。もともと強い悪意を持っていた宿主は、呪妖を育て続けることで次第により強い悪意を抱くようになる。


 そうして呪妖を生んだ宿主は、悪意を目に見える形にして対象者を貶めたり、物理的に害をなそうとしたりと悪意に忠実になるのだ。


 大抵は精神に巣喰い、宿主の感情が高ぶって精神が乱れればすぐに姿を現す。

 遠目でしか見ていないが、皇帝陛下の後宮には、あまたの黒い胡蝶が周囲を舞う妃嬪が少なからずいた。


「そんなものが……。それじゃあ、呪毒(じゅどく)とは?」


「呪毒は食べ物に宿ります。呪靄を発し、呪妖が巣食う人間が自覚のあるなしに関わらず殺意を抱くようになった時、肉体を流れる気が転じて生じる精製された悪意で……匂いもなければ眼にも見えません。呪毒が宿った食べ物を口にすると、肉体が内側から蝕まれて病にかかります」


 そして徹底的に隠れているので見つけにくく、対処が遅れやすい。

 他には呪詛、怪異と、さらに強い悪意があるのだが、今は割愛しておく。


「原因不明の病であったり、突然気がふれたように別人になってしまう方は、これらの〝悪意〟に蝕まれているのですわ」


 ――白蛇と婚姻婚姻をした白家の姫のように。


 苺苺(メイメイ)は木蘭に『五つの悪意の(ことわり)』の詳細を説明すると、「ですが」と言葉を濁した。


「悪意がどこのどなたから向けられているのかということを、わたくしには見抜くことができません。特に呪靄はたくさんの方の悪意の集合体です。対象者へ向けられた悪意が呪靄に転じるたびに封じて祓う……という方法をとることになります」


 同じく発生源に宿る呪妖も、目には見えても誰に害をなそうとしているのかはわからない。

 呪妖の宿主が素直に事情を吐露してくれたら簡単だが、呪妖が生じるほどにどろどろとした悪意を抱き、今まさに事件を起こそうとしている人間が、標的の名前を堂々と教えてくれたりはしないだろう。


 そうなると、すでに生じた呪妖は、異能を使って根本的に消滅させるのは難しい。


 宿主が悪意を抱いている相手を探り、その相手が害されぬよう守護しなくてはならない。が、後宮という世界では非常に難しいことだ。


 それに悪意は、発生源と対象者の関係性が変化しない限り生じ続ける。となると、あらかじめこちら側で形代を用意して、呪靄も呪妖も自動的に集めてしまうのが解決への近道であった。


 悪意が誰に害をなそうとしているのか。根本を知らなければ、異能の力も行使できないのだ。


「そのために、『白蛇の鱗針(りんしん)』を使うのです」

「ここに並ぶ白銀の裁縫針か。どれも同じ材質のようだが、見たことのないものだな……」


「『白家白蛇伝』に出てくる大蛇の鱗で作られたものだそうです。この針と異能を使って、守護対象者を象徴する意匠を布に刺繍することで、悪意を封じ込めることができますわ」


「なるほど。それで木蓮(もくれん)の花を刺繍した絹の円扇と、妾の形をした布偶があるのか」


 ふむ、と木蘭は納得した様子で、白州刺繍の技法で刺された見事な紫木蓮が咲き誇る円扇を手に取る。

 その瞬間、円扇に青紫の火が灯った。


「は?」

「木蘭様っ! お手をお離しください!」

「……っ!」


 床に打ち捨てられた円扇が、ボゥッと青紫の炎に包まれる。


「も、燃えているが」

「あわわわ、申し訳ございません……!」


 苺苺は「どうしましょう、大丈夫でしたか!?」と木蘭の身体をあちこち確認してから、慌てて青紫の炎に包まれた円扇を拾って、空いていた左手で燃え盛る炎をゆっくりと撫でる。


 その様子に木蘭はぎょっと目を見開いた。


「お、おい。そちらの手には傷が……!」




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