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29 白蛇の娘



「はい。内密のご相談があるのでしたよね」


 そうなのだ。文には紅玉宮(こうぎょくきゅう)付きの女官にも内緒で、『白蛇の娘』の異能を頼りたいとあった。そのために『白蛇の娘』の正装と、形代となるぬいぐるみたちを持参したわけである。


「以前、白州に伺った時のことは」

「……申し訳ありませんッ!! 昨日のことのようにしっかりと覚えております! 一言一句忘れられませんでした!」


 木蘭(ムーラン)様は『忘れてくれ』とおっしゃいましたのに、と苺苺(メイメイ)は白状する。

 しかし木蘭は怒ることなく、


「そうか。内密にしてくれたのだな。恩に着る」


と新春に花が綻ぶような、やわらかな微笑みを浮かべた。


「あっ、あっ、あっ。尊みが深いですっ」

(そんな、当然のことですわ)


 苺苺は淑やかな笑みを浮かべる。推しの摂取過多で、本音と建て前が反対になっているのには気づいていないらしい。


 木蘭は内心、『尊みが深い? とは?』と首を傾げる。


(シュ)家の両親から届いた茶菓子だ。食べながら話そう」

「はい。いただきます」


 勧められた皿には、桃花の塩漬けを練りこんである鮮やかな桃色をした桃花月餅(とうかげっぺい)と、鮮やかな鶯色をした緑豆糕(青小豆の落雁)が盛りつけられていた。

 どちらも春らしい色合いをしていて、宝石のごとき佇まいにうっとりしてしまう。


(ああ、ふたりきりでお茶会だなんて、心臓がいくつあっても足りないです……っ)


 苺苺は舞い上がるような気持ちで、勧められた茶菓子を手に持った。

 そして照れ隠しにひとくち食んで、


(……あら?)


と目を丸くする。

 さすが紅玉宮のお茶菓子だ。桃花を型どられた月餅は、選りすぐりの材料で作られているのだとわかる上品な甘さとほどよい塩加減がして美味しい。そう、確かに美味しいのだが……。


 なぜだか飲み込むたびに、ずくりと胸が痛くなる気がする。


(毒味の女官の方はいらっしゃるはずですし、毒ではないでしょう。となると……これは、まさか)


 代々『白蛇の娘』に受け継がれている書物の内容を思い出す。


(――だとしたら、木蘭様の身体が心配です)


 早急に対応しなくては。


「今回相談したいのは、その時に話した呪詛の件とは別になると思うのだが……最近、まったく眠れないんだ。不眠症というのだろうか」


「眠れない……。他にはなにかありますか? たとえば、身体のどこかが痛む、というような」


「ああ。清明節の二週間ほど前からだろうか、内側から胸が痛む。食事を摂ると胃が引きつるような感じもして……」


「……やっぱり」


 苺苺の予想は確信に変わってしまった。


(幼い木蘭様になんという仕打ちを)


「その症状が時々、消えることがあるのだ。大抵、妾が外に出た日なのだが……昨日は特に顕著だった。この症状は病ではなく呪詛で、苺苺が異能を使って祓っているのだろう?」


 木蘭は確信に満ちた様子で問う。

 苺苺はビクッと肩を震わせると、罪人のようにしゅんと俯いた。


「はい。木蘭様の言うと通り、わたくしの異能です……。まことに勝手ながら、木蘭様をお守りするために異能を行使しておりました。許可なく勝手をしていた罰は受けますわ」


 木蘭様をもう全力で推せないかもしれない未来に震えながら、「どうぞ、煮るなり焼くなりいたしてください」と深く頭を下げる。


「なぜそうなる。妾は苺苺に感謝しているのだ」

「え?」

「苺苺のおかげで、妾はこうして今も生きている。……礼を言う」

「あっ、あっ」


 苺苺は感動のあまり、だばーっと涙を流した。

 バレたら大変だと思っていた推し活が、まさか、まさか感謝されるだなんて。


「ううっ、ぐすっ……。これからもわたくし、木蘭様を悪意からお守りするために全力を尽くして参ります……! 配慮は最大限に、ですが、もう遠慮はいたしませんわっ!!」


 苺苺は袂から簡易裁縫道具を取り出して円卓の上に置く。

 そして、持ってきていた藤蔓(ふじづる)の籠から布を外し、その中身の物も遠慮なく円卓の上に並べた。


 玉匣(ぎょっこう)に入った裁縫道具、海獣葡萄鏡かいじゅうぶどうきょうに似た八花形(やつはながた)の白銅鏡、朱塗りの銘々皿、絹の円扇にぬいぐるみと、木蘭からして見れば繋がりのわからないものばかりだ。


 いや、絹の円扇とぬいぐるみだけはわかるか。

 見事な紫木蓮の刺繍と木蘭によく似た人形……とくれば、これが自分に関連付けられるものだということくらい理解できた。


「これは『白蛇の娘』に代々伝わる〝白蛇の神器〟というものです。こちらから『白蛇の鱗針(りんしん)』、『白澤(はくたく)八花鏡(やつはなかがみ)』、『龍血の銘々皿(めいめいざら)』と言います。わたくしはこの白蛇の神器を使って、自らの血に流れる異能を操り、この世の悪意を祓うことができるのです」


 苺苺は涙腺の緩んでいた顔をキリリと引き締め、指先を揃えた手で円卓の上に置いたものたちを差した。


「この世の悪意とは五つの姿があるとされています。〝呪靄(じゅあい)〟〝呪妖(じゅよう)〟〝呪毒(じゅどく)〟〝呪詛(じゅそ)〟そして〝怪異(かいい)〟――」


『白蛇の娘』が書き記した書物には、【この世の病や死は五つの悪意からもたらされる】とされている。

【人間の肉体、精神、魂の三つのうち、肉体か精神が欠けると病にかかり、魂が欠けると死に至る】らしい。


「木蘭様に向けられているのは、呪靄と呪妖、そしておそらく――呪毒です」




ここまでお読みいただきありがとうございました。


更新の活力になりますので、 少しでも面白い・続きが気になると思っていただけましたら★★★★★からの評価やブックマーク等していただけますと嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読ませていただきました、面白いです! 推し活する主人公素敵w [一言] ストールを纏った猫魈さんが将来、中国の神獣なんかにありがちな謎布纏った大妖怪になることを祈って…!
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