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1 苺苺の幸せな推し活



「ああ、木蘭(ムーラン)様ったら……本日も大変お可愛らしいです……っ!」


 紅珊瑚の瞳をめろめろにとろけさせ、真っ白な真珠色の長髪を振り乱す十六歳の少女――(ハク) 苺苺(メイメイ)は「はぁぁ」と今日も元気に赤く染まった頬を押さえる。

 苺苺の熱視線の先には、六歳になったばかりだという幼妃、(シュ) 木蘭(ムーラン)がいた。


 後宮に入れる妃嬪の年齢は、若くても十三歳頃から。

 しかし、皇帝陛下より〝八華八姫(はっけはっき)〟の勅命とともに〝皇太子宮〟の封が解かれた際は話が別になる。


 九星に従い治められているこの燐華(リンファ)国では、皇帝の住まう王都と、それをぐるりと囲むようにしてつくられた八州それぞれに神域と呼ばれる禁域が存在しており、選ばれた九つの血筋によって厳正に祀られている。


 八華八姫とは建国時から定められている習わしで、王都の瘴気を祓って神気を呼び込み、世の安定と繁栄を願うために八人の姫を招集するもの。

 皇帝より勅命が出された場合、各州の神域で祭祀を執り行う八華と呼ばれる貴族は、必ず直系の姫をひとり後宮に入れなければならない。


 そのため(まれ)に、木蘭のような幼すぎる妃が皇太子宮に入ることになるのだ。


「可憐な剣舞用の御衣裳で、鈴の音を鳴らしながら羽衣をはためかせるさまは、そう! まさに天女様の御使いですわ!」


 紫水晶の大きな瞳と鬼の(つの)のようなお団子に結い上げられた黒髪が印象的な木蘭は、幼な子にはまだ重たいはずの鎮護(ちんご)の短剣を小さな手に持ち、皇太子代理として四半刻(さんじゅっぷん)にもおよぶ剣舞を舞いきってみせた。

 最後の方はおぼつかない足取りではあったが、きっと皇太子宮の妃は誰も彼女の舞を(しの)げぬだろう。

 そう思えるほど、愛らしい舞だった。


「はぁぁぁ、なんとも素晴らしい時間でした……っ」


 いまだ興奮覚めやらぬ苺苺は感動で打ち震えながら、緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた宴席に座す他の妃たちのピリついた空気も読まずに、末席から盛大な拍手を送る。



 本日、ここ燐華国の後宮内に造られた皇太子宮では、この国で最も重要な祭事のひとつである清明節の(うたげ)が開かれていた。


 燐華国では、春を祝い祖先の魂を祀る清明節に、皇帝の長子が剣舞を奉納する決まりになっている。


 なぜかというと、昔々あやかしが跋扈していた時代に、青紫の燐火とともに闇夜に現れる悪鬼を、初代皇帝の長子が見事な剣技で討伐した逸話に由来しているそうだ。

 以来、皇帝の長子には破邪や鎮護の力が宿る一対の剣と祓除(ばつじょ)の剣舞が受け継がれている。


 しかし、歴代の皇太子は二十歳の成人の儀を迎えるまで身体が弱い者が多い。


 今代の皇太子、(リン) 紫淵(シエン)も齢十八ではあるが未だ病弱で、日中はほとんど床に臥せっていると聞く。

 時折、体調が優れた時のみ公務の席に現れるが、素顔は決して見せず目元を隠す悪鬼の半面を深々と被っていた。


 そんな経緯から、本来ならば先ほどの剣舞も皇太子が舞うべきところであったが、最近体調が(かんば)しくない皇太子が、自ら代理に木蘭を指名したという。


 幼妃には重たすぎる皇太子代理という役目を背負いながらも、誰よりも凛と振る舞う木蘭を、苺苺は全身全霊で応援しているわけだが、他の姫君や女官たちはどうやら違うらしい。


「皇太子殿下はなぜあんな幼女に大役をお任せになったのかしら。淑姫(しゅくき)様は剣舞の名手であらせられるのに」


「清明節の宴席は、幼児のお遊戯会ではないのにね。私は徳姫(とくき)様の舞が見たかったわ。探春(たんしゅん)の宴で披露された桜花舞は、それはそれは素敵だったもの」


賢姫(けんき)様の天女のような歌声も、きっと燐火をおさめることができたでしょうに。なぜあの乳飲み子の剣舞だけなのかしら」


 控える女官たちは宮廷楽団の演奏に紛れて、それぞれの〝推し〟である妃を讃える。

 推しとは後宮の女官たちの間で最近ひそかに流行している言葉だ。


 もともとは市井で演劇一座のお気に入りの役者を応援する言葉からきているらしい。

 それが後宮ではいつの間にか〝無償の愛で妃を陰ながら御支えする〟という意味に転じ、女官の(たしなみ)みのひとつになっている。


 推しがいない者はすなわち〝無償の愛で尊い妃を支える気がない〟とされ、女官の風上にも置けない信頼ならぬ者の烙印を押される。


 そんなわけで、後宮では女官たちによる〝後宮風の推し活〟――いわゆる〝妃嬪応援活動合戦〟が至る所で勃発しているのであった。




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