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14 皇太子・紫淵


 ◇◇◇


 ――時は遡り、一刻前。


木蘭(ムーラン)()()()()()()()。明朝に木蘭が呼ぶまで、お前は自室へ退がるように」

「かしこまりました」


 貴姫(きき)・朱 木蘭の住む紅玉宮(こうぎょくきゅう)にて。

 龍を思わせる漆黒の角が生えた悪鬼の半面を被った美青年が、(ひざまず)く上級女官の横を通り過ぎた。


 紺青の黒髪を高い位置でひとつに結い上げ、紫を基調とした武官の衣裳を纏った長身の青年からは、微かに木蓮(もくれん)の花の匂いが香る。

 その腰に下げた長剣には、ひと目で皇帝の血筋であるとわかる意匠が施されていた。


 口元がさらけ出された仮面の下で、美貌の青年の唇が蠱惑的に微笑む。


 悪鬼の恨みで害されぬよう代々受け継がれている『悪鬼面』を被った彼こそ、この皇太子宮の主――病弱だという噂の皇帝の長子、(リン) 紫淵(シエン)であった。


 紫淵が訪れた際に上級女官の彼女以外はすでに下げられていたため、紅玉宮は静まりかえっている。

 なので紫淵は堂々と紅玉宮の敷地を出て、目的地に向かうために東八宮の中央に伸びる回廊へと向かった。


(……それにしてもおかしい。今日は久方ぶりに体調がいいな。あんなことがあった後だというのに)


 だるさや眠気はなく、いつもより身体が軽い。胸の痛みはあるが、歩けないほどではなかった。


(もしかして白蛇の娘の異能か?)


 不思議に思いながら東八宮の門の前まで行くと、守衛の宦官が紫淵の姿に驚き慄いた様子で跪いた。

 紫淵は眉ひとつ動かさず足早に門をくぐり、目的地である皇太子宮内の警備を担う宦官の詰所へと向かう。


 これ以上、彼女の身になにか起きる前に、事を済ませなくてはいけない。



「夜分にすまない。本日、白蛇妃を捕らえた宦官はいるか」


 詰所にいた宦官たちは、突然現れた皇太子殿下の姿に驚いた。

 彼がここへ来たのは初めてのことだ。


 噂によると皇太子殿下は昨年の暮れより体調を崩しがちになり、皇太子宮の封が解かれてからは、ほとんど床に伏していると聞く。

 今年の清明節では幼女に剣舞を舞わせたほどだ。

 政務の場に現れなくなったという噂は本当だろう。


 線が細く儚げな体つきは確かに脆弱そうで、日に当たっていない肌はどの宦官よりも白い。


 ――だが。

 長い脚を捌く彼の足取りは、手練れの武官のように……恐ろしいほど足音がしなかった。


 武官の衣裳を身につけているせいか、悪鬼面のせいか、冷厳な雰囲気に呑まれて背筋が凍る。


「聞いているのか。皇太子宮に現れたあやかしの件で、幾人かの宦官が白蛇妃を牢に入れたはずだ」


 (こうべ)を垂れて跪く宦官たちを前に、紫淵はやわらかな、慈悲深さすら感じられる声を出した。


「お、恐れながら、殿下。私どもにございます」

午の刻(正午頃)、鏡花泉の北の四阿にて、殿下の寵妃様を害そうとしたあやかし二匹を捕らえました」


「私が槍の柄で処罰いたしました」

「私は縄を掛けました」

「牢に封じたのは私でございます」


 よく肥えた五人の男たちが顔を上げ、我先にと自分の手柄を報告する。


「ほう?」


 紫淵は男たちの顔をひとりずつ、ゆっくりと見た。

 薄笑いを浮かべた男たちは玉のような汗をかき、甘露を待ち望むように締まりなく口を開いて、さらに言葉を募ろうとする。


 褒美だ。褒美がもらえる。


 他の宦官たちは五人の男たちを羨ましいとさえ感じていた。しかし。


「では、今名乗りを上げた者たちを捕らえよ。厳正なる判断をせず冤罪を押し付け、宦官ごときが私の妃に手を上げた罪は……極刑に値する」


 悪鬼の面の美丈夫は、すらりと長剣を抜いた。


「まさか、褒美がもらえるとでも思っていたか? ――侮るなよ」


 平伏したくなるような美声が、低く、冷酷無慈悲に告げる。



 ――悪鬼だ、と誰かが言った。




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