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第一章 ⑦ 大人のギブ&テイク

 出された飯を平らげて腹を満たし、追加で貰った酒も飲み干してしまうと、注文に応じただけの代金を支払って店を後にする。

 まだ閉店時間には早いが、件の男はまだ居座っていることだし、奴が動き出す前に先手を打っておくことはできる。

 店を出てから、すぐの先の暗い路地へ入って、人目が無いのを確認してから、そのまま屋根に上る。

 田舎の町や村と違って、民家や夜でも営業している店の明かりによって、道が照らされて明るく思えるものの、その明かりの上となると、地上から見た時に闇に覆われている為、死角になりやすい。

 なので、夜を照らす月に影が映し出されないかだけ注意していれば、もし道端から見上げる者がいても、人影すら認識できずに終わってしまう。

 パラミの話では、閉店後にも後をつけてくるという厄介な客らしいので、まだ店にいるようなら、今日もその愚行に走る可能性は高いはずだ。

 もしそうなれば、二重尾行でもしてしまえば、ことは容易い。

 店内で処分できれば一番簡単なのだが、店に悪評が立っては本末転倒なので、面倒だが店から離れたところで、人知れずひっそりと息を引き取ってもらう必要がある。

 一応、さっきの男が店から出てくる様子を、寝転びながら寛いで眺めていると、酒場の喧騒とは違った声が漏れ聞こえていることに気づいた。

「あぁ、そうか。どれどれ…」

 別の店から聞こえている声とも違うその女の声は、すぐ下から聞こえていたので、粗方察しはついた。

「お、ヤってるヤってる。…こうして客観的に見ると、人間も獣と変わらんな」

 フェキュリスの二階は宿になっていて、主に店にやってきた客を招いた女給たちが、夜な夜なお得意様の相手をしているわけだ。

 俺の知る限り、あの店には3人の女給がいたはずだが、今日見かけなかった一番お淑やかそうに見える髪の長い女が、暗がりの中で男と身体を打ち付け合っている様を目撃した。

 男の方は覗かれていることも知らずに、夢中になって女を求めているが、外まで漏れ聞こえている彼女の嬌声は、果たして接待の為の演技か、それとも本物の反応なのかは俺にも分からない。

 傍から見る限りは、なかなかそそる顔をしているが、初めて見る彼女――確か、ココレーという女のその表情は、普段接客している時とは、まるで違っている。

 彼女と身体を交えて語り合ったことも無いので、その真偽は不明だが、もし嘘だとしたら、それを言わずに最後まで突き通して欲しいものだ。

 そうでなければ、途中で折れてしまった男の情けない姿を、拝むことになりかねない。

「もういいか」

 自分が直接気持ち良くなれない以上、そんなに面白い見世物でもなければ、仕事の邪魔をしてしまって、後から文句を言われるのも癪だったので、覗くのを止めると、せいぜい彼女の雌声を音楽代わりにして、待ち人を焦がれていた。

 閉店時間が近づいてくると、いよいよその男が往来に姿を現した。

 そして、男はそのまま近くの路地に消えていく。

 その姿を見失わないように、未だ盛り上がっている男女の声を後にして、屋根伝いに追った。

 これで、真っ直ぐ帰路についてくれれば、もっと楽だったのだが、人目を気にしながら、店の裏の方まで大回りしてくると、途中で立ち止まって闇に潜んだ。

 おそらく、彼の視界からは、営業の終わったパラミたちが出てくる裏口が見えていることだろう。

 普段、こうやって後をつけていたのだというのが、よく分かる。

 しばらくそのまま男と待ち惚けていると、次第に店の一階の明かりが消えて、一人の女が出てきた。

 そのすぐ後に、二階の二つの部屋が明るく宵闇を照らしたが、そちらは女給たちがもう一仕事することを示しているだけなので、今は気にする必要はない。

 パラミだって、二階を使うこともあるはずなので、その場合、この男はさっきの俺のように、外で漏れ聞こえてくる彼女たちの声を聞く為、ひっそりと耳を傾けていたのだろうか。

 二階からの明かりに照らされて、フェキュリスの従業員の中で一人だけ着ている着物が浮かび上がれば、素人目にもそれがパラミだとすぐに分かる。

 平然と、そしていつも以上に隙を見せて帰路に着く彼女を目にしながら、他の人がいないか周囲を気にしつつも、鼻息荒く彼女の後をつける男を追った。

 一度大きな通りに出ても、昼間と違って街の人が寝静まった夜道は、人通りが極端に少なく、疎らにしかない。

 そんな中で、素人同然の尾行をしていれば、彼女だってそれは気付くことだろう。

 やがて、またさらに人気が無く、真っ暗闇に包まれた路地に入っても、男はひたひたとついていく。

 ここまで黙って見ていたが、格好の場所であってもパラミに襲い掛かる様子もなく、何がしたいか不明瞭なのが、また不気味と思われても仕方ない。

 人によって趣味嗜好や性癖が違うとは聞き及んでいるが、この男もさぞ良い趣味をしていることなのだろう。

 ただ、それは俺にとっても、パラミにとっても、もはや関係ないことだ。

 女の尻を追いかけることに夢中な相手へ屋根伝いに距離を詰め、闇夜に紛れてナイフを突き立てる。

「っ!?!?」

 お楽しみの最中に突然訪れた出来事へ驚いた男は、潰された喉を酷使して声にならない声を上げ、情状酌量の余地もなく判決を下された。

「うふふっ。ほら、やっぱり刀を使うほどでも無かったでしょう?」

「あれば、もっと楽だったんだがな」

 その場に血を吹いて倒れた男を蔑んで、気にも留めない彼女は、声を弾ませて寄り付いてきた。

「お疲れ様…っていうほどでもなかったかしら?」

「そういうのは、言葉じゃなくて態度で表して欲しいものだ」

「ふふっ。あなたはそういう人だったわね、ジャック。ん~、ちゅっ…」

 馴れ馴れしく身を寄せたかと思えば、今度は頬に口付けをされてしまう始末。

 ここで朽ちた亡き男が哀れすぎて、笑えてきてしまいそうだ。

「そういえば、今夜はいっぱいサービスしてくれるんだったな」

「ええ。もちろん、忘れてないわよ。うふふっ…さあ、行きましょうか」

 彼女に腕を引かれて誘われるが、まだ一仕事残っていた為に、一度引き留める。

「ちょっとだけ、待っててくれるか?ゴミの始末でもしてくるから」

「女を待たせるのは感心しないけど、そういうことなら構わないわ。お願いね、ジャック」

「ああ、すぐ戻る」

 愚行に及んだ厄介者を担ぐと、手を振って見送る彼女を置いて、街の外までひとっ走りして、ゴミを野原に放り投げる。

 これで、早ければ一晩経った頃には、血の匂いを嗅ぎ付けた野生の獣たちの胃袋に収まっていることだろう。

 街中に死体を遺棄しておくよりは、こうしてしまった方が後が付きにくく、彼女が槍玉に挙げられることもまず無くなる。

 もし、彼の愚行を知る者がいたとしても、彼はモンスターに食われて死んでしまっただけなので、彼女には全く関係ないからだ。

 むしろ、彼女目当ての常連客が一人亡くなったという点で、彼女は損をしたことにもなるので、尚更である。

 闇の中でも、遠くで睨みを利かせて輝く赤い瞳を確認すると、ほくそ笑んで彼女の元へ戻った。

「お帰りなさい。さあ、今度こそ行きましょうか」

 待ち侘びていたパラミと合流すると、肩と肩を触れ合わせながら、並んで歩き出した。

「さて、今日はどう愉しませてもらおうかな」

「あんっ…、うふふっ。お手柔らかにお願いしようかしら…なんてね」

 逸る気持ちを抑えきれずに、彼女の腰に回した手が豊麗な膨らみに及んでも、彼女は妖艶な笑みを浮かべて受け入れた。



 久しぶりに女から求められる感覚を味わい、その肉感的な身体を用いて散々欲望を発散させた後、そのまま彼女の家でベッドに身を預けていた。

 隣で横になった家主も、同じように呆けていて、着ていたはずの着物はとうに脱ぎ去り、結っていた髪も下ろしている。

 和風美人から着物を脱がしてしまえば、どうなるのか。

 答えは簡単だ。和風で無くなっただけで、美人なことに変わりはない。

 店では見せないこの姿を見れるのは、褥を共にした男だけであることを考えると、貴重なものを目にしていると実感できる。

 また、個人的な見解をいわせてもらえば、髪を結っている彼女も悪くはないが、下ろした時の方が好みではある。

「はぁぁ……。やっぱり、ジャックとのひと時は格別ね。身体の相性が良いのかしら」

 彼女も満足がいったらしく、科を作ってはもたれかかって来て、圧倒的な質量を押し付けてくる。

 普段、こんな重たいものを二つもぶら下げていると思うと、年齢と共に張りが無くなって、垂れてしまうという話も仕方なく感じた。

「他の男にも、同じようなこと言ってたりしてな」

「もう、そんなわけ無いでしょ。…やっぱり、今日のあなたはいつも以上に荒んでる気がするわ」

 そっと身体を撫でる彼女は、少しだけ眉をひそめた。

「何かあったの?お姉さんで良ければ、相談に乗ってあげるけど?」

「ふんっ…。お前とするなら、相談なんかより、もう一回した方が、よっぽど気持ち良くなれそうだ」

「んぅ…ふふっ、それもそうかもね」

 皮肉めいた発言にも、大人の対応で返して、さらに身を寄せてきた。

 火照った身体がようやく冷めてきたところに、彼女の温もりが押し寄せてきたにも関わらず、そう悪い気がしないのは、不思議なものだ。

「でも、良かったわ。ジャックが変わらず、私をいっぱい求めてくれて」

「ん…?いつも、こんなもんだろう?」

 哀愁すら漂わせる彼女の物言いが気になり、彼女の様子を窺いながら、疑問を返した。

「そうね。情熱的に求めてくれるのは、一緒だけど…あなたは風のような人だから、またすぐどこかへ行ってしまうでしょう?」

「ああ。一つの街に留まっていると、面倒事に巻き込まれそうだからな」

「それは、仕方ないと分かってはいるんだけど…。不安なのよ、また会いに来てくれるかなって」

 俺の首へ回した腕にギュッと力が入り、豊満な胸が押し潰されるのもかまわず、肌を晒したまま身体を密着させてきた。

 真っ直ぐに見つめる瞳には、憂いが見てとれて、彼女が伊達や酔狂で言っているわけでは無さそうだと感じる。

「もちろん、あなたの腕が確かなのは承知してるわ。だから、その辺で野垂れ死んだり、簡単に殺られるわけは無いと思ってはいるんだけどね…」

 俺がこの街に来たり、彼女の元を訪れるのは、単なる気まぐれに過ぎない。

 その気まぐれが、いつまで続いてくれるのか分からないことが、彼女にとっては不安なのだろう。

「あんな店を営んでる店主が、何を恋に溺れる少女みたいなことを言ってるんだ?それに、俺一人来なくなったところで、お前をもて囃す男なんて、いくらでもいるだろ?」

「…ジャックは、意地悪ね。私にとっては、あなたは同じ男の中でも、特別な存在なのよ」

「へぇ、それは光栄なこった。でも、それは俺も同じだ」

「え?」

「未だにあちこち色んな街を回っているが…パラミ、お前以上に優れた女はいない」

「ジャック…」

「だから、お前以上の良い女が見つかるか、お前が俺の相手をしなくならない限りは、必ずまた来るさ。この身体を貪りにな」

「うふふっ…。つまり、誰よりも優美であれってことね。うん、少しだけ安心したわ…ちゅっ」

 言葉通り、表情からも不安が拭い去って、いつも通りの笑顔を取り戻したかと思えば、そのまま目を瞑って唇を押し付けてきた。

「ん…。しかし、珍しいな。いつも自信に満ち溢れたお前が、そんな弱気になるなんて」

「そうね…。もしかしたら、最近少し客足が遠のいてきたのが、気掛かりだったのかもしれない」

「へぇ…、気が付かなかったな。近くに、新しい娼館でもできたのか?」

 この街にも、既に娼館はあるが、どうもあまり質が良くないらしく、フェキュリスで働く女の方が、余程売れているらしいのは以前から聞き及んでいる。

「ううん、それは無いけど…、隣町で男漁りに精を出してる女の子の噂は耳にしたわ」

「はあ…?同業者か?」

「噂を聞く限りだと、違うみたいね。気に入った男に色目を使って、手頃な値段で提供してるみたいだけど」

「はーん、個人でやってるウリってわけか」

「うちの店って、最終的なところまで持っていくのに、結構お金かかるでしょ?」

「いや、俺はその相場は知らないし、あいつらに金を渡したことも無いぞ」

「あら…?そういえば、見た覚えもないわね。…ともかく、それに比べて、安価で買える若い女っていうのは、やっぱり男にとって魅力的な話でしょ?だから、そっちにお客さんが流れちゃってるみたいで…」

「ふーん。その女ってのは、見てくれとかは良いのか?」

「あ、やっぱりジャックも、少しでも若い娘の方がいいのかしら…」

 興味本位で聞いてみただけなのに、また不安そうな顔をする。

 しかし、今度のそれは、明らかに演技をしていると分かった。

「お前、そんなに気にするような歳だったか?」

「女は、いつでも若く在りたいものなのよ。意中の男に、逃げられちゃったら悲しいからね」

「ふーん…」

 大して興味が無かったので、彼女の肌を直接触って確かめたが、やはり気にするほどのことではないと改めて感じた。

「もう…。それで、その子の話だったわね。多少身体のメリハリはあるみたいだし、かわいい子みたいだけど、うちの子たちが負けてるようには思えないのよね…」

「なるほどな」

「目の上のたんこぶが無くなってくれると嬉しいんだけど…、ジャックはどう思う?」

 もう、今日はこのまま寝てしまうつもりだったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 横で抱きついていたはずのパラミが、再び俺の身体へ覆い被さるように馬乗りになって、誘い掛けてくる。

 横髪を耳にかけて、目と鼻の先まで近づいた彼女の整った顔立ちは、妖艶に笑い掛けてきて、男を魅了し自由を奪う。

 さらに、そのまま姿勢を低くすることで、大質量の膨らみが胸板へ乗っかって広がる。また、それだけでなく、休んでいた下半身も擦り合わされ、寝込みを襲われることとなった。

「それは、依頼か?」

「ううん、違うわ。ちょっとした、お・ね・が・い。んふっ…」

「…そいつがいるのは、どの町だって?」

「彼女がいるのは、ツチトーって町よ。んふっ、行く気になってくれたのかしら?」

「さあ、どうだろうな…」

「じゃあ、その気にさせてあげる。まだまだ、夜は長いわよ…ん、ちゅぅぅ…」

 二人の影がピッタリと重なって一つになると、またお互いを求め合い、空が白むまで戯れが続くこととなった。


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