第一章 ⑤ コクシムの街と変わり者
年端のいかない少年に母親共々教育を施した後、翌日になってその旦那や畑が大変なことになっていることが知れ渡って大騒ぎになる中、密かにほくそ笑みながら何食わぬ顔で村を出た。
そして、次にやってきたのは、コクシムという街だ。
相変わらず、この街は周りの町村の中心部にあることもあって、街を行き交う人が多い。
また、ヤオタ村と違って、ヨーチオとの国境も比較的近いこともあり、この国ならではの和風のものに混じって、洋風のものも普及し始めている。
街を行き交う人の服装はもちろん、近年では洋風の建物も増えてきて、ヤオタ村とは随分毛色も景色も変わって見える。
そんな中で、どちらが好みかと問われると、それはなかなか甲乙つけがたいものがある。
比較的露出が多い傾向にある女物の洋服は、街並みを見ているだけでも眼福になることもあるし、和風の着物は肌を晒させるのが簡単という利点も捨てがたい。
大半の男の例に漏れず、普段からそんなことばかり考えているわけではないが、自分に直接関係あるのが、おおよそそのくらいなのは事実だ。
とはいえ、今夜の相手をさせる女を値踏み為に、わざわざコクシムまで来たわけではない。
先日、勝手に俺の得物を拝借して使われてしまった所為で刀が刃こぼれしてしまったので、その手入れの為に訪れたわけだ。
そうでなくとも、定期的に研いで貰わないと、切れ味が落ちてしまうのは難点でもあるが、この刀以上に優れた得物に出会ったことも無いので、他に変えようもない。
自分で研ぐという手もあるのだが、ただでさえ素人が扱うと悪くなることで有名な刀なのに、妖刀といわれるものを粗末に扱えば、何が起こるか分からないので、そこは素直に職人へ任せることにしている。
鍛冶屋の暖簾をくぐって、見慣れた室内に勝手知ったる様子で足を踏み入れ、奥にいた男へ刀を差しだした。
「また研いでくれ」
「ああ~っ、またこれは派手にやったな」
鞘から引き抜いた刀身を見た途端、筋肉質の男はせせら笑った。
「全く、いい迷惑だ」
「ははぁ…。まあ、それはともかく、この分だとちょっと時間掛かるぞ。一日預かっても、大丈夫か?」
「しっかり綺麗に仕上げてくれれば、問題ない」
「なら、心配ないな。また明日来てくれ」
「ああ、頼んだ」
いつもながら、簡素なやり取りを終えて、お互いに背を向けた。
普段、常に一緒に居る相棒がいなくなってしまうと、途端に心細くなる――ことも無く、鍛冶屋を後にしてからも、平然とした顔で街中を歩く。
老若男女様々な人が行き交う中で、商魂逞しい呼び込みの声にも応じず、目的の店まで淡々と向かった。
「あ、いっらっしゃーぃ」
覇気のない女の声に出迎えられた店には、たくさんの本が置いてある。
歴史書や教育書はもちろん、小説や魔導書まで様々な本を取り扱っており、販売だけでなくその買取も行っている。
「おー?誰かと思えば、ジャックじゃないかー。何か、真新しい本は見つかったかい?」
「残念ながら、それは俺のセリフだ。何か目ぼしい魔導書は、入ってないか?」
「なーんだ、つまんないのー」
さらにやる気を無くした女は、一度はピンと立っていたエルフ特有の長い耳まで萎れてしまった。
「あー、なんだっけ?魔導書?あー、魔導書ねぇ…。入門編のとか、欲しい?」
カウンターの裏で、積み重ねられた本の中から、怠そうな素振りで一応該当するものを探すと、ようやく見つけた本を取り出して見せたが、人を揶揄うにもほどがある。
「いるわけないだろ」
「だよねー。じゃあ、もうありませーん」
俺には必要なくとも、売り物であることには変わらないはずなのに、彼女はそんなことなど微塵も気にせず、手に持った本を雑に放り投げた。
彼女の態度を見ていると、こちらまで気が抜けてしまいそうで、ある意味厄介な上に、腹正しく思うこともあるが、ついカッとなって殺ってしまうには、惜しい存在でもある。
そもそも、俺の素性を知った上で、この太々しい態度を取れる胆力――というよりは、無関心さを持ち合わせているものは、そうそういない。
また、彼女は自らの知識欲を満たす為、あらゆる本を収集する一面があるので、目的の物を自分で探して回るより、手っ取り早く入手できる場合がある。
そのことを踏まえると、彼女を殺して奪うのは簡単だが、彼女を活かして自分の為に役立たせる方が効率的だと判断し、今の関係が続いている。
「だったら、また良さそうなのが入った時には、とっておいてくれ」
「ほーい。確か、高位の魔導書だっけ?」
「ああ、そうだ」
「ふーい。まあ、それはいいけど、わちしの気に入りそうなのも、拾って来て欲しいもんだーね」
「その代わり、なんでもするって誓えるか?」
「うーん!するするー!」
無邪気な子供のように返事をする姿を見ていると、却って毒気を抜かれてしまいそうだ。
「とはいえ、どんなものが気に入るのか分からんからな…。エルフからすれば、人間のもの自体が新鮮なものだろ?」
「それはそうだけど、もう何年も居ついているからね。ここにある本は、全部目を通しちゃったし、もっとわちしを刺激する真新しい本が欲しいのよー」
年甲斐もなく、カウンターの上でゴロゴロと上半身を転がし、終いには仰向けになって肩を落としたクレスのなんと無防備なことか。
こいつには、女としての何かが決定的に欠けている気がする。
細身なのはともかく、それに伴う胸のボリュームだったり、忘れてしまったらしい恥じらいなんかもその一つだ。
「刺激が欲しいなら、くれてやるぞ」
もはや、カウンターに乗っているなら、差し出されたのも同然と判断し、そのなだらかな丘を服の上から擦る。
「ジャックぅ…、あちしのなんか触っても面白くないでしょー?」
「確かにな」
平然と男に身体を触らせてしまう時点で、この女も可笑しなものだが、さらにその身なりは露出も多く、スカートは簡単にめくれて中が見えてしまいそうなほど短い。
ついでに、ピロっとめくってみれば、鮮やかな緑色の下着が晒された。
「いやん」
ぷっくり膨れた下着の中に、一筋の線がくっきりと見えたので、つい触りたくなってしまったが、僅かに芽生えたその気持ちも彼女の一言で喪失し、鼻で笑ってしまった。
「ふっ…。これならどうだ?」
ふざけた声を出しただけで、捲れ上がったスカートを戻す気もない女の丘の上に立つ突起を触れば、彼女の様子も少しは変化が見られた。
「あっ…ダメだよ、そこは。なーにー?もしかして、溜まってるのー?」
一瞬、女の声が漏れたかと思えば、すぐにいつもの調子に戻ってしまうと、今度は人の股間を凝視して、妙な気遣いをし始めた。
「それなら、このまま口でしてあげよっかー?」
ちょうど、彼女の頭がこちらに向いているからといって、随分な言い様だ。
全ての女がこの調子なら楽なものだが、一方で恥じらいの欠片もない相手では、つまらなくも感じる。
「はぁ…、おふざけはこのくらいにしておこう。パラミの方にも、顔を出すつもりだからな」
「そ。それなら、やめとくよー。わちしとするより、もっと楽しめるだろうからねー」
俺が手を離すと、彼女は何事もなかったかのように身を引いて、身体を起こした。
「んー。せっかく、喉の奥まで犯される感覚を、味わえると思ったのになー。また今度だねー」
「…やっぱり、変わった奴だな」
「えー?ジャックほどじゃないでしょー」
お互い相手と一緒にされたくないと思うところまで含めて、もしかしたら俺たちは似た者同士…なのかもしれない。