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なんでもするって言ったよね?  作者: 天一神 桜霞
第二章 紅に散る花影
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⑨ 甘美なる紅き死の口づけ

 ダスク・ファングが潰えた翌日から、ポーラは休む間もなく新たな策を仕掛け始めた。

 彼女の指示で、娼館の女たちの選別が行われた。

「ただの客あしらいしかできぬ女に明るい未来はない。これから必要なのは、顔と身体だけでなく、頭と度胸を持ち合わせた者。男の欲望を受け入れながら、その喉を掻き切れる女よ」

 化粧を落とし、飾り気を削ぎ落とした彼女たちは怯えと興奮の入り混じった瞳をしていた。

 ランダは一歩引いた位置でその光景を見守り、不安の残る表情でこちらに視線を送ってきた。

「ジャック様、本当に……彼女たちで大丈夫なのですか?」

「ほぅ、言うようになったな。お前もついこの間まであいつらと大差ない素人だっただろうに」

「すみません、出過ぎたことを…」

「気にするな。お前の言うことが尤もだということも理解している」

 彼女の下げた頭に手を乗せると、そのまま撫でて許しを与える。

「お前は器用で素質があったから習得も早かったが、あいつらもそうだとは俺も思っていない。だが、一から戦闘訓練をさせるより遥かに早く強く仕立て上げ、高い練度まで育て上げることが可能なのもまた事実」

 机に置かれた簪を手に取り、彼女たちに与える暗器を眺めた。

 漆黒に塗られた簪の先端は鋭く削られ、毒を仕込める細工が施されている。

 これがあれば魔法が使えず戦闘技術の欠片も無い娼婦でも、簡単に男を死に追いやることができるだろう。

「お前らも良く聞け。客の前で衣服を脱がされても、髪飾りだけは残る。そこで一突きだ。男が一番無防備になる瞬間に喉を貫き、死に様を甘美に彩る。それが“娼婦の皮を被った暗殺者”の矜持になる」

 ポーラはその言葉に戦慄し、やがて艶やかな笑みを浮かべた。

「……素晴らしい。まさにジャック様らしい発想です。娼婦たちを武器に変えれば、この町の者どもは貴族も含めて抗う間もなく絡め取れるでしょう」



 彼女たちの訓練は夜から始まった。

 広間の中央に木製の人形が据えられ、男に見立てたその胸や喉に赤い墨が塗られている。

「客の視線を受け流せ。媚びるのではなく、絡め取るのだ」

 声を張り上げるポーラには悪いが、この教え方でちゃんと技術が身に付くのかは甚だ疑問だ。

 女たちは艶めかしく腰を揺らし、笑顔を浮かべながら人形に近づいた。だが、その手には鋭い簪が握られている。

「抱きつかれたら背を撫でろ。そこで髪をほどき、自然な動作で刺すの」

 簪が喉に突き立てられると、墨が滴り落ち、床を赤黒く染めた。

 その様子に悲鳴をあげた女もいて、思わず笑ってしまう。

「ポーラ、今の彼女たちには緊張感が足りない。少しやり方を変えてみよう」

「仰る通りです。…ですが、どのような指導を?」

「ランダ、お前ならこの程度のことはもうできるだろう。彼女たちを客の男と見立ててやってみせろ」

「はい、かしこまりました」

 急な提案にも即答とは、頼もしい限りだ。

 元々、彼女にも護身術程度の教育はしていたし、こいつらと同様に女としての魅力も損なわない程度に鍛えて身を守る術を教える方向性で考えていた。

 なので、ランダも同様にこの殺し方は武器として当てはまるはずだ。

 十数人の中から最も出来の悪そうだった女を選ぶと、簪を持たせたランダと対峙させた。

 もちろん、その簪に毒など塗っていないし、ランダには寸止めまででやめるように伝えてある。

 しかし、それでも娼婦の女の顔は引きつっていた。

「では、やってみますね」

 簪を暗器として扱う場合、相手との距離感や立ち位置の関係も含め、体位にも気を使った方が良い。

 男の死角から僅かな一瞬の間に仕留めるということから、遠すぎてもダメ。背後を取られるのもダメ。

 とすると、正面から抱き合うような形が自然且つ死角も多い狙い目となる。

 女同士が抱き合う妙な場面を見せられながら、髪に付けた簪へ手を掛けたランダは瞬きする間にそれを外し、すぐさま相手の喉元へ突きつけた。

「ヒっ、ひぃぃっ!」

「どうです? 簡単でしょう?」

 簡単にやって見せた彼女からすればその言葉通りなのだろうが、実際に相手をしていた女は先程の比では無いほど恐怖にかられた表情を見せている。

「必要ならもう一度やってみせましょうか?」

「け、けっこうです!」

 追い打ちをかけるようなランダの言葉を聞いて、娼婦は勢い良く後ずさった。

「他の者も今の動きを手本にして、自らのものにしてみせなさい」

 ポーラの号令を基に訓練が再開されると、人形と対峙する彼女らの様子は見違えるほど様変わりしていた。

 特に、先程ランダの相手をさせられた女には鬼気迫る表情が浮かんでいる。

「さすがはジャック様。ほんの少しのご指導だけで彼女たちの士気が倍増しましたわ」

「あぁ、少しは様になった動きをするようになった。…だが、娼婦としてあの顔はどうなんだ?」

「そうですねぇ…。良くは無いですけど、まだ始めたばかりですからいずれ慣れてくれば笑顔でこなせるようにもなるでしょう」

「だと良いがな。もし、それでも成果が上がらないようなら、もっと死ぬ気で訓練に打ち込めるように俺の相手でもしてもらおうか。もちろん、一介の娼婦らしくな」

「まあ、羨ましくも勿体ないお言葉ですわ」

 俺の新たな提案を耳にした者たちが、さらに短期間で腕を上げたのは言うまでもない。



 数日後、訓練の成果を試す初仕事がやってきた。

 ダスク・ファングの残党と繋がりを持つ商人を“消す”という任務だった。

 その夜。

 男は馴染みの娼婦を呼び寄せ、いつものように甘い夜を楽しむつもりでいた。

 部屋には香が焚かれ、赤い帳が淫靡に揺れている。

 入ってきた女は――手本としてランダの相手をさせられていたあの女だった。

 長い黒髪を艶やかに結い、髪を留める簪には鋭く仕込まれた刃が潜んでいる。

 その刃には、わずかに塗布された毒液が煌めいていた。

「……さあ、もっと近くに来い」

 濃厚な香油を纏い胸元を大きく開けた衣装で優美な微笑みを浮かべれば、簡単に男の懐へ紛れ込む。

 男は何の警戒もせず、女の肩を抱いて酒の匂いを吐きながら笑う。

 女は何も言わず、娼婦としての微笑みを浮かべて寄り添った。

 男が欲望を満たし最も油断したその瞬間――女の手が髪に触れ、簪を外す動作と同時に刃を滑らせる。

 わずかに首筋を撫でるような動きをしたかと思えば、次の瞬間男の喉に赤い線が走った。

 血が噴き出すより早く、毒が体内に回り、男の表情は驚愕から痙攣へと変わる。

「……っが、あ……!」

 崩れ落ちる男の身体を見ても、女は何事もなかったかのように身を起こし、身なりを整えて立ち上がる。

「――さよなら、哀れな豚さん」

 やがて男は絶命し、赤い帳がさらに深い闇を孕んだ。



 翌朝、報せは瞬く間に裏社会を駆け巡った。

 抗う者の末路が、淫靡な夜の中でいかにあっけなく訪れるかを示す象徴として。

「成果は上々のようだな。イク瞬間を狙い、喉を掻っ切って逝かせる。我ながらいい芸当だ」

 隣で控えていたポーラの瞳は、恐怖ではなく熱を帯びていた。

「…たった一夜で、娼婦が武器になった。これこそ、ジャック様の思い描いた景色なのですね」

 ランダはただ黙って主人を見上げ、微かな畏怖と、変わらぬ崇拝を混ぜ合わせた視線を送る。

「ジャック様、私から一つ提案がございます」

「なんだ、言ってみろ?」

 うっとり悦に浸っているかと思えば、参謀としての顔を取り戻したポーラは続けて口を開いた。

「今の彼女たちはもうただの娼婦ではありません。特別な名を与えましょう。町が彼女たちを畏れ、同時に渇望するような……そんな名を」

「ほぅ…。で、何か妙案はあるのか?」

 彼女は自身の魅力的な赤い唇をなぞり、囁くように言った。

「――スカーレット・リップス。紅の唇に囚われた者は、甘美な死から逃れられない。娼婦としての艶やかさと、暗殺者としての恐怖、その両方を示せる名です」

「ふっ…、なるほど」

 隣に控えるランダを見ても、その反応は俺と同じようなものだった。

「…いいな、面白い。せいぜい奴らにその名を刻み込んでやれ」

「かしこまりました」

 ポーラは深々と頭を下げ、同時に艶やかに目を細める。

 こうして、『スカーレット・リップス』の「初仕事」は鮮烈に幕を開け、サンドウジの裏社会に“新たな恐怖”の種が撒かれたのだった。


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