② 選んだ道の刃
「さて、今日の狩りはお前に任せよう」
目的地の村へ向かう道中、日が暮れる前に彼女へそう言った。
「分かりました、やってみます」
腰に差した脇差のような短い刀を握りしめた彼女の表情には緊張の色も見える。
「なに、さっき教えた通りにやってみればいい。もしヤバそうなら、その時は俺が代わりに狩るだけだ。肩の力を抜いて気軽にやってみろ」
「気軽に…って、それはなかなか難しい注文ですね」
俺も武器の扱いを覚えたての頃に同じように言われたら思っただろうか。
いや、そんなことは無かった気がする。
あの頃は無我夢中で刀を振り、生きる為に強さを見出した覚えがある。
「おっ、ちょうど良いところに手頃なのがいるな。あいつで試してみるか」
木の上から索敵をしていると、赤茶色の体毛をした獣の姿が一匹目に入った。
あのトライトボアって獣は本当にどこにでもいるものだ。
あちこち放浪している俺が言うのだから実に説得力のある話である。
「ちょっと誘き寄せてくるから、深呼吸でもしてそこで待ってろ」
「はい!」
まだ緊張の色が見える返事だったが、今は気にしていても仕方ない。
こういうのは見て覚えたり、やり方を口頭で教えたりしても結局は実戦で経験を積んで覚えていくものだ。
実際、俺はそうだった。
その場その場の実戦を生き抜き、今こうして飄々と生きていける強さを得た。
彼女にそこまでの強さを望んでいるわけでは無い。
だが、自分の身は自分で守れるくらいの強さは持ち合わせてくれないとあまりにも手がかかり過ぎる。
手がかかる子ほど可愛いという言葉も聞いたことはあるが、俺は面倒ごとは嫌いなんだ。
役立たずであれば置いていく。捨て置く。切り捨てる。
そうやって生きてきた。
その一方で、彼女がメキメキと力を付けてしまい過ぎて筋肉質な身体になってしまうのもまた困る。
それでは本来の用途である女としての価値がだだ下がりになり、俺の好みからは大きく外れてしまうからだ。
強すぎず弱すぎず、それが彼女に求めている強さの在り方である。
彼女がどう思っているかは知る由も無いが、俺としてはそれが理想だ。
「あ? 少し小さいな、まだ子供か…? まあ、それこそ手始めにはちょうど良いか」
か弱い少女は今までろくに武器の扱いも覚えてこなかったらしいので、一から教える必要があった。
ただ、変に癖が付いているよりは最初からちゃんと教えられた方が覚えが早いこともあるらしい。
「おらよ、このクソボアが。俺に食われる為にとっとと付いてこいや」
「グヒィ!」
文字通り相手の尻を引っ叩くと、何事かと怒った様子を見せたトライトボアの子供は俺を認識すると馬鹿の一つ覚えのように突進してきた。
「そうだ、その調子でついてこい。今日の晩飯になるとも知らずにな」
トライトボアを引き連れたままランダの下へ向かうと、彼女の姿が見えたところで一気に跳躍して木の上に身を隠す。
知能の弱い獣には尻を叩いた相手が消えてしまったことなど理解できなかっただろうが、それでも構わず目の前にいる敵へ一目散に向かって行く。
「さぁ、ランダ。お前の初陣を見せてもらおうか」
「来た…っ!」
トライトボアなんて冒険者であればなりたての頃に狩り始めるようなモンスターだ。
人の背丈を超えるほどまで成長する大人サイズならまだしも、今回は自分よりやや小さいほどの大きさであり、動きは直線的で単調なので奴の早さにさえついていければ対処は容易い。
それでも、ランダはああも緊張感を持って戦おうと向き合っている。
「っ…、行きます!」
「ングヒィ!!」
ある意味ひよっこ対決なのだと妙な納得感を覚えている俺を気にもせず、お互いが相手へと間合いを詰めて交差した。
ザシュゥッ!
すれ違いざまに相手の肉を削ぐように切り裂いた刃は確実に相手へダメージを与え、鮮血の結果をもたらした。
「ふぅん…、だがまだ浅い」
獣同士の戦いでいえば精々爪で引っ掛かれた程度の傷なのだろう。
ランダの手によって傷をつけられたトライトボアは僅かに気にする素振りをしても、獲物を狙う目を対象から逸らすことは無かった。
「ランダ。俺の教えを忘れたか? お前の得物は短い。そのままでは一撃で相手に深手を負わせるのは難しいぞ」
「はいっ、ジャック様!」
一撃で叶わぬのなら手数で勝負するというのも一つの手段だが、俺が教えた術は違った。
一度トライトボアと距離を取った彼女は、その教えを思い出したかのように深い深呼吸をしてから魔力を練った。
自身を纏う魔力の鎧を自らの得物にも同様に扱うと、まるで刀身が伸びたかのように見受けられる。
「ブモッブモッ!」
魔力すら感じられない愚かな獣は先程とは一味違うランダの様相にも気づかず、再び突進を開始した。
そして、それを迎え撃つ姿勢に入ったランダの目にはもう緊張の欠片も無い。
絶対の自信。揺るぎない自信。
師の教えを頼りに得たその自信と自らの魔力を以って、暴れまわる獣を一閃し真っ二つに切り裂いた。
ズドンッ…!
肉が二つ倒れる音と振動が静かな森に響き渡ると、それに続いて拍手する音が響いた。
「できるじゃないか。なぜ最初からそうしない?」
「すみません。いざ戦うとなると、頭が真っ白になってしまって…」
「まあ、初めのうちはそんなもんだ。だが、結果はこれだ。よくやった」
「はいっ…、ありがとうございます。ジャック様…」
そう、彼女には魔法の才能があった。
朝のように頭をそっと撫でてやると、安心したように身を預ける彼女に聞くと魔法が使えるという事だったのでこのやり方を提案してみたのだ。
無駄に重い得物を持たせて筋肉がついてしまうよりも、護身用程度の小さな得物を持たせる程度に留めて有事の際には大きくできる方が理に適っている。
町を出る際に従者としては当然のように俺の分の荷物まで持とうとした彼女の言い分も尤もだが、同様の理由もあって自分の分の小さな荷物だけ持たせるようにしていた。
まあ、そちらは同行する女に重たい荷物を預けていると悪目立ちするということや、いざ戦いになる前にへばってしまうのをなるべく防ぐためでもある。
「さて、バラすのは俺がやってやろう。こいつを食うには癖も強いし、食べる部位には気を付けないといけないからな」
「でしたら、調理の方は私が。幸い、里でもブライトボアは何度も食べていますし、臭み消しに薬草を使えばそれほど癖も気にならなくなりますから」
「へぇ、そうなのか。なら、それはお前に任せるとしよう」
「はいっ、お任せください」
口にするものなど味は二の次で食えればいいという環境で育った俺と違い、その辺りのことはちゃんと心得て人間味のある生活をしていたようだ。
「親にも、あなたは見た目が見た目だから料理くらいはちゃんとできないといずれ結婚するのも難しい。なんて言われて、しっかり勉強しましたから」
「見た目が…、あぁそうだった。ブヒ族は普通の人間と美醜逆転した価値観なんだった」
「はい。どちらにせよ、ジャック様のお役に立てるのであれば、ちゃんと親の言うことを聞いておいて正解でした」
「そうだな。俺からも感謝を送ろう」
既にこの世にいないと言っていた彼女の両親にその気持ちが伝わるのかは疑問だったが、森の木々の間から空を仰いで顔も知らぬ相手を想った。




