完全ナンパマニュアル初級者編
翌朝、祭りについてブレイズに聞いた。
週末にあるらしい。しかもその日は訓練もなく、休息日になるようなので参加できそうだ。
大道芸、パレード、屋台…ナンパが名物らしい。
「最後のは怪しいけどな。」
「何いってんだよ。今日も座学で言ってたろ。相手が油断したときが一番の攻め時だって、楽しいと油断してるときこそ、狙い目だよ。」
「…根っからの常在戦場だな、ブレイズは。」
「まあね。…じゃあ、始めようか。」
「えっ、何を?」
「もちろん、ナンパの練習さ!ガールフレンドが欲しいんだろケント?」
「そうだけどさ。」
「君は今まで街中で知らない女の子の声を掛けたこと有るのかい?」
「ないよ、知ってるだろ。ブレイズはあるのか!?」
「そんなことはもちろん、したことないよ。」
「どうすんだよ、妄想だけじゃ、意味ないだろ、たぶん。」
「まあまあ、そういうのは経験者に話を聞くのが一番なのさ。」
「そうか?」
「教官の一人にナンパで結婚した人がいるからその人に聞いてみよう。本人は頑なに街の往来で偶然知り合ったと言ってるみたいだけどね。」
「ま、まあ、いきなり確信をついた聞き方はやめとこうな。」
その後、ナンパの教官をなだめ、すかし、なんとか聞き出した情報を元に準備をして祭り当日を迎えた。
祭りの朝。
顔を洗い、歯を磨き、水面に写る顔を見ながら、髭を剃り、鼻の周りと眉と髪型を整える。
入念に手を洗い、爪の汚れもすべて落とす。
格好も派手すぎず、ダサくない無難な格好。
最後に下心が無いような、自然な笑顔を水面の前で確認した。
これで【完全ナンパマニュアル準備編】は完了らしい。
マニュアルはナンパの教官が隠れて執筆しているものとのことだ。
ちなみに13編あるらしい。
偶然にもなんかの兵法書と同じ巻数だ。
現在書き下ろしている別冊結婚編は大作らしい、…知らないけど。
「完璧だね。」
共用の洗面所で真剣に水面に向き合っていると、そうブレイズに話しかけられた。
「そうかな。…いや、そうだな。」
「意外と乗り気だね。渋ってた割には。」
「やるからには真剣に、だよ。」
「そうかぁ、じゃあ行こうか。」
祭りは昼間から行われていた。
前評判どおり、大道芸とパレードと屋台は見かける。
収穫祭の他にも貴族から、何かの発表があるみたいだ。
「とりあえず、【完全ナンパマニュアル現地編】に従い、現場の視察だね。一度(会場を)ぐるっと見て回ろうか。」
「だな。それにしてもこんなに人っているもんなんだな。」
「まあ、街の外から観光で来る人もいるし、そういう人も狙い目かもね。」
「成る程。」
雑談しながら、屋台などを見て回る。甘いものやアクセサリーなどの小物を売っている店、休めるカフェ、ベンチ等をチェックする。
住んでいる街、ましてや、娯楽の乏しい時代であれば、当たり前だが祭りの日にうろうろしてれば知り合いの一人や二人ぐらいは会うものである。
「ちょっと、ねえ、ちょっとだけ。」
「いやいや、今、友達とね。一緒に…。」
ブレイズが商売人風の女に絶賛絡まれ中である。
…意外と遊んでんだな、お前。
なんか前にもあったなこんなこと、ちょっと思い出してきた。
こういうときは、もちろん。
「頑張れ、ブレイズ、じゃあ。」
見捨てるに限る。そして、振り返り、すぐにその場を立ち去る。
まあ、あれもナンパ?といえばナンパなのだろうか?逆ナン?
なんか後ろから叫ばれているような声も聞こえるが気にしない、ご愁傷様。
「ここからが本番だな。」
気合いが入る。
なんたって今日はケント爺の初恋の相手に会うことが決まっているのだ、つまりはナンパも絶対成功する、俺には【完全ナンパマニュアル実戦編】もあるしと、やや強引な理論で道行く女性に声を掛けるが…が……
2時間前の俺を叱ってやりたいよ!!
ことごとく皆さん「用事が…」とか「待ち合わせが…」とかがあるみたいですねぇ…雲行きが怪しいな、気象的な意味も含めて、というか、本当に曇ってきた。
これは一雨来そうだなと思いながら空に向けれて広げていた手の平に一滴の雨粒が降ってきた。
とりあえず、近くの軒先に一時待避する。
しばらく空を眺めていたら、降り出してきた。
街の住人や観光客などが、近くの店や軒先に避難している。
雨を眺めながら、ぼーっと考えていた。
「…あの悪魔まさか、騙したのか?」
契約違反だよな。呼び出して、クレームを言おうと考えていると、同じ軒に誰かが入ってきた。
フード付きのコートを着ているが凄く濡れている。そして、凄い怒っている感じで、ぶつぶつ言っている雰囲気。…聞き取れないけど。
顔が見えないので分からないが声音から、女性だとは思うが、待ち合わせをすっぽかされたのかな?
今日は用事がある女性にしか会わない日だし、こういう時は普通、話しかけないんだけど、マニュアルを熟読した今の僕は声を掛けていた。
当たって砕けろ、数は力!!
なのだ。
「凄い雨が降ってますね。最悪ですね。」
「え?…ええ。」
「でも、たぶんすぐ上がりますよ。」
「…そう、ですかね。」
彼女は胸の下で腕を抱いている。
「約束でもすっぽかされた感じですか?自分も約束?というか当てが外れた感じです。」
「…。」
「どちらから来られたんですか?」
「…。」
「もしかして、地元ですか?」
「…。」
また駄目か。そして、雨も止んだ。
「雨上がりましたね。彼氏さんと会えると良いですね。じゃあ。」
会釈をし、立ち去る。
お家帰りたい…、お家帰ろう。
今日の教訓があるとしたら、やはり会話の基本は天気の話なのかなということかな、それ以外の質問は無視されるし…泣。
「くしゅん。」
可愛いくしゃみが聞こえたので、振り返った。
先ほどの女性がフードを外して、赤い顔をし、震えながらこちらを見ている。
ブロンドの巻き髪、青い瞳、整った顔立ち。
可愛い。
そして思わず場違いにたずねた。
「君の名前は?」
「…しんどい。」
「ですよね。」
面白いと思って頂けたら、嬉しいです。
暫くはアップ出来そうです。
道 バターを宜しくお願いします。
他にも作品をアップしています。
作者ページを見て頂くと、なんと!?直ぐに見つかります(笑