着いた先は……
「……きゃあ!」
「何だ……っ?」
カップルの悲鳴が上がる。
突如として、車体が大きく揺れたのだ。
立っていた俺たちは、バランスを崩して手すりに体をぶつけたり、床に倒れ込んだりしていた。座っていたカップルも、座席から体を投げ出されている。
「おい……どういうことだ……?」
窓から外を見ていたホスト風の男がつぶやく。その表情はかたい。
俺も、窓から外を見た。
……後部車両が、大きくカーブを曲がっているのが見える。
「……この線路に、切り替えのポイントなんかあったっけ……?」
俺の問いかけに、他の連中も窓の外を見る。みな、それぞれに何とも言えないかたい表情をしていた。
カップルの女の方などは、さらに蒼褪めて、かたかたと大げさなまでに肩を震わせている。
「……連れて行かれるのよ……」
女が言った。
「……あたしたち、連れて行かれちゃう……。もう、帰れないんだ……っ」
「そんなわけないだろ。大丈夫だよ、菜々」
男が、彼女の肩を押さえつけるように抱きしめる。何とか震えを止めようとしているようだ。
その時、
――ガッコン……!
大きな音とともに、ひときわ大きく車体が揺れて……停まった。
「……どこの駅だ?」
ホスト風の男が言う。だが、その表情は暗い。
ここが駅でないことには、すでに気がついていることだろう。
――プシュー……。
音ともに、電車の扉が開いた。
みな固まったまま、ただただ扉に目を向けている。
扉の向こうは暗闇で、ここからでは外の状況がまるでわからない。
「大丈夫だよ、菜々ちゃん」
俺は、泣きそうな表情の彼女に、にこりと笑いかけた。
「地下鉄の電車ってのはプログラムされた通りに動いている。それが、ちょっと誤作動を起こしてしまっただけさ。今頃は駅員たちも大騒ぎしているよ。俺たちを助けようと復旧作業を急がせているはずだ」
俺は地下鉄にもコンピュータにも詳しくはない。だから、地下鉄の電車がどうやって動いているのかはわからない。けれども、この震え続けている彼女を安心させてやることこそが、何よりも最優先だと思ったのだ。
「俺は、真崎賢吾。よろしくね」
「……よ、よろしく……」
震える声で言ったのち、ぺこりと頭を下げたのを見て、
『案外、礼儀正しい子なのかな』
そう思った。
「お……降りるんですか?」
開いた扉に向かいかけた時、中年男に尋ねられた。
「ええ、とりあえず降りてみないと……。ここがどこか把握したいし」
「でも、その間に電車が動き出したりしたら?」
「けれど、待っても動き出さなかったら? 電車に乗り込んでから、一度も車内アナウンスがないんですよ? 都市伝説はともかくとして、やっぱり、この電車はちょっとおかしいと思います」
「しかし……」
「みなさんはここにいてもらって構いませんよ。俺は、外の様子を見に行きます」
そう言って、俺は車外へと降り立った。
電車を降りて少し進むと、建物が見えてきた。
二階建てぐらいの朽ちた建物で、入り口らしいところにぼろぼろの木の札がかけられている。
『……表札……?』
思っていると、
「何だ、ここ」
背後から声が上がった。見ると、ホスト風の男が俺と同じように建物を見上げている。
「……病院……ですかね?」
中年男も降りてきたようだ。
「あ、確かに……。この文字、『病院』って読めるかも」
若い男が、スマートフォンの明かりを表札に当てている。
「おいおい……」
俺は少しばかり焦って言った。
「これじゃあ、車内に菜々ちゃん一人ってことになるじゃないか」
すると、若い男が、
「でも……あんなに怖がっている菜々に降りろっていうのは、酷ですよ」
そう言った。
「いや、そうじゃなくて……。あんたは残った方がいいんじゃないのか? 彼女なんだろ? 一人にしていいのか?」
「え……?」
若い男はきょとんとして俺を見ている。
『……俺、なんかおかしなことを言ったか……?』
眉をひそめる俺に、
「でも、この建物……広そうですよね」
若い男が言った。
「二階建てみたいだし……三人で見て回るのはたいへんじゃないですか?」
「……え……それは、まあ……」
「電車には明かりもついているし、車内が一番安全だと思うんですよね」
そう言われれば確かにとも思う。けれども、それで本当に彼女は納得したのだろうか。
そう話すうちに、俺の横をすり抜けて行った者がいる。
ホスト風の男だ。
「あ……ちょっと……!」
俺の声は聞こえているだろうに、こちらに見向きもしない。
しかし、さすがにこんな朽ちかけた建物に一人で入らせるわけにはいかないだろう。
『……くそっ』
俺は胸の内で舌打ちをすると、男のあとを追って廃病院へと入って行ったのだった。