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トンネルの向こう  作者: 高山 由宇
15/18

追ってくる漆黒の闇

「……走れ!」

 俺は叫んだ。

 手術室にいた漆黒のバケモノが、俺たちを追ってくる。

 (しゅう)菜々(なな)ちゃんの手をつかみ、出口を目指す。俺も、二人の背中を追って走った。


 背後から、けたたましい音が聞こえる。

 木造の床を鳴らしながら、猛スピードで追ってくる音。

 まるで、建物全体が揺れているようだ。

 病室の扉の上のすりガラスが、ヤツの通ったあとにことごとく割れて、その破片が俺たちに容赦なく降り注いでくる。


「……きゃっ!」

 思わず立ち止まった。目の前で、菜々ちゃんが転んだから。

 修は、菜々ちゃんの手を引き、無理矢理にでも立たせようとしている。

 俺は、そっと背後を振り返った。


 全身に鳥肌が立つ。

 冷や汗が、止まらない。


 ……追いつかれた……。


 もう、すぐそこに、ヤツはいた。

 ヤツの背後には、何もない。

 ヤツが通ってきただろうところには、何も存在していなかった。

 まるで、ヤツがすべてを食い尽くしてしまったかのように。

 漆黒の闇だけが、どこまでも続いているようだった。


『……まずい……』

 ちらりと修たちに目を向ける。すると、修も菜々ちゃんも、こちらを見ていた。俺は、焦りと憤りとを含んだ声で怒鳴る。

「見ている場合か! 早く……走れって!」

 自分の声に幻滅した。

 声には、まったく覇気がない。

 怒鳴っているはずなのに、涙声のように聞こえる。完全に震えていた。

 少しでも遠くへ逃げなくては……。

 再び走り出そうとしたところで、がくりと膝が折れた。

『……くそ! こんな時に……』

 がくがくと震えて、まるで膝に力が入らない。


「……美月(みつき)

 ふと、微かな声を聞いた。

『……みつき……?』

 何のことだと思い、顔を上げる。その俺の横を、長い黒髪の、菜々ちゃんと同じ年頃の女の子が通った。

「え……?」

 新たな登場人物に、俺は驚いて彼女を見る。すると、彼女は、漆黒のバケモノの前に一人立ちはだかった。

 「彼女が危ない」という思いと、「この隙に逃げなくては」という思いとが俺の中で交錯する。

 彼女が、こちらを振り返った。

 形のよい小さな唇が、微かに動く。


 ……ごめんね……。


『何のことだ……?』

 俺にはわからない。だが、その女の子は確かにそう言っていた。

「……美月!」

 菜々ちゃんから泣き声が上がる。その声が、急速に俺の心を冷やしていく。

「……立て! 修、菜々ちゃん、走るんだ!」

 俺の声に、自分を取り戻したらしい修が菜々ちゃんを立たせる。そして、その手をつかむと、二人は全速力で出口に向かい駆け出した。俺も、震える膝をひとつ叩くと、すぐさまそのあとを追う。

 その瞬間、傍らの女の子の横顔が見えた。

 長い髪に隠されて表情までは見えない。だが、その口元は、微かに笑っているようだった……。


 すっと全身が軽くなった。

 廃病院の外に出ると、それまで重しのように感じられていた空気がとたんに軽くなる。

 修と菜々ちゃんの表情に安堵の色が見えた。また、俺にも……。

 どこか、ほっとしている自分がいる。

 だが……。

『……まだだ。まだ、気を許しちゃいけない!』

 俺は、強くそう言い聞かせた。

 あのバケモノが、廃病院の外に追ってこられないとは限らないのだから。

「走れ! 電車に乗るんだ!」

 俺は叫び続けた。

 電車に乗ったからといって、そこが安全とは限らない。

 けれども、たぶん、あのバケモノは光に弱いような気がする。

 豆電球のような淡い光では抑えることはできなかったが、電車の蛍光灯の光なら、きっと……。

 そこに一縷の望みをかけ、俺たちは電車に飛び乗ったのだった。

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