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トンネルの向こう  作者: 高山 由宇
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終電を逃した五人

 その日、俺は遅くまで会社に残り、一人で仕事をしていた。

 これさえ片付ければ、明日からは連休だ。

 ゆっくりと休むことができる。

「……よし。帰るか」

 デスクを離れ、俺は静まり返った会社をあとにした。


『今なら終電に間に合うな』

 そう思いながら階段を下りる。地下鉄のホームに着くと、数人が電車を待っているようだった。

 俺は、疲れていることもあり、座りたくて待合室に近づいた。だが、扉に手をかけるのをためらう。それは、中から話し声が聞こえてきたからだ。

『くそ……疲れているのに……』

 こういう疲れた時には、特に、密閉された空間に誰かがいるという状況は耐えられない。そう思い、俺は待合室から離れた。

 あと数分で電車がくるはず。

 俺は、ホームに立ち、電車の到着を待つことにした。


 ふと、光がよぎった気がした。

 項垂れていた顔を上げる。

 その瞬間、光が走り去るのが見えた。

「……は……?」

 わけがわからずに声が漏れる。

 急いで腕時計を見た。

『……どういうことだ……?』

 俺は、混乱した頭で考える。そして、何度も時計の針を目で追った。

 ――終電の発車時刻が、過ぎている……。

『まさか、立ちながら眠ってしまっていたのか……?』

 わけがわからないまでも終電を逃してしまったことは確かなようだ。

 近くのビジネスホテルに泊まるか、あるいはタクシーで帰るか……俺は、これからどうすべきか頭を悩ませていた。

 その時。

「……マジかよ」

 声が聞こえて振り向く。

 グレーのスーツに身を包んだ、金髪の男が目についた。長い髪の間からのぞいた左耳には、ピアスがきらりと光っている。いかにも、夜の街にいそうな風体の男だった。

『ああ……彼も、乗り過ごしたんだな』

 彼も、疲れていて眠ってしまっていたのだろうか。そう思いながら周りを見回す。


 他にも、終電を逃した乗客がいたようだった。

 ホームの柱に背を預けて眠っているのは、赤ら顔の中年男だ。彼もスーツを着ているが、ホスト風の男と違い、よれよれの安っぽい格好だった。

『あれは、酔っ払いだな……』

 そう思っていると、

「あ~終電行っちゃったよお!」

「やっぱり間に合わなかったかあ」

 どたどたと階段を下りてくる足音とともに、そんな声が聞こえた。振り向くと、一組のカップルがひどく気落ちしたような感じで階段下に立っている。

 男女ともに大学生ぐらいだろうか。まだ大人にはなりきっていないような、幼さを残している雰囲気があった。


 今、ホームには、俺も含めて五人。

 全員、終電を乗り過ごしてしまったことにショックを受けている。

 ……いや、一人はずっと眠り続けているので、この事態に気がついていないのだろうが。

『さてと……』

 俺は、カップルたちのいる階段に向かって歩き出す。いつまでもこんなところにいても仕方がないと思ったからだ。

『ホテルは、今からじゃとれるかわからない。タクシーは……金曜日の夜だし、つかまらないかもなあ……』

 溜め息をつきながら階段に足をかけた、その時だった。

「……あれ?」

 すぐ近くで、カップルの女の方が声を上げた。その瞬間、ゴオっという低い音が耳に届く。

 聞き慣れた音に、俺は思わず振り返った。


『まさか……』

 そう思った。どんどん大きくなる音とともに、暗いトンネルの向こうから明かりが近づいてくる。

「……電車だ……」

 カップルの男の方がつぶやく。ホームに立ったままだったホスト風の男も驚いているようだった。

「回送、かな」

 女の言葉に、

『なるほど……』

 そういうこともあるかもしれないなと思ったが、その電車は静かに停車した。そして、電車の扉とともにゲートが開く。


 俺は、行き先を見るために電車に駆け寄った。

 橙色の光で何かが表示されているようではあったが、液晶が壊れているのか文字がまったく読めない。

『……どうする……?』

 俺は考えた。行き先もわからないこの電車に、本当に乗ってよいのだろうか。

 思案していると、どたどたという足音が背後から近づいてくる。あの若いカップルだ。二人は、手を繋ぎながら、迷うことなく電車に飛び乗った。

 それを見ていたホスト風の男は、自分も電車に乗ろうとしたのだが、すぐ近くで眠りこけている中年男をちらりと見た。その中年男に、強くもなく弱くもないような蹴りを一発入れ、ごく自然な(てい)で電車に乗り込んだのだ。

 その光景に驚いていると、中年男が目を覚ました。

 そして、彼もまた、何事もなかったかのようにゆらりと起き上がると、停まっている電車に乗り込んだのである。


 俺以外の全員が乗り込んだところで、発車を知らせる音楽が鳴った。

 それを聞いた俺は、

『これを逃したらあとがない!』

という、得体の知れない強迫観念に駆られるように、行き先の知れない電車に飛び乗った。

 そして、電車の扉が閉まる。

 終電を逃してしまった五人。

 そんな俺たちを乗せた電車は、暗いトンネルの中を軽快に走って行ったのだった。

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