第9話 無防備ペット(美女)
「ご主人様!」
「あぁ」
狐月が尻尾でゴブリンの身体を叩いて宙に浮かせる。浮いたゴブリンは身動きが取れないので回避すら出来ない。その隙を後ろから蓮がナイフで切り裂いた。息の合った連携にゴブリンはなす術なく力尽きてしまう。
「狐月グッジョブ」
「ご主人様流石です!」
2人でハイタッチ。あの一件で蓮の心情を聞いた狐月は妙に打ち解けていた。人に奉仕するのが元々好きだった狐月は蓮が奴隷にするつもりはないとあってもその生き方は変わらなかったのだ。蓮も自分の気持ちを晒したお陰で自然体に振る舞えていた。雨降って地固まるというものだ。
そして冒険者としても一歩先を行った2人。相変わらず受ける依頼は新米用の簡単なものだが見事な連携で戦闘時間が大幅に削減されたのでゴブリン退治の効率が上がったのだ。時間削減が可能であれば当然受ける依頼の回数も上がる。一度に複数の依頼を受けることは不可能だったものの1つ1つを短時間でやり切ってを繰り返してどんどんと金を稼いでいた。
やっている行動はここ数日全く変わっていない。だが2人の慣れや実力の向上が確実に生活の向上にも繋がっており、順調な毎日を過ごしていた。
「銀貨70枚。素材も売って2、3枚は追加されるな」
「ということは……」
「あぁ。これで服を買える!」
服は複数用意しておかなければ着回せない。今は2着のみなので色々と不便なのだ。
「それにイヤークリーナーと……他には何かいるか?」
「あ、マッサージオイルとかいかがですか?」
「マッサージオイル? …………エロい感じの?」
「ち、違います! 普通のマッサージ用のオイルです!」
マッサージオイルと聞いてそういうものしか想像出来なかった蓮である。
「ここ数日間ずっと戦闘ばかりでしたので。たまにはご主人様に癒されて欲しくて……」
「ナチュラルに俺にしてくれるわけだが……代わりに耳掃除は俺がやろう」
「あ、お、お願いします」
お互いにお互いを労うのはとても良いことである。というわけで本日は少し早めに切り上げて買い物へ。服は割と適当に購入し、以前確認した店でイヤークリーナーやらマッサージオイルを購入する。
「んー、やっぱり下着には手が出せないな……」
「1つ買ってくださっただけで充分です」
満面の笑みの狐月。下着は男物はかなり安いのだが女性の物は別だ。銀貨5枚が標準であったり酷いものは20枚や30枚といった高級な物まであるくらいだ。流石に同じものを使い続けるわけにはいかないので1枚はなんとか購入したのだ。食費さえ削ればなんとかなった。
「家とか欲しいんだけどな」
「家ですか?」
「あぁ。料理とか掃除が趣味だって言ってたろ? でも宿屋じゃ出来ないからな」
キッチンもなければ店主が掃除するので必要すらないのだ。残念ながら現状では狐月の趣味は完全に奪われてしまっている状態である。
「ふふ……新しい趣味が増えたので問題ございませんよ」
「そうなのか?」
「はい。ふふ……」
それが何かは言わなかった。しかしここ数日で狐月は色々とやりたいことがあったのだ。マッサージもその1つである。
「早く帰りましょう!」
「そうだな。狐月の耳触りたい放題だしな」
「もう……私の耳なんていつでも触っていいんですよ?」
蓮がそれで癒されてくれるのなら狐月としてはいつでも大歓迎だった。宿に戻るなり早速試してみる。
「狐月、こっち」
「は、はい」
洗面所で手を洗うとすぐにベッドにあぐらをかいて座り、狐月を呼ぶ。狐月は少し躊躇いながらも蓮の足に頭を乗せた。
「お、重くないですか?」
「大丈夫だから心配するな。で、これは……あぁ、まずは塗る感じで使えばいいのか」
イヤークリーナーの説明を読みながら封を開ける。指先に少し付けるくらいで何十回と使用出来るもののようだった。
緊張して強張った様子の狐月。蓮はイヤークリーナーを少し指に付けると体温で温まるようにと親指、人差し指、中指で塗り合わせる。
「じゃあ始めるぞ? 痛かったりしたらすぐ言えよ」
「は、はい」
狐月の耳に触れるとまだ冷たかったようだ。狐月は全身をピクッと震わせた。
「悪い、まだ冷たかったか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。じゃあ続けるからな」
指でさするようにイヤークリーナーを塗っていく。イヤークリーナーはすぐに乾いて垢を浮かせてくれるのだ。浮いた垢はガーゼで拭いて綺麗にする。
「んぅ……んぁ……気持ち良いです……」
「そうか? とりあえずその……エロい声出すのはやめようか」
「そん…な……こと言われましても……んぅ……」
かなり気持ち良いようで恍惚とした表情を浮かべる狐月。しかしこれはまだまだ前菜である。
「表面がこれで終わりで……次は中の方か。えっと……綿棒も買ってあったよな?」
「は、はい……」
別で購入しなければならないようだったが抜かりはなかった。綿棒は銅貨10枚で購入可能の安いものなので問題はない。
「じゃあ中の方やるから動くなよ?」
「分かりました」
ここでもイヤークリーナーが役に立つ。綿棒の先端をイヤークリーナーに浸からせると耳の中へと入れる。垢を浮かせると同時に綿棒に染み込ませてくれるのであっさりと綺麗になっていく。
「痛くないか?」
「はいぃ……気持ち良いですぅ……」
間延びしたような声だった。蓮は出来るだけ優しく、丁寧にを心掛けて耳掃除をし続ける。狐月は本当にリラックスした様子だ。以前の狐月ならばこんなだらしない姿は見せてはくれなかっただろう。
「こことかどうだ?」
「はあぁ……気持ち良いぃ……」
「そうかそうか」
狐月はもう既にのんびりし切っている。右耳、左耳と順に掃除をし終わったものの甘えるように蓮の足から離れない。
「なんかペットみたいだな」
「奴隷なので間違いないかもしれませんねぇ……」
こんな奴隷は普通存在しない。主人の足元で甘えるように頬を緩ませている奴隷など誰が聞いたことがあるものか。幸せそうな狐月の頭を撫でながら蓮も目を閉じる。狐月の髪は触っているだけでも気持ちが良く、本当にペットを飼ったような感じがしてしまう。
動物好きな蓮も色々と満たされてしまう。時折狐月の耳を触ったりゆらゆらと揺れる尻尾を触ったりとやりたい放題である。
「ご主人様ぁ」
「ん?」
「好きですぅ」
「お、おう……?」
いきなり告白されてしまった。本人は夢うつつのようで自分でも何を言っているのか分かっていない様子。しかし狐月は上体を起こすといきなり蓮に顔を近付ける。
「こ、狐月さん?」
「大好きですぅ」
キスされてしまった。そのままベッドに押し倒されてしまいドキドキと心臓が高鳴ってしまう。
(も、もしかしてする流れか!?)
このまま致してしまうのではと不安になっていたがそういうことにはならなかった。狐月は蓮の胸元に頬を預けて気持ち良さそうに眠ってしまったのだ。拍子抜けである。
「…………まぁいいか」
怒る気にもなれない。いや、そもそも勝手に期待したのは蓮の方だ。文句を言う筋合いはなかった。
「すぅ……すぅ……ご主人様……」
「可愛い奴め」
可愛らしい寝息と整った顔立ちが見せるあどけない寝顔。蓮は少し躊躇ったもののやはり触りたいと狐月の耳に触れる。
(しかし獣人族は耳掃除が好きなのか? 確かに男としても憧れだが)
彼女に膝枕してもらって耳掃除をしてもらうというのは男ならば誰でも夢見るものだろう。結果としては逆になってしまったが。しかし狐月が幸せそうならと納得出来る辺り、蓮も甘かった。
「そして無防備過ぎて扱いに困る……」
眠っている狐月の信頼を裏切るわけにはいかないので手は出せない。しかし抱き着かれているせいで全身に感じる柔らかい感触はとてもじゃないがそういう想像をさせてしまう。完全に生殺しな状態になってしまった。
1時間程経過して狐月は寝苦しくなったのか寝返りを打とうとして違和感があったらしい。ゆっくりと目を覚ますと蓮の顔がドアップにあるのだ。目をパチクリとさせた後に顔を真っ赤にさせる。
「あ、あの……えっと……ど、どうぞ?」
「じゃあ遠慮なく」
目を閉じる狐月に蓮は遠慮なくキスした。触れるだけの優しいキスだったがそれだけで満たされてしまう。
(あー……やべぇ。今のキスで襲いそうになった。危ない危ない……)
1時間も我慢していれば色々と考えてしまう。特に狐月は外見は本当にモデル並みに整っているのだ。むしろ1時間も我慢し、今もそれを続けていられるのは相当な精神力と言えなくもないだろう。単にヘタレとも言える。
「あの……ど、どう致しましょうか……?」
「俺もどうすればいいのか分からない。とりあえずその……離れてくれると助かる」
「は、はい。すみません」
狐月は慌てて上体を起こした。蓮もゆっくりと上体を起こすと大きく息を吐いた。
「す、すみません……眠ってしまっていたようで……」
「いやそれは別にいいんだが……。そのな……あんまり無防備だと俺も男だから色々とな……」
「は、はい……以後気を付けます……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている狐月が大変可愛らしい。また襲いたくなってしまった蓮だったがなんとか自制した。
「とりあえず耳掃除、気持ち良かったか?」
「は、はい。大変気持ち良かったです。ありがとうございました」
「あぁ。さて、そろそろ良い時間帯だしな、飯にするか」
蓮は立ち上がろうとして、色々とマズイことになっているのが分かってすぐに座り直す。
「ご主人様?」
「いや……うん、ちょっと待って。色々と落ち着かないから」
「落ち着かない……ですか?」
キョトンとした顔をしながら無慈悲に覗き込んでくる狐月。蓮は慌てて隠そうとしたものの間に合わなかったようだ。ズボンを突き上げてしまっているそれに気付かれてしまう。
「あ……」
「…………」
物凄い羞恥心である。蓮は顔を真っ赤にしてしまっているが狐月は耳まで赤くなっていた。
「あ、あの、ご主人様……
「な、何でしょう」
「先にその……お風呂に行きませんか?」
それはもうそういうお誘いでしかなかった。このまま自分の息子を放置するわけにもいかない蓮は頷くことしか出来ず、結局その日は一日中致してしまったのだった。