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第8話 距離感を掴みたい

 ギルドに報告をし、更にはもう一度5体のゴブリンを倒した蓮達。追加報酬と合わせて銀貨8枚分を得ることに成功した。


「素材はどこで売ろうか」

「ギルドでも買い取っていただけますが……どこかの商店で買い取っていただくのもよろしいかと」

「そうか」


 出来れば高く買い取ってくれる方がありがたい。しかしそれを探すべきなのかギルドの依頼を達成する方が儲かるのかの判断が付かない。


「……ギルドで売るか」

「分かりました」


 金もそうだがレベルも重要だ。早くレベルが上がればその分戦闘でも余裕が出来る。余裕が出来れば依頼の量も増やすことが出来てより儲かるかもしれない。


「…………」


 お互いに無言になってしまう。今までも話してきたのはこの世界での生き方であり方向性が定まってしまうと話す内容がなくなってしまう。蓮としてはもっと気楽な関係が望ましい。


(奴隷として利用出来てかつ気楽な関係……どんな関係だよそれ)


 そんなあり得ない関係を想像したところで意味はなかった。奴隷は気楽とは最も縁遠い存在だろう。


(落ち着け。いつも通り……俺がいつも通りに過ごせば自然体になってくれるはずだ。多分……)


 蓮はいざという時は真剣になるものの普段はお気楽である。女神に童貞を捨てたいと言うくらいなのだから想像はつくだろう。しかし金もなく、全く知らない未知の世界での生活はその余裕を消してしまっていたのだ。


「なぁ狐月」

「は、はい?」

「趣味とかないのか?」


 既に身体を重ねた後だというのにまさかの質問である。狐月は少し思案した後ににっこりと微笑む。


「お料理です。他にもお掃除は好きです」

「そ、そうか」


 ようするに家事が好きということである。それは趣味なのだろうかと疑問に思う蓮だったがすぐに嘘ではないかと感じた。


「命令だ、本当のことを言え」

「え? 本当にお料理やお掃除が好きですが……」


 特に何もない。つまりは本当のことということである。蓮は頭をかくと色々と思案する。その2つはそれが出来る環境を整えてからだ。つまりは自分の家というものがなければその2つは出来ないわけである。


「……ちなみに家を借りたとして相場は幾らくらいだ?」

「そうですね……安いところで1ヶ月に金貨2枚でしょうか?」


 蓮は遠い目をしてしまう。金貨2枚、それも1ヶ月でだ。今日が銀貨8枚。そこから生活費を抜いたとしてしても全く足りるような気がしない。また宿屋で過ごす方がお得である。


「大金を稼ぐ手段がありゃいいんだが……」

「一番早く稼ぐ方法はダンジョン奥地の素材を持ってくること。もしくはお尋ね者の捕獲ですね」

「今の俺らじゃ間違いなく無理だな」


 その2つはどう考えても強さが足りない。能力があったとしても基本スペックが負けているのでは話にならない。

 夕食をどうするかと悩みながら歩く。宿は同じところをもう一度取っているので問題はない。金の心配もあり相変わらず一部屋だけだ。


「あ……」


 狐月がとある物に気付いて立ち止まる。蓮も釣られるように立ち止まって狐月の視線の先を見る。視線の先には色々な雑貨が売られており、様々な小道具が並べられている。


「何か欲しいのか?」

「い、いえ、なんでもございません」


 明らかに嘘だと分かってしまう。蓮は並んでいる小物の中から狐月の欲しそうな物をなんとか見つけ出そうとするが分からなかった。


「命令、何が欲しいんだ?」

「あ……こ、このイヤークリーナーです……」


 獣人族専用の耳かきに使用されるものだ。ふとペットの耳かきを思い出した蓮だったが用途は同じのようだ。


「…………高いな」


 量はあるが値段は銀貨1枚。現状の手持ちでは手が出せなくはないが余裕が完全になくなってしまって色々とまずいことになりそうだった。


「だ、大丈夫です! 私のワガママなど叶えていただかなくとも!」

「そうだな……。個人的な意見だがまず着替えだと思ってんだけど」


 服がないというのが中々に由々しき事態だ。着替えがないせいで明日もこの服を使い回す必要がある。制服なので蓮は違和感はないかもしれないが女性としては絶対に嫌なことだろう。


「衣服ですか? 相場は大体銀貨2枚程です」

「そっち優先だな。ちなみにゴブリンのナイフと牙を全部売ったとすりゃ幾らくらいになるんだ?」

「銀貨1枚くらいだと思います」


 蓮が想像していた値段よりは貰えるようだった。あっさりと入手出来たことから銅貨10枚程度を予想していた蓮である。


「じゃあまずは服からだ。今日貰った金のほとんどを使うことになっちまうけどな」


 一度買った服は使い回すことが出来る。出費としては痛いが必要経費だと考えればそう悪いことでもない。


「かしこまりました」

「…………一応言っておくが俺の分1着とお前の分1着だからな?」

「は、はい! ありがとうございます!」


 また自分の分を度外視していないかと心配になってしまう。蓮のことが少しずつ分かってきた狐月はもちろん想像通りである。蓮は対等に扱ってくれているのが伝わってくるので奴隷という感じが全くしないのだ。

 蓮としては無茶な命令はしないつもりだがいざという時にすぐに動いてくれる人が好ましい。利用価値のある人間は主従の関係よりも友好関係を築く方が建設的だと感じていた。

 蓮は性格としてそういう風にしているがその選択は正しい。奴隷に恨まれる人は多く、寝込みを襲われて殺されてしまうなどということも珍しくはない。好き勝手に出来るとしてもリスクは存在してしまうのだ。奴隷に手錠などで動きを制限するのはそういう目的だったりする。反逆されないように、あくまでも立場は自分の方が上だと提示する為に。


(お手頃な衣服……)


 ここで奴隷として重要なことは主人である蓮よりも高い金額の服は買わないということだ。高級品を揃える人も多いがそれはあくまでも自分よりも見劣りする程度、それが奴隷として基本だ。


「あ、店発見。パーカーとかあるんだな」


 早速服屋を見つけた蓮は寄っていく。狐月も後を付いて行き、手頃な値段の衣服を探そうとキョロキョロとする。


「銀貨1枚とかか……」


 上下ともなれば相当な値段になってしまう。相場が銀貨2枚だがもちろんボロボロだが銅貨で買えるものも存在する。


「ご主人様」

「ん?」

「私はこちらで充分です」


 それはとてつもなくボロボロの既に布切れなのではと思わせるくらいに穴が空いた服だった。蓮はその服を見た瞬間、両手でバツを作った。


「却下」

「で、ですが……!」

「はぁ……ちょっと待ってろ」


 自分の服を手早く購入した蓮。白いパーカーと黒いズボンである。大きめのもので明らかにサイズが一回り大きい。


「あ、あの……」

「狐月の分は俺が選ぶ。お前が選ぶと安くて、とか考えそうで怖い」

「うっ……」


 考えが見透かされてしまっていた。蓮は色々と女性ものの服を見ていると女性店員が話し掛けてくる。


「こちらなどいかがでしょうか?」


 店員が提示したのは蓮が購入したものよりも安いが丈夫な服。その辺りを理解している辺りはプロだなと感じた蓮だったが今は邪魔だ。


「別に値段は気にしてない。そうだな……例えばこれとか。ってコスプレになっちまうか」


 選んだのは明らかに巫女服だった。狐耳に巫女服というなんともありがちなものになってしまいそうだった。


「そ、そんなご立派な物を購入していただかなくとも!」

「別にいいって。つってもこれちょっと小さいか。…………こっちとかどうだ?」


 蓮が選んだのは白色のブラウスに桃色のロングスカートだ。値段は先程の巫女服よりも少し安めだがそれでも蓮の購入したものよりは高かった。


「そ、それは……」

「このまま意見を言わなきゃ2つ購入するが」

「そちらでお願い致します!」


 金がないというのに2つも購入など出来るはずもない。しかし蓮はやると言ったらやる男であった。


「はぁ……本当にこれでいいのか? 適当に選んだだけだぞ?」

「これが良いです! これが……」


 何やら目をうるうるさせている狐月。蓮も本人がそれでいいならとそれを購入。蓮の服と合わせて銀貨6枚と銅貨40枚を持っていかれてしまった。


「よ、よろしいのでしょうか……?」

「女の子はオシャレとか好きだろ? 俺は服とか別に興味ないからな。適当でいい」


 しかし今回購入した服はどう見ても普段着だ。蓮はパーカーに黒ズボンと動きやすい格好だが狐月は違った。


「圧倒的に金が足りないな……。その……着替えもそれだけじゃ足りないしな」

「そんな! 充分です!」

「いや……ほら、下着とか……」


 恥ずかしそうに視線を逸らす蓮。狐月も顔を真っ赤にしてしまう。下着ももちろんこの世界には存在している。それどころか魔物の素材が豊富な為か日本のそれよりも生地に優れている。


「あ、あの……私のことは後回しでも……」

「狐月、俺は衣食住は保証するって言ったろ? 今はちょっと我慢してもらうが出来るだけお前の物から揃えていくつもりだ」

「そ、それは……その…………ありがとうございます……」


 嬉し過ぎて言葉にならなかった狐月は俯いて頬が緩むのを必死に堪えていた。しかし嬉しそうなのが伝ってきて蓮もほっと一安心だ。


(こういうのを繰り返していけば自然体に過ごしてくれるようにはなるかもな)


 蓮は少し期待を込めて思う。そして同時に奴隷にしているという罪悪感に苛まれてしまったのだ。


(解放……してやる方がいいんだろうけどな)


 狐月は奴隷でもいいから居場所が欲しいとそう言った。だが狐月には能力があり、冒険者としてこれから活躍していく期待が見込める。居場所なんて自分で作り出せるのだ。その道を塞いでしまっているのは、苦労をさせているのは縛り付けている蓮自身である。

 利用しようと考えたから。しかしそれは蓮にとっては生きる為の術でしかない。奴隷という制度を利用することで生き抜く為の知恵を身に付けた。だが既に冒険者となって生活をし始めたのだ、狐月がいなくとも最低限の生活だけは数ヶ月は確保出来てしまう。


「…………」


 悩んだ末に蓮は立ち止まった。不審に思って狐月も足を止めてキョトンとしてしまう。


「……なぁ狐月」

「はい、何でしょうか?」

「…………」


 言いにくそうな雰囲気に狐月も真剣な目を向ける。どんな言葉でも受け入れる覚悟は出来ている。例えここで奴隷として酷い扱いを受けてしまうとしてもそれはそれで既に諦めてしまっていた。


「奴隷……やめたいよな」

「っ!」


 蓮の言葉は完全に予想外だった。目を大きく見開いた狐月だったが目尻に涙を溜めて不安を露わにする。


「あ、あの……私が不甲斐ないからでしょうか?」

「違う。狐月はよくやってくれてる。本当に良い奴だとも思うし同じ時間過ごしていくだけでもお前がどれだけ優しいかはよく分かってる」

「で、でしたら」

「だからこそ!」


 狐月の言葉に被せるように大声を出した。感情の昂りというのは自分の意思とは関係なく起こってしまうものだ。そして昂った感情は本心を引き出してしまう。


「だからこそ……辛い。お前がもっと悪い奴なら何とも思わなかったかもしれないけどな……」


 奴隷を受け入れて笑ってくれるところも。辛いことがあればすぐに慰めようとしてくれるところも。蓮が今まで出会ってきたどんな人よりも優しかったのだ。それは女神と同じような、そんな雰囲気すら感じさせてしまうくらいに。

 女神は命の恩人だ。だから恩を返そうと思うことはあっても敵対しようとは思いもしない。だが狐月はその女神が用意してくれた被害者でしかない。自由を与えられたわけではない。


(もしかしたら女神もここまで読んでいたのかもしれないな……)


 狐月が恵まれないからこそ蓮という主人を立てたのだ。そして蓮に生きる術を身に付けさせると同時に狐月を解放する。もしここまで読めていたとすれば相当頭の切れるものだろう。


「ご主人様にそう言っていただけて嬉しいです。私は……ご主人様がお優しい方で本当に恵まれています」


 狐月はくすりと微笑むと自分の首輪に触れる。ガチャリと音が鳴って痛々しさすら感じさせる。それでも微笑む狐月。いつの間にか河原に来ており、飛んでいる蛍のような発光体と相まってその表情に吸い込まれて何も反論を言えなくなってしまう。


「私のことなど気になさる必要はありません。ご主人様はご主人様の幸せをお考えください」

「っ!」


 その言葉は蓮が大切にしていたその人と同じ言葉だった。目を大きく見開いた蓮は一筋の涙をこぼす。


「ご、ご主人様!?」

「あ、い、いや……あの……」


 慌てて涙を拭おうとするが溢れてしまって止まらない。狐月は慌てて蓮を抱き締める。


「よしよし……良い子良い子……」

「……子供扱いするな」

「すみません。奴隷として失格ですね……」

「そうだな……。でも……このままで頼む」

「はい……」


 柔らかく返事を変えた狐月。蓮はしばらくの間、狐月に抱き着いたまま離れなかった。

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