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第7話 千木の森のゴブリン

 歩いて本当に10分程で到着した2人。千木の森という名前だけあって幾つもの木々が連なって辺りは暗くなっていた。


「中に入るのかこれ……」

「いえ、ゴブリンの退治ですから森の周囲を徘徊していれば出て来るはずです」

「そうなのか」


 森の中に入るというのは危険だ。新米冒険者にそんなことをさせる程にギルドは非情ではないということだ。


「あ、少々お待ちいただけますか?」

「ん?」


 森に入る必要がないはずだというのに狐月は森の中に入る。そしてすぐ近くの木の枝を2本へし折った。


「何するんだ?」

「こちらを武器に戦うんです」


 蓮はひのきの棒を思い出した。狐月から受け取った棒を軽く振ってみる。


「ゴブリンってこんなので叩いて何とかなるものなのか?」

「ゴブリンは弱い魔物ですから。ですが小さな短剣を持っておりますのでこちらで一方的に叩いてください」

「お、おう……」


 そんなことを言われるとは思わなかった蓮である。一方的に叩けと言われても良心からやりにくい。


「あっ、ゴブリンです!」

「え?」


 狐月がいち早く気が付いた。ゴブリンは森の茂みから飛び出して来る。緑色の子供のような身長の鬼だ。怖い顔付きで蓮達を睨んでいる。


(何で飛び出てきたんだこいつ……? 普通に横から暗殺した方がいいんじゃ……) 


 至極現実的なことを考えてしまう蓮。エンカウントのゲームなどはこういうことで発生しているのではと考えた。しかしこれはゲームでなく現実、ターン制でもなければ痛みも感じる。


「ご主人様、私が行きますので少々お待ちいただけますか?」

「あぁ」


 狐月は倒した経験があるのだろうかと不安になっていたがそれは杞憂に終わった。狐月はすぐに木の棒でゴブリンを叩く。ゴブリンも懸命にナイフを振っているが手が短過ぎて届いていない。


「えいっ!」


 可愛らしい掛け声とともに振られる木の棒。しかし可愛らしいのは掛け声だけでやっているのはただ殴っているようにしか見えない。次第にゴブリンは弱っていき、ついには力尽きて倒れてしまう。


「このようにするとすぐに倒せます」

「お、おう……何か可哀想だったな」

「可哀想ですか?」


 キョトンとした表情を見せる狐月。この世界では魔物を倒すという行動を可哀想とは言わない。魔物とは倒されて当然の生き物でありそれを可哀想という感想を浮かぶのは異世界人である蓮特有の感情だろう。


「そういえば経験値とかってどうなってんだ?」

「経験値ですか? 経験値は魔物との戦闘で手に入ります」

「いや、流石に経験値は分かるんだが。そういうことじゃなくて例えば同じパーティーを組んでいれば俺にも経験値は入るとか」


 そうなれば完全に楽が出来てしまう。しかし現実とはそう甘くはないらしい。もっと言えばパーティーという言葉はステータスには一切反映されていない。


「経験なのですから戦わないと手に入りませんよ?」

「……そりゃそうか」


 倒せば経験値を、ということではなく戦うことで経験値を得ることが出来るということだ。つまりは最悪別に勝たなくても経験値は手に入るということでもある。


(しかし殺さないという選択肢はない。いや、余裕があればそれでもいいんだが……ゴブリンなら余裕か?)


 極力殺す気はない蓮。例え本能だけで動いているとはいえ魔物を痛めつける趣味はない。


「ゴブリンは倒すと牙が手に入ります。砕いて粉状にすると薬になりますのでよく売れるかと思います」

「よし、倒そう」


 金優先である。残念ながら魔物は退治する方向となってしまった。狐月はゴブリンのナイフを使って死体から牙を抜き取った。依頼の報酬金だけでなく素材からも金は稼げるのだ。

 続いて現れたゴブリン。蓮も狐月の見様見真似で木の棒で叩き始める。しかしゴブリンも生死の掛かった戦いだ。ナイフを力強く握って無理やりにでも突っ込んでくる。


「ご主人様!」


 狐月が慌てた様子で助太刀に入ろうとするが蓮は半分自動的に身体が反応した。荒れていた時期、喧嘩に明け暮れていた蓮は喧嘩慣れしていた。そして夜中であればそういうゴロツキも多く、刃物を所持するいわゆる極道に通じる人もいなくはなかった。

 突き出されるナイフ。蓮は紙一重でそれを躱す

 と同時にゴブリンの腕を蹴り上げる。ナイフが宙を舞い、ゴブリンは痛みに仰け反る。

 空中でナイフを掴んだ蓮はそれを瞬時にゴブリンの首元に突き立てた。しかしそれまで、殺傷するには至らなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 殺すという行為に慣れていない蓮はそこで止まってしまった。ゴブリンは命の危機を悟って森へと逃げ出してしまう。


「ご、ご主人様? 大丈夫ですか?」

「あぁ……大丈夫だ」


 喧嘩慣れしていても殺すという行為は日本にはない。もちろん感情的になってつい、というのはあるかもしれないが蓮は理性の強い性格である。


(落ち着け。これは命の取り合いだ、やらなきゃやられる)


 甘い考えは即座に捨てなければならない。その油断にいずれ足元をすくわれる。蓮だけでなく狐月まで危険に晒す可能性があるのだから。


「ナイフって使っていいんだよな?」

「はい。入手してしまえばこちらの物ですから。余ったナイフは売ることも出来ますよ」

「了解。次はきちんと倒し切る」


 次は情けなど掛けない。蓮の瞳に光が消えてしまう。自分の過去を思い出して心を殺す。魔物を倒すことに慣れるまでは自分の気持ちや躊躇いなど邪魔でしかない。


「ひっ……!」


 その瞳に狐月は怯えてしまう。しかし蓮は心を殺すことに必死で全く気付いていない。温もりの感じないその瞳はいつもの蓮とは明らかに違う。


「次のゴブリンはどこだ?」

「わ、分かりません……」


 蓮の瞳に怯えながらもなんとか返事を返す。狐月は奴隷としての任を全うすることだけは譲らなかった。

 少し歩いているとゴブリンが飛び出てくる。蓮は瞬時に距離を詰めると木の棒で叩き始める。


「ご、ご主人様!?」


 躊躇いなく突っ込む蓮に狐月は止める間もなかった。蓮は木の棒でゴブリンのナイフを殴り飛ばすと間髪入れずに突っ込む。

 蓮の持つナイフが躊躇いなくゴブリンの首に突き刺さる。ゴブリンの身体を蹴りながらナイフを引き抜くとゴブリンの身体から大量の血が噴き出した。


「す、凄い……」


 蓮の行動はとてもじゃないが素人には思えない。ゴブリンが人間の姿に近いこともあって蓮にとってはこれは喧嘩と何も変わらない。相手を殺す殺さないの違いはあれどすることは同じなのだ。

 死んでいくゴブリンを無表情で眺める蓮。その様子が酷く寂しげに見えて狐月は唇を噛み締める。

 蓮は先程の狐月同様にナイフを使って牙を抜き取ってみせる。更にはゴブリンが使用していた2本目のナイフもいただいてしまう。


「次のゴブリンを探すぞ? あと3体だ」


 依頼は5体倒せば達成だ。1体逃してしまったもののあとは3体。思いの外早く終わるので次の依頼も受けられるかもしれない。


「あの……ご主人様」

「ん?」

「ご無理は…なさらないでください」


 ゴブリンを叩いて倒す姿を見て可哀想と言ったくらいだ。蓮が無理をしてたった今ゴブリンを殺したのは痛い程に伝わってくる。

 狐月は蓮が優しい人間であることを知っている。いや、そう信じたいのだ。そして寂しげに死にゆくゴブリンを見つめる様にストレスを感じているのではと心配になってしまう。


「倒さなきゃならない敵は倒す。生きる為だ、仕方ないだろ」

「ですが……ご主人様がご無理をなさる必要はございません。私が代わりに致しますのでご主人様は休んでいてください」

「却下」


 この世界で生きていく為には必要なことだ。覚悟を持たなければならないのは必然。魔物すら倒せない人間が冒険者としてやっていけるはずもない。


「簡単な依頼を続けられるのも数ヶ月だ。それまでに生きる術として強さ……レベルアップは必須だろ」

「ですが……」


 現実的な問題と蓮の心の問題はまた別の話だ。蓮は現実の問題を突きつけ、狐月は残り心配をしている。蓮ももちろんそのことは分かっているものの譲れないのだ。

 生活に余裕がない以上はワガママを言ってはいられない。全て受け入れ、その上でどう立ち回るかが問題となってくる。蓮は常に思考し、常に最善を求めようとしている。


「そのうち慣れるから問題ない」

「……で、では代わりにこうさせていただけますか?」


 狐月は蓮の後頭部に手を回すと優しく胸に抱き寄せた。蓮は突然のことに驚き、そして羞恥心に顔を真っ赤にしてしまう。


「お、おい……何だいきなり」

「ご主人様は胸がお好きなのですよね? 少しでも癒されてくださるのでしたら私はずっとこうしていたいです……」


 それは大好きな主人の為に奴隷が出来る唯一のことだ。何も持っていない狐月はその身体を捧げることしか出来ない。自分の身体で少しでも蓮が癒されてくれるのであればそれで本望だった。


「あ、あの……」

「よしよし……いっぱい癒されてください」


 頭まで撫でられてしまい身動き取れなくなってしまう蓮。その間にゴブリンが現れて襲ってくる。


「お、おい狐月!」

「邪魔しないでくださいっ!」


 勢いよく尻尾が振られてゴブリンの頬を殴り飛ばす。かなりの威力の尻尾に蓮は目をパチクリとさせてしまう。


「す、すごいな。とりあえずもう大丈夫だから離してくれ」

「ほ、本当ですか? 嘘ではないですよね?」

「嘘じゃないって。あの……これ以上されると反応しそうだから出来れば本気で離してほしい」


 外で、というのは色々とマズイ。社会的に死んでしまう前に早く離して欲しかった。瞬時に何のことなのか理解した狐月はすぐに離れる。顔が真っ赤である。


「と、とりあえずゴブリンだ」

「は、はい」


 2人は互いに臨戦態勢を取った。木の棒を片手にナイフを構える。蓮はすぐに突っ込むとゴブリンのナイフを躱して木の棒で殴り上げる。


「狐月!」

「はい!」


 丸腰のゴブリンには成す術はない。狐月はナイフでゴブリンの腹部を刺すと引き抜きながらすぐに離れる。更には蓮がナイフでゴブリンの首を切り裂くとゴブリンは力無く倒れた。


「…………」


 死んだゴブリンを悲しげに見つめながらナイフに付いた血を払う。すると狐月にいきなり抱き締められる。


「ちょ!」

「ご主人様大丈夫ですか!?」

「大丈夫だから!」


 こんなことをもう一度続けながら次のゴブリンも退治。これで依頼は完了となった。依頼書がいきなり光り輝いたかと思うと文字が浮かび上がる。達成報告可能という文字だ。


「ふーん……これで達成したかしてないかを判断出来るわけか」


 てっきりゴブリンの牙などの戦利品を見せるものだと思っていた蓮。上手くいけば今日中に倒してしまって牙を貰っておくことで翌日の依頼を達成出来るのではなど考えていたがそういうずる賢いことは出来ないようだ。


「ナイフが6本も手に入りましたね」

「ゴブリンのだから安そうなイメージだ」

「確かにそうですが生活の足しにはなるはずです」

「まぁそうだな」


 ギリギリでやりくりしていかなければならないのだ。例え少なくとも金は金だ、貰っておいて損はない。

 ふと、蓮は自分のステータスを見る。しかしレベルは上がっておらずそのままだ。ゲームなどでは既にレベル1つ分は上がっていてもおかしくはないだろう。


「30分以上やってるのにレベルが上がっていないな」

「普通ではないのですか?」

「そうなのか?」


 この世界のレベルの上がり方が分からない蓮はキョトンとしてしまう。狐月はにっこりと微笑んだ。


「レベルを上げるのは本当に大変です。レベル2に上げるだけでも一週間は掛かるかと」

「マジか」


 それは完全に予想外だった。しかしそれもそのはず、魔物を倒すだけで強くなれるのだ、そのくらいの難易度である方が普通であろう。

 女神にも言っていた通り蓮はコツコツレベル上げをするのが好きなタイプだ。レベルに関しては地道に上げていくしかないが問題はなかった。


「数ヶ月後にはどの程度強くなってないと駄目なんだ? 目標のレベルとか」

「レベルが5あれば充分と聞きます」


 レベルを2に上げるだけでも一週間だ。レベルが上がっていく度に必要な経験値の量も増えていき、数ヶ月で5というのは妥当といえば妥当なところなのである。

 数値としては大したことがないように感じるが例えばレベル2では個人差はあれど上がるステータス数値は大体3前後。レベル1とは倍もの差が出てきてしまうのだ。


「ですがご主人様は凄いです。レベル1であのようにゴブリンのナイフを捌ける方はほとんどいないかと思います」

「喧嘩慣れしてるだけだ」


 一時期グレていた。反抗期というのもあったがこの世界の残酷な現実から目を逸らしたかったというのが本音だ。その際に身に付けた、いや、身に付いてしまった喧嘩の技術はゴブリン相手にも通用したというそれだけの話だ。


「とりあえず早く帰るか。時間的に次の依頼も受けれそうだな」

「そうですね。ご主人様は大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、軽く運動した後くらいだからまだまだ体力は有り余ってるが」


 そういうことではなかった。狐月が言いたいのは身体的なものではなく精神的なものだ。何度も何度もゴブリンを倒すことが慣れていない蓮の負担になるのではと心配しているのだ。


「さて、早く帰るか」

「……はい」


 しかし蓮はやる気満々なせいで何も言えなくなってしまった。2人は報告の為にと街へと向かって歩き出した。

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