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第3話 絶対服従の奴隷

「は、はい……」


 明らかにテンションだだ下がりな様子の狐月。あまり聞きたくはない話題だろうが奴隷を持つ主人である以上は聞いておかなければならないのだ。


「俺の知ってる奴隷は主人に絶対服従のものなんだが……」

「はい、その通りでございます」


 絶対服従というのはやはり変わらない。奴隷に人権などありはしない。人としての価値を認められてはいない。故に何をされようともただただ耐えるしかないのである。


「この首輪にはそういった効力がございます。私はご主人様の命を断ることを許されておりません」

「もし断ったらどうなるんだ?」

「この首輪が強制的に熱を持ちます。死なない程度に全身を蝕み、地獄のような感覚を味合わせて強制的に従うように強制させます」

「怖っ」


 死ねる、とかであればまだ救われる道もあったかもしれない。生かさず、殺さずを繰り返させる代物であることは理解した。生きる意味も死ぬ意味もないそれは大変に主人にとっては便利なものだろう。


「出来ることはなんでも致します! ですからどうか……! どうか無理難題なご命令だけは……!」


 涙目で訴えかける。遊び半分でそういったことも出来るのだ。そしてそれは奴隷にとってはただの地獄でしかない。そんな絶望的な状況下に置かれてしまっているのだ。


「流石にそんなことはしないけど……。けどなんか引っ掛かるんだよな……」


 女神は奴隷を好ましくは思っていないはずだ。しかしそれでも狐月を進め、わざわざ手を貸してまで奴隷を与えたのには理由があるはずだった。

 知りたいことを教えてくれる人が必要だったのは確かだ。だがそれでわざわざ奴隷を選択する必要性はない。女神の言っていた縁と金の恩恵。その縁の力を使えば丁寧に教えてくれる人と確実に巡り会えるはずなのである。


「ど、どの辺りがでしょうか……?」


 不安げな様子の狐月。引っ掛かるという言葉に恐怖しているのが分かってしまう。


「いや、狐月に対してじゃなくて女神に対してだ。うーん……」


 しかし蓮の常識はこの世界では全く当てはまりはしない。そしてこの世界の常識は女神の世界では常識ではない可能性がある。ならば今ここで何かを考えたところで明確に解が出てくれるとは思えない。


「まぁその辺はいいか……。ところで奴隷って相場は幾らくらいなんだ?」

「は、はい。通常であれば金貨200枚が妥当かと」

「あー……そういや、相場ってか金について聞き忘れてたな。金貨200枚って相当?」

「はい。銅貨100枚で銀貨1枚分。銀貨100枚で金貨1枚分です。通常は銀貨でやり取りされます」


 つまりはそういうことである。蓮の手持ちは今は銅貨5枚と銀貨18枚。宿が銀貨2枚であることから食事代などを含めれば狐月の言う通り数日生活出来る程度である。しかしそれは大きな問題がある。


「お前数日は過ごせるって言ってたよな……?」

「は、はい」

「…………手持ちじゃ数日は無理だろ。2人分は流石に」


 そう、それはあくまでも1人分で換算すればの話である。これが狐月の分も含めて2人分となれば数日すら持たない可能性がある。


「ど、奴隷は持ち物です。人ではありませんのでご主人様が気を遣っていただくわけには……」

「それは俺が許さない。せっかく俺の奴隷になってくれたんだ、ちゃんと楽しく過ごしていこう」

「ご主人様……」


 蓮の目的はこの世界を生き抜くこと。それもただ生き抜くのではなく楽しく生き抜くことだ。そしてそれは余計な気遣いなど不要な世界でなければならない。つまりは狐月の不安や不満は解消しておかなければならない。


(しかし安易なことは出来ないな……。今狐月に抜けられては困る)


 命令に絶対服従というそれを解除する方法がある。それは服従させないという選択肢だ。つまりは絶対服従の命令を使用して服従ではなくしてしまえばいい。矛盾しているようでそれは矛盾しておらず、奴隷が主人の手から抜け出せる唯一の手段である。しかし今は狐月の助けがなければ何も出来なくなってしまう。それだけは避けたかった。


「とりあえず現状だと数日と持たない可能性がある。何か意見をく……意見はあるか?」


 意見をくれ、と言えば命令になってしまう。それでは強制している為に狐月は絶対に答えなければならなくなってしまう。もし何も思い浮かばなかった場合は壮絶な地獄が待っているのだ。ここで狐月の信頼を得て置かなければならなかった。


「冒険者になるのであれば依頼を受けることで解消されます。必要経費もございますが上手くいけば安定するかと」

「冒険者なのに安定するのか?」

「はい。まず必要なのは素材を収納するアイテムボックスと呼ばれるものです。魔物の素材を剥いで中に入れておけばいつでも取り出せます。そちらを使用してギルドからの依頼品を納品すれば良いのです」

「それって本当に安定するのか……?」


 聞いている限りではその素材がなくなってしまっては終わりだ。例えば周辺地域にその魔物がいなくなってしまっては当然その素材を得る機会もなくなってしまう。


「初心者の冒険者……冒険者となってから数ヶ月の間はギルド側の特殊な依頼をお受けすることが可能です。もし仮に何もない場合はその報告をするだけで報酬が出ますので確実にお金を稼ぐことが出来ます。もちろん金額は少ないですが生活する分には問題のない額になるかと」

「なるほど……救命措置があるわけか」


 ギルド側の措置がある以上はしばらくの間は生活には困らない。冒険者とはそういうものであるのだ。


「当面はそういう方向で進めよう。今日はもう遅いから明日からだな」

「はい、もう良い時間です」


 時刻は午後18時。時間の進みはこの世界は地球と変わらないので安心だ。もちろん四季もあって1ヶ月や2ヶ月などの月の単位も存在していた。


「さて、流石に信用しないわけじゃないんだが一応確かめさせてもらってもいいか?」

「は、はい。なんでしょうか?」

「今俺が聞いた中で嘘を吐いているなら正直に言って欲しい」


 もし仮に嘘を吐いていれば例の地獄が待っているだろう。もちろんここで正直に嘘を吐いていますと言えばそれも発生しないわけだが。更にはその地獄の苦しみが嘘である場合は元も子もないが蓮はどうにもあの涙目な様子が嘘には思えずその点は信用したのだ。


「ございません」

「…………そうか」


 本当に嘘を言っていないようで何もなかった。事実狐月は嘘など一言も言っていない。それ以上に地獄の苦しみが怖いからだ。


「悪いな、流石に確認していないと不安では」

「いえ……問題ありません」


 少し悲しそうな様子の狐月。蓮は少し気まずそうに頭をかくと立ち上がる。


「その……今から言うのは命令じゃなくてお願いだ。だから本気で嫌なら断ってくれ」

「は、はい。なんでしょうか?」

「その……耳を触らせてくれないか?」


 どうにも我慢出来なかった。ピクピクと動いたりする狐耳がどうにも気になってしまう。触りたいという衝動、好奇心が優ってしまって仕方がないのだ。


「み、耳ですか?」

「あぁ。耳。出来れば尻尾も」


 モフモフしたい気持ちが抑えられなかった。蓮は動物が好きだ。それはもう飼いたいと思う程に。しかし蓮の自宅はマンションだったので飼うことは出来ず、異世界で獣人族がいるのなら是非モフモフしたかったのだ。


「は、はい。問題ございません」


 強張った表情だったか受け入れてくれた狐月。蓮は手を伸ばすとゆっくりと狐月の耳に触れる。


「んっ……」

「お、おぉ……おぉ……!」


 サラサラとした感触の耳。しかし毛が生えている部分はふんわりと柔らかい羽毛のようだ。蓮は傷付けないように優しく優しく耳を撫でる。


「んぅ……」


 狐月の口から色っぽい息が漏れた。しかし目の前の耳に夢中で蓮は特に聞いていない。


(ご主人様の手……優しいです……)


 もっと酷い扱いをされると思い込んでいた狐月。しかし蓮は事前に嫌なら断ってくれてもいいと言ってくれ、また触る時も優しくさするようで気持ちが良かった。


「尻尾も触るぞ?」

「は、はい……」


 蓮は耳から手を離して尻尾に触れる。こちらは完全にフワフワで今まで触ったことのないような高級そうな柔らかな毛並みを感じた。


「んぁ!」

「ど、どうした!?」

「い、いえ……尻尾の根本は敏感でして……」


 喘ぐ狐月に流石に蓮も我に返った。尻尾全体を撫でるようにさすっていたせいでお尻に近い根本の部分まで触ってしまっていたのだ。


「わ、悪い。じゃあ先端の方だけ……」


 蓮は先端の方を撫でるように触れる。その感触だけでもやはり気持ちが良く蓮は幸せそうに頬を緩ませる。


「この世界に来て初めて良いことがあった気がする。幸せだ……」

「そ、そうなのですか?」


 小さな幸せだというのに蓮は満足そうだった。ひとしきり撫で終えた蓮は狐月と一緒に宿の外へ。部屋を予約しているので今日1日は問題なく使える。


「そういえば宿の予約を1部屋にしたのって俺の部屋だけって意味だよな?」

「はい、その通りです」

「んー……男女で一緒に寝るのはな……。でも2部屋取る余裕もないか……」


 蓮がブツブツと呟く声は狐月を明らかに奴隷としてではなく1人の女性として扱っている様子だった。

 街中を歩く2人。蓮は先程のモフモフの感触に満足そうで上機嫌。狐月も蓮の台詞に少し胸の内がポカポカとしていて上機嫌な様子だった。


「何か食べたいものあるか?」

「いえ。ご主人様は何かお好きなものはございますか?」

「やっぱり肉だな。でも流石に金銭的に肉は無理だろうし……。仕方ない、どこか安い店とか知ってるか?」


 値段で判断した蓮。贅沢を言っていられないのなら贅沢は言えない。今はまだまだ基盤を整えるところから始めなければならない。


「申し訳ございません……」

「そうか……。何か適当に探してみるか」


 街の散策も兼ねて色々と店を見て回る。道中、回復薬のポーションを売っていたり力が上がる木ノ実など様々な道具が売られていた。当然蓮はそういう役に立つ道具が売られた雑貨屋は頭の中に残しておいている。


「……ご主人様」

「ん?」


 珍しく狐月の方から呼ばれる。蓮は歩みを止めてキョトンとした表情を浮かべた。


「あちらにアイテムボックスが売ってます」

「ん? アイテムボックスって……あの袋のことなのか?」


 まさしく巾着袋である。そういえばと思い出す。蓮が奴隷商人から受け取った巾着袋も明らかに質量以上の物が入っているというのにきちんと収納されていた。つまりはアイテムボックスとは四次元空間に繋がったボックスであると言えるのだ。


「はい」

「あれってこの袋と何か違うのか?」


 全財産が入った巾着袋に軽く触れる。狐月はしっかりと頷いた。


「そちらはお金を入れる為のアイテムボックスです。あちらが物を収納出来るタイプです」

「種類があったのか。なら2つ分買っておくか」

「2つも必要なのですか?」

「俺と狐月の分な」


 また自分の分を度外視していたのが分かったので当たり前のように答える。狐月も持っておけば例えば非常食や水など、遭難した際でも1人で過ごすことが出来るだろう。魔物との戦闘がどういう危険があるのか分からない以上はそうしておくべきである。命の危険性に対しては金は惜しみなく使うつもりだった。


「銀貨3枚。こりゃ結構高価だな」

「まだ全然お安い方です。場所によっては5枚程の場合もありますから」

「マジか」


 露店でアイテムボックスを購入してそれぞれ服の腰に紐を通す。すると結んでいないというのに自動的に縛られて取れなくなってしまう。


「便利だな」

「2度紐を叩くと外すことが出来ます」


 言われた通り2回トントンと紐を指で叩くとシュルシュルと解けていく。本当に便利なものである。

 今度は制服のベルトにアイテムボックスの紐を通して店を探す。ようやく見つけた喫茶店に決めて中へと入る。中は真っ白な内装でとても清潔感に溢れていた。


「いらっしゃいませ。にめ……1名様でよろしいでしょうか?」


 2名と言い掛けた店員。しかし狐月の首輪を見てすぐに奴隷と悟ったのだろう、1名へと言い直した。蓮はコホンと咳払いして誤魔化すと指を2本立てる。


「2名だ」

「え、ですが……」

「2名」


 戸惑う店員に蓮は無理やり2人であることを繰り返した。店員は慌てた様子で頭を下げると席へと案内してくれる。


「あ、あの……」

「気にしない気にしない。対面に座るんだぞ? 別に横でもいいけど」

「で、では対面に。失礼致します」


 普通に席に座った蓮と戸惑いながらも蓮の対面に座った狐月。明らかに奴隷として扱われていない。狐月はモジモジとしてしまう。


「……良いのでしょうか」


 ボソッと呟いてしまう。奴隷としての常識が一切通用せず、狐月もその距離感を測り損ねていた。もちろんそれは蓮も同様で、初めての奴隷という存在にどうすればいいのか分からず、普通に接してしまっていた。


(奴隷、か……。俺としては奴隷としての立場を忘れては欲しくないんだけどな……利用してるようで申し訳ないが)


 奴隷としての立場をわきまえていれば下手なことはしないだろう。しかしだからそれで感情を押し殺して欲しくはないという矛盾。どうするべきなのか、どうすればいいのかが分からない為にとりあえず優しく接してしまう。

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