第22話 魔人族の協力
魔人族の女性は鋭い目で蓮を睨む。しかしそれは敵対行動ではなくただの観察だ。
(普通の男の子よね……。けれどどうしていきなり前に出てくるのかしら……?)
先程の命大事に宣言からのこの行動は異常に見えてくる。しかし蓮の瞳が死んでいないのが気になってしまう。
「はぁ……殺すなんて冗談よ。こう言えば大抵の男は奴隷を手放して逃げるのよ」
「……そういうものなのか?」
蓮にはその辺の感覚は分からなかった。奴隷を奴隷と思っていない故に残念ながら道具としての扱いというのが出来ていないのだ。
(奴隷2人のこの慕いようと言い妙な子ね……。それにどうしてこんな所にいるのかしら)
ここは長年住んでおり、今まで冒険者が訪れたことなどほとんどなかった。あったとしてもその人物は知り合いしかいない。
「まぁいいわ。この洞窟に入るのはやめなさい」
「悪いがそれは出来ないな。こっちも仕事なんだ」
「仕事……? 何を言っているのかしら? ここはある人の私有地よ?」
「クロウを知ってるのか?」
2人の時間が止まる。クロウ、というお互いに知る登場人物が出てしまっては色々と話がややこしくなってしまう。
「どうしてクロウさんのことを知っているのかしら?」
「ほら、これ」
蓮は依頼書を渡す。魔人族は依頼書を確認するなり目を大きく見開いた。それは最後の一文が明らかに筆跡がクロウ本人であり、内容は『ハルバードによろしく』という見慣れた名前の光景だ。
「もしかしてその2人、ハルバードさんから買った奴隷なのかしら?」
「ハルバードさんまで知ってるのか」
共通する2人の人物が出てきたことでこの出会いが偶然ではないことに気付いた。これはクロウの意図で出会ったと言えるだろう。
「あなた達は新人冒険者、それもクロウさんが目を付けた期待の新人よね? ということは洞窟はここじゃなくて別荘の近くの方が通例よ? けれどこの依頼書はこの洞窟になってるわね……」
何度かクロウに期待された新人冒険者が来ることはあったもののそれはこの洞窟に来るような指示は出されていない。それどころかここは立ち入り禁止区画として入ることを禁じられていた為に魔人族に出会うなどということはなかったのだ。
「クロウ様が意図的に会わせた、ということですよね?」
「何か目的があるのかな? でも私達の強さじゃこの人には遠く及ばないよ?」
「冒険者として期待はまだされてないと思うが……。何か別の目的があるんじゃないか?」
3人はうーんっと頭を悩ませる。魔人族は呑気な子達だなと苦笑いだ。
「私は魔人族よ? 怖くないの?」
「ん? いや、クロウの知り合いなんだろうし別になんとも思わないが」
「もし殺す気ならもう私達死んでるもんね」
狐月だけでなく蓮や鈴葉もその姿を目視した時からその強さを本能的に悟っているのだ。どうしようもないからこそ囮を作って蓮だけでも逃がそうとしたのだ。
「ご主人様だけは守れる力が欲しいです……」
「はい、それ禁止」
「ぎゃふっ!? おでこが痛いです……」
ボソリと蓮にとっては禁句の、狐月にとっては大切な一言を呟くと蓮に額をデコピンされてしまう。狐月の額が少し赤くなっていた。
「蓮くん暴力は良くないんだよ?」
「お前ら相手に今更遠慮するかよ」
「…………そうだね」
それは蓮が心を開いたと言っても過言ではない。そもそも蓮はよく鈴葉の頬を引っ張ったりもしていたのだ。鈴葉は蓮が遠慮なく色々言ってくれるようになって嬉しそうだ。
(遠慮したり怒ったり、本当に奴隷として扱ってはいないのね。ハルバードさんのお客ならそうだろうけれど)
ハルバードの商売理念を知っている魔人族は蓮達の関係性にも少し納得が出来た。ハルバードは奴隷を物としてしか扱わない人に売ろうとはしない。
「赤城 蓮、と言ったわね。残念だけれどここには調査する物も何もないわよ?」
「それは知ってる。ただ俺達は色々あって金がなくてな。良ければ色々と稼がせて欲しい」
「そうなの?」
クロウやハルバードが一目置くくらいだ、何かあるのではと思っていたが残念ながら金欠だった。
別段隠しているわけでもなかったので蓮は色々と話す。もちろん完璧に魔人族を信用したわけではなかったので自分の能力や神の力のことに関しては伏せた。
「そう、異世界転生者。それに2人も奴隷を買わないといけないなんて辛い人生してるわね……」
「そうでもないさ。ハルバードさんは返済期限に関しては目を瞑ってくれたしな。一刻も早く返したい」
「それにコルン様も見つけ出さないといけませんね」
コルンという名前が出て魔人族は目を大きく見開いた。少しでも可能性があるのであればそれに賭けたいと思ってしまう。
「当てはあるの?」
「いや、ないけど。でも一応俺には能力で幸運の縁っていうのがあってな。何か手掛かりを掴める可能性はなくはないはず」
鈴葉に貰った能力頼りではあるが可能性としてはそれくらいしかないのだ。普通のやり方は既にクロウ達全員が試しているのだから残るはその運に頼るくらいである。
「そう……」
魔人族としてもコルンを見つけ出して欲しい。何よりも一番の恩人たるコルンを探し出せるのであれば魔人族としては何をしても良いと考えていた。
「1つ、提案してもいいかしら?」
「ん?」
「私があなた達のことを強くしてあげるわ。代わりにコルンさんを見つけ出す手伝いをして欲しい。どう?」
まさかそんな提案をしてくるとは思わなかった。蓮は顎に手を当てて考える。
(こいつ、信用は出来そうだが……。確かにどんなものにも誰かに教えてもらう方が強くなれたり上手くなれたりするものだ。こっちのメリットは十分過ぎるくらいだが……)
蓮はちらりと視線を鈴葉へ。鈴葉も少し険しい表情をしていたが蓮と目が合うなり頷いた。狐月はにっこりしていて既に警戒心が皆無である。
(まぁ狐月も受け入れてるってことは悪い奴じゃないってことだ。乗っておくか)
警戒心の強い狐月が受け入れているということは問題はない要素の1つと言える。それが2人を後押しした。
「是非頼む」
「交渉成立ね。それなら私にも名前があった方が良いかしら?」
呼ぶ時に困ってしまう。すると何故か全員の視線は蓮に集まった。
「え、何」
「お名前を付けるのはご主人様が得意かと思いまして」
「蓮くんのセンスは良いからね」
「そうなの? それじゃあお願いしようかしら?」
そう言われてしまっては付けるしかない。蓮は頭を悩ませ、じーっと魔人族を見つめる。
「紫莉ってのはどうだ?」
「紫莉? どういう意味?」
「いや、紫っぽいから」
名前のセンスは良いのに理由のセンスは何もなかった。魔人族は真剣な様子と今の適当な様子を見てクスッと吹き出した。
「ふふ……面白い子ね。いいわよ、紫莉で。よろしく、赤城 蓮」
「あ、俺は蓮でいいぞ」
「私は狐月と申します。よろしくお願い致します」
「私は鈴葉だよ。よろしくね」
それぞれ名乗ると魔人族、紫莉を迎え入れる。紫莉はこの時、一番の大恩人が言ってくれた言葉を思い出していた。
(私を受け入れてくれる優しい人達、もしかしたらこの子達のことだったのかもしれないわね)
体裁や損得を顧みない。クロウやハルバードも紫莉のことを受け入れてくれているが残念ながら人間の世界に馴染ませると言うことは出来そうになかったのだ。そういったものを一切感じない蓮達の態度に紫莉も少し心を開いた。
「さて、それじゃあ鍛えるわけだけれどはっきり言うとここにいる魔物は全く相手にならないわ。弱過ぎて」
「さっきロックンと戦ったけど確かに相手にならなかったな」
「えぇ。ということで別荘に行きましょう? あそこの砂浜で説明するわ」
ということで4人は洞窟を出て別荘近くの砂浜へ。ここで何をするのかというともちろん地獄のしごきである。
「一番強くなるのに手っ取り早い方法って何か分かるかしら?」
「え、実戦あるのみとか?」
「色々と考えれる事とかかな?」
「気持ちも大切ではないでしょうか?」
それぞれ各々が大切に思うことを口に出すと紫莉は満面の笑みを浮かべる。
「全て正解よ。というわけで私を相手に掛かってきなさい」
「えー……」
物凄く脳筋的な考え方をしていた。結局蓮が言っていた実戦あるのみなんじゃと疑ってしまう。
「大丈夫よ。私の強さもレベル2くらいにまで抑えるから」
「それじゃあまぁ……」
とりあえずで距離を取って構える蓮達。紫莉も鎌を構えながら距離を取った。
(相手は長物、距離を詰めればナイフの方が有利!)
蓮はすぐに距離を詰めようと動いた。同時に狐月も動いて蓮とは反対方向から攻める。
(狙いは悪くないけれど……)
紫莉は牽制にと鎌を一振りすると2人は立ち止まらざるを得なくなる。更にその一瞬の硬直に蓮との距離を一気に詰める。
「光槍!」
鈴葉が魔法ですぐ様援護を。しかしその魔法は紙一重であっさりと躱され、更には直線上に蓮を巻き込んで盾にして追撃を防いだ。
「くっ……!」
次の魔法を準備していたが残念ながらお披露目にはならなかった。しかし余分に紫莉を移動させられたことで再び蓮と狐月で挟み撃ちの構図を作る事が出来た。
「数の利を生かすのは満点だけれど、やり方が駄目ね」
「はっ?」
鎌を離した紫莉は蓮の腕を引っ張ると同時に足を引っ掛ける。蓮の身体が空中でくるりと反転してしまう。
「うげっ!?」
頭から転んでしまう。砂浜なこともあって痛みはあるものの強くは打ち付けてはいない。故に紫莉はこの場所を指定したのだ。
「やぁ!」
狐月がナイフを片手に勢い良く突っ込む。更には後ろから鈴葉の魔法が飛んでいく。
「安直過ぎね」
紫莉はあっさりと狐月のナイフを躱すと同時に腕を引っ張って強制的に真ん中へと入れる。
「え?」
鈴葉の光槍が狐月の眼前に迫ったその瞬間、紫莉は腕を思い切り振り上げてその魔法を弾き飛ばした。
「今ので狐月は死んでいたわね。それに蓮も頭を打っていたからしばらく動けないはずだからトドメを刺せるわよ?」
「そうだな……」
ここまで圧倒的な力を見せられると素直に認めざるを得ない。残りは鈴葉のみだったが鈴葉は両腕を上げる。
「降参だよ……」
「そうね。もう詰んでいるものね」
戦闘において鈴葉はサポートは出来ても直接戦闘は出来ない。この状況であの近接戦闘の強さを見せつけられた後では戦意喪失してもおかしくないだろう。
「悪くはないけれどまだまだね」
「何が駄目だったんだろ。そもそも力を抑えてくれてるってのに紫莉に全く勝てる要素が見当たらなかったんだけど?」
速度から何まで全て加減してもらっていたのは流石に3人も分かっている。鈴葉の魔法を片手であっさりと弾く程の強さなのだから蓮達が追い付ける速度ではないのは明らかだ。
「俺を盾にして鈴葉の攻撃を防いでいた……くらいしか分からない」
「私もほとんど分からなかったです……」
「そうだね、私達ってまだまだだったね……」
色々な面で負けているということだけ分かってしまった。そこまで落ち込むということは負けた原因が大量に分かっているということに他ならない。
「まずは蓮と狐月、2人とも私の武器が鎌だから近付いたんでしょう?」
「あぁ、長物に対しては間合いを詰める方が有利だと思ってな」
「確かにその通りよ? だけれどまずは近付き方が駄目ね」
紫莉は地面に丸を4つ書いた。先程の初期位置、3人が固まっており対するは紫莉という構図だ。
「まず大切なのは相手がどんな攻撃をしてくるか。仮に遠距離が得意なんだと判断した場合はさっきの近付き方の方が良いでしょうけれど武器を持っている場合は別よ」
紫莉は3人組の一番後ろから敵対する1人に対して矢印を差した。
「まず一番確実なのは鈴葉が私に対して攻撃をするの。私はそれを防ぐ、もしくは躱すように仕向けるの」
「なるほど……先に行動を制限しておくんだね」
「そうよ。蓮達が近づいた時に私は鎌を一振りして動きを止めたでしょう? 同じようにされてしまっては2人の突進も無意味になってしまうのよ」
援護には鈴葉がしたような危機的な状況に対するものともう1つ、相手の出方を伺ったり牽制したりする目的にも使える。
「鈴葉の援護で動きを制限、その隙に一気に攻めるってことか……」
「それともう1つ、鈴葉は別に動いてもいいのよ?」
「あっ……」
後ろから援護すると言っても動きを止めなければいけないというわけではない。もちろん洞窟などの狭い場所では不可能ではあるが動くことで視野を広げることは重要である。
「ふふ、大体分かって来たみたいね。それじゃあもう一度やりましょうか」
「はい!」
3人はキツいながらも紫莉流の訓練を繰り返した。




