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第17話 ギルド長は男前

 朝、ゆっくりと目を覚ました蓮は既に見慣れた天井が視界に入る。宿屋での生活もかなり慣れてしまって、それどころか日本にいた頃よりも割と楽しく過ごせている。借金という問題さえ抱えていなければもっと盛大に喜べたことだろう。


「んぅ……蓮くん好きぃ……」

「…………」


 蓮の腕に抱き付いて眠る鈴葉は寝言でまさかの告白をしてしまっていた。しかし頭が働いていない蓮はその言葉に反応するでもなくゆっくりと目が閉じられていく。


「ご主人様、鈴葉様、朝ですよ? 起きましょう?」


 優しく背中を揺すられる。いつもの朝の時間帯はこうして狐月が優しく起こしてくれるのだ。


「うーん……狐月ちゃん?」

「鈴葉様、おはようございます」

「うん……もう朝なんだぁ……」

「はい、朝ですよ?」


 蓮の寝顔に緊張していた鈴葉だが上手く眠れたようだ。しかしやはり寝たのが遅かったこともあって上体を起こした後もまだ眠そうだ。


「蓮くん、朝みたいだよ?」

「んぅ……?」

「起きましょう? 今日からまたお仕事です」

「あぁ……」


 蓮も上体を起こすと眠そうにしている。身体を大きく伸ばして目を覚まさせると2人の美女の顔を見つめる。


「おはよう……」

「うん、おはよう……」

「おはようございます」


 日常となりつつある平和な朝の光景だった。

 朝食を済ませてギルドに向かって歩く。蓮はちらりと露店に並ぶ食材を見た後に大きく溜息を吐いた。


「確かに飯代かなり取られてたんだな」

「うん、今の5割以下に抑えられると思うよ」


 1食を銀貨でやりとりしているくらいだが下手をすれば材料費だけの銅貨で済ませることが出来るかもしれない程だ。食費というのは大きく差が出る部分なので改善することでかなり節約出来る可能性が高い。


「格安の物件か……。何があるだろ」


 昨日の話を思い出して色々と考えてしまう。狐月に趣味をさせてあげたいというのもあるがやはり現実的に考えても良い案だと言えるだろう。


「もしかすれば幸運の縁で簡単に一軒家がゲット出来るかもしれないね」

「そんな上手いこといかないと思うが……。まぁそうだったらいいな」


 現実は甘くない。例え蓮に幸運の縁があるとはいえそんなに上手く話が転がってくるとは思えなかった。

 ギルドに着くなりまずは鈴葉に冒険者になってもらわなければならない。鈴葉は少し自信ありげだった。


「これでも元々特殊な力は持ってるよ。能力も幾つかあるはずだし魔法も使えるはずだよ」

「即戦力だな。まぁ早くステータス獲得してみろって」

「うん」


 元々女神である鈴葉だ。普通の人間以上の力が残っているはずである。ということで早速ギルド員に話し掛けた。


「はい、冒険者登録ですね。ではこちらにどうぞ」


 鈴葉は例の機材に手を入れる。痛みが走って顔を歪めるものの声はあげなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【名前】鈴葉

【年齢】20歳

【性別】女

【種族】人間族


【Lv.1】

【体力】12

【魔力】5

【攻撃力】2

【防御力】6

【魔法攻撃力】2

【魔法防御力】6

【敏捷性】3


【特技】

 なし


【魔法】

 治癒魔法ヒールLv.1

 攻撃力強化魔法アタックフォルテLv.1

 防御力強化魔法ディフェンスフォルテLv.1

 魔法攻撃力強化魔法マジックアタックフォルテLv.1

 魔法防御力強化魔法マジックキャンセルフォルテLv.1

 敏捷性強化魔法クイックフォルテLv.1

 光槍ライトスピア

 光壁ライトウォール


【能力】

 治癒魔法強化ヒーリング

 付与魔法強化バフフォルテ

 消費魔力低下エコノミカル

 光魔法強化ライトニング

 強化時間延長イクステンション

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 とてつもないステータスになってしまっていた。女神としての能力はかなり失ってしまっているもののやはりステータスは異常である。こんなものを公開しても良いものかと悩む程に。


「どんなステータスなんだ?」

「見せていただけませんか?」

「あ、うん。…………引かない?」


 流石に見せるのを躊躇ってしまう。とてつもないものが書かれているので流石に仲間内で事情を知っているとはいえ引かれてしまいそうである。


「引く程やばいステータスなのか? 恐ろしく低かったとか?」

「そんなことはありません。鈴葉様のことですから凄いステータスのはずです」

「でも高いなら自慢げに見せられるんじゃないか?」

「た、確かにそうですね……」


 見せにくい理由が低いからという結論になってしまい余計に見せにくくなってしまった。本当は真逆で異常に高過ぎて引かれるのではと心配しているくらいなのに。


「あ、あの、ちょっと周りに隠しながら見てもらってもいい?」

「……? あぁ」

「こうですか?」


 3人で輪になるようにして周囲に見られないようにして腕を覗き込む。そこにはあの恐ろしいステータスが書かれているわけで蓮と狐月はそのステータスを見て固まってしまう。


「ちょ、おま……これ」

「す、すす、凄いです!?」

「こ、これ見せたら引かれないかな……?」


 3人はあわあわと慌て始める。蓮の時ですら能力3つ持ちで騒がれたのだ。5つともなればそれはもう異常でしかない。

 となれば騒ぎになるという事態だけは避けたい3人。ここでふと蓮はとある人のことを思い出す。


「ちょっと待っててくれ」


 蓮は2人に断りを入れてギルド員へ。


「なぁ、ギルド長のクロウ・センギに会わせて欲しいんだけど。赤城 蓮が能力について相談したいって伝えて欲しい」

「ギルド長ですか? えっと……少々お待ちください」


 ギルド員が中へと走っていく。クロウであれば能力についての相談に乗ってくれる。以前そう言ってくれたのでそれを利用したのだ。

 新規の冒険者登録だ。ギルド員に見せなければならないが流石に騒がれると面倒だ。奥へ通してもらうなりギルド長に確認してもらうなりして何とかしなければならない。


「鈴葉、このリストバンドでそれ隠しておけ」

「あ、うん」


 ステータスとは基本的にリストバンドで隠すものである。当然それは身分証にも使える程で自分の情報が載ってしまっているのだから隠すのは当然だ。蓮や狐月ももちろん装着しているがステータスの書いていない片腕はただのお洒落でしかない。不要な分は鈴葉に回してしまえるのでそれを渡したまでだ。

 少しすると息を切らした様子のギルド員が戻ってくる。相当急いでくれたようだ。


「お待たせしました。中へどうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 ギルドの中へ入ると綺麗な白い部屋へと連れられる。まだまだ真新しい様子でとても昔から存在する冒険者ギルドとは思えないくらいだ。


「そこに腰掛けください。すぐにクロウ様がいらっしゃいますので」

「あぁ」


 3人でソファへと腰掛ける。ふわふわとした程良い弾力のソファだった。


「良いソファだな」

「はい。とても座り心地が良いです」

「いつか買えたら良いね」


 こういうソファには憧れてしまう。3人で未来の家を夢見ているとクロウがやってくる。相変わらずタバコを口に加えており、ビシッとしたスーツ姿だ。何故か手には小さな封筒が3つと大きな封筒を1つ持っていた。


「いや、待たせてしまってすまないね」

「いえ、こちらこそ急にすいません」

「蓮くんどうして敬語?」

「何となくこの人とハルバードさんには頭が上がらない」


 特にハルバードは蓮にとっては恩人のようなものだ。狐月と鈴葉の2人を買い取らせてもらい、その料金もかなり良心的だ。良い人過ぎて心配してしまうくらいに。


「はは、気にしなくていいさ。それで今日は能力についての相談だったね」

「えっと……それじゃあ遠慮なくタメ口で。鈴葉、事情説明しても問題ないんだよな?」


 ハルバードにも話したのだ、この人にも知ってもらっていた方が都合が良い。


「うん、大丈夫だよ」

「ということでちょっと俺達は訳ありでな。その辺の事情を知った上で見て欲しいものがある」

「うん、話してみて」


 クロウとしても興味津々だ。あの能力3つ持ちの事情であれば聞いておいて損はない。

 蓮はひとまずは自分の家族については除いて異世界転生者であることや女神のことなどの事情を説明する。クロウはにわかには信じられない様子だった。


「随分と突拍子もない話だね」

「まぁそうなんだけどな。その上でこのステータスを確認して欲しい」

「女神様のステータスを?」


 鈴葉はリストバンドをまくってクロウにステータスを見せる。クロウは驚いたように目を大きく見開いた後に頬を引きつらせながら笑う。


「なるほど……確かに証拠になり得るくらいに凄まじいステータスだ」

「流石鈴葉様です」

「証拠らしい証拠とも言えないが突拍子のない話なんでな。らしい証拠が作れないのがもどかしいが」


 蓮が異世界転生したという事実も鈴葉が元女神だという事実も残念ながら証明は出来ないのだ。しかしふと、鈴葉はもう1人証拠になりそうな人材を思い出した。


「私達のこと……あ、私は女神としてだから蓮くんのことであれば羽川 正義くんに聞いてみるのもいいかもしれないね」


 羽川 正義という名前に少し聞き覚えがあった蓮。しかしどこで聞いたのかが思い出せない。


「羽川 正義……あぁ、確かにこの前にそんな子が冒険者になったね」

「能力持ちで能力は勇者だよ。私が異世界転生させたから間違いないかな」


 プライベートなことだ。簡単に明かすことが出来ないクロウだがそこまで知られているのであれば隠すこともなかった。


「なるほど。確かにその通りだね。ひとまずキミの話は信じてみてもいいみたいだ」

「…………なぁ鈴葉」

「何かな?」

「勇者って羽山じゃなかったか?」

「羽川だよ……」


 目立たない風貌のせいだろうか、蓮は勇者の名前を見事に覚え違えていた。ちなみにこの間違いは2回目である。


「事情は分かった上でキミ達に悲報だ。いや、キミ達だけでなく新米冒険者全員に言えることだけどね」

「何かあったんですか?」

「うん。今日は……いや、しばらくかな。ゴブリンとコボルトの依頼が出せなくなってしまっている」

「え」


 3人は固まってしまう。鈴葉が言っていた通り稼ぐのであればゴブリン退治が一番効率が良いのだ。素材採取なども依頼には存在するが命を賭ける仕事というわけでもないので銅貨50枚程だ。


「赤城くん、狐月さんは傷だらけのコボルトを発見したことがあるだろう?」

「あぁ」

「はい」


 あの絡みであれば納得である。千木の森の頂点たるコボルトがボロボロなのだ、何か潜んでいると思った方が確実だろう。


「コボルトの数の減少、加えてボロボロのコボルト。そして最近ではゴブリンの数すら減少している事態だよ」


 前代未聞の事態にギルドも対策が少し遅れてしまっている。故に新米冒険者の依頼は現状全て受注出来ず、救済処置として少しの補助金が出されているようだ。


「ということでキミ達にも渡しておこう。3人分だ」


 封筒を渡されてしまう。しかし蓮はそれを受け取ろうとはしなかった。


「融通を利かせてもらっている以上は貰えないな」

「借金で苦しんでいるんだろう?」

「うっ……それを言われると弱いが……。だからと言ってやっぱり受け取れない」


 正当な金と呼べるかどうかも怪しい。確かにこういう処置がなければ新米冒険者が餓死してしまう。依頼が出せないのはギルド側のせいではないとしても人命には変えられない。


「強情だね」

「返済期間まで融通してもらってるんだ。これ以上色々な人に甘えるわけにはいかない」

「キミは本当に子どもかい……?」


 しっかりし過ぎていて分からなくなってしまう。ステータスは知っているので蓮がまだ16歳の子供であることは分かっているが話しているととてもそうには見えない。

 蓮の家庭環境は少し複雑だ。家族がいない為に祖父との2人暮らし。自分がしっかりしなくてはならないというのは無理やりにでも人を成長させてしまう。そういう環境の中で生きてきたのだ、責任感があるのは仕方がない。


「受け取らないのであれば仕方がないね。それじゃあ別の助力をさせてもらおうかな」


 クロウはこほんと少し咳き込むと大きな封筒の封を切って開ける。数枚の紙を蓮に差し出した。


「依頼書ですね」

「別荘近くの洞窟の調査?」


 依頼人はギルド長たるクロウ本人。内容はクロウが所有している別荘近くにある洞窟の調査だ。


「私の別荘は自由に使用してくれて構わない。引き受けてくれないかな? ただし報酬は格安だけどね」

「格安かこれ?」

「長期依頼として一般的に見ると安い方だけどかなり破格の待遇だね。これは認めてしまってもいいのかな?」

「どう考えても私達に得しかない案件ですが」


 かなりお膳立てされているのが分かってしまう。何故なら洞窟自体も出てくる魔物の種類まで記載されているのだから調査する必要性すら感じさせない。


「キミ達に……正確には赤城くんと狐月さんに頼もうと思っていた案件だ。数ヶ月に1度はどうしても調査をして欲しくてね。環境の変化というのは怖いものさ」


 蓮は疑うような目を向けてしまう。はっきり言うとこれは半分バカンスを楽しめと言っているような内容だ。

 数ヶ月単位の長期の依頼は珍しくはない。ただ何の成果も期待されていない依頼というのはまずないだろう。


「俺達にここまでする理由は?」

「そうだね……。これからの期待と、それに私がキミ達を気に入ったからというのが本音だね」


 それは未来への投資でもあった。そもそも能力持ちというのは天才である証拠だ。才能の有無をすぐに見分けることが出来る便利な代物であるステータスにはそういう使い方も出来るということだ。


「…………分かった。ありがたく受けさせてもらう」


 しばらくは依頼が受けられなくなってしまう。それならば洞窟の調査でレベルを上げておくに越したことはない。


「うん、楽しんでおいで。では私は失礼するよ」


 蓮の頭をひと撫でしたクロウは立ち上がって部屋を去る。蓮は撫でられた頭に触れながら疑問符を浮かべる。


「何故撫でる……?」

「蓮くんが可愛いからじゃないかな?」

「はい、間違いないと思います」

「そんなわけあるか……」


 明らかに子供扱いされただけだ。蓮は仕方なさそうに立ち上がると依頼書をパラパラとめくる。


(あれ……なんか最後の紙だけ違うような?)


 依頼とは別の内容の紙を見つけてしまう。間違えて紛れたのかと思ったがそうではない。それはクロウからのとてつもなく意地の悪い文面だった。『ハルバードによろしく』と。


「はぁ……全部お見通しだったわけか……」


 蓮達の状況をきっと聞いていた。そう感じた蓮はある程度の行動が読まれていて、その上で依頼を受けるように仕向けられたのではと懇意に対して嬉しくも複雑な感情を浮かべたのだった。

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