第16話 稼ぐ方法は様々
蓮も目を覚まして朝食の為に店を探しながら歩き回る3人。もちろん今日は仕事に行かなければならないので、と思ったが今後の方針を立てたいという鈴葉の提案から本日も休みだ。
土日と考えれば蓮も違和感はなかった。狐月も蓮が決めたのならと否定することはなかったのである意味満場一致だった。
「で鈴葉、方針ってのは?」
「どういう風にお金を稼ぐか、だね。リスクを負うか負わないか。何をするべきか。何が必要かをあらかじめまとめておくの」
「頭の回るお前がそう言うなら全然支持するけどな」
そんなことに意味はあるのか、と思ってしまう蓮ではあるが残念ながら日本では高校生という身分だったのだ。金を稼ぐ手段などバイトでしか経験がないのだ。そういうことであれば頭の良い鈴葉に一任するのも悪くはないと考えていた。
「ありがとう。でも私も失敗したりするからちゃんと悪いところがあったら言ってね?」
「借金の件もあるしな」
「うっ……酷いよ?」
鈴葉が一番気にしていることをきっぱりと指摘する蓮。蓮としては鈴葉の兄の件は気にしていないものの借金に関しては許してはいないのだ。
「まぁ方針については飯食ってからでいいだろ。それに今日は……」
「昨日出来なかったマッサージがしたいです!」
「……ということらしいから」
鈴葉の登場でマッサージとはいかなくなってしまった。今日こそはと狐月は意気込んでいて、むしろ受ける蓮よりも施術する狐月の方が嬉しそうという謎の状況だ。
朝食を適当に済ませて宿に戻ってくる。早速今後の方針を立てる為に鈴葉を先頭に話を進める。
「借金については本当にごめんね……。それで今後の方針っていうのは私達は今圧倒的にお金が足りないよね?」
「まぁそうだな。最低限生活出来るくらいしかないレベルだ」
もちろんそれは足りないものが様々あるからだ。特に洋服関係が痛い出費である。
「はぁ……鈴葉の分も増えてヤバさしか感じない」
「ほ、本当にごめんね……」
「その辺りは仕方ないだろ。必要経費をケチっても仕方ないしな」
必要な物は買わないければならない。もし必要かどうか迷うのであればそれは必要な物ではないということである。必ず必要であれば必ず買ってしまうものだ。
「で、今話そうとしてるのは今後の話なんだよな? 依頼を受けるくらいしか思い付かないんだけど?」
「そうですね。私もそれしか浮かびません」
稼ぎ方と聞いても蓮はこの世界に対してあまりにも無知だ。その上、日本でもただの苦学生だ。バイトはしたことがあるものの残念ながら経営などについてはからっきしである。
「うん、もちろんそれが一番早いかな。でも決めないといけないのはその後のことだよ」
「その後……?」
2人は声を揃えてキョトンとしてしまう。金が絡むとどうしても損得が絡む。そしてそれを考えるにはまず何をすればどうなるのかを考えなければならない。
「ギルトの依頼の報酬ってある程度決められていてね? 例えばゴブリン退治の依頼の報酬は分かるかな?」
「大体銀貨4枚だな」
「じゃあコボルトはどうかな?」
「8枚でした」
以前から受けている依頼の報酬額はしたりももちろん知っている。それで一週間と数日間生計を立てているのだから嫌でも覚えてしまう。
「うん、正解。でもこの報酬の額って実は依頼の中では高い金額設定なんだよね」
「そうなのか?」
「冒険者は命を賭ける仕事だからね。最低金額が銀貨4枚になるようになってるの。ゴブリンの依頼が最低金額で、コボルトはゴブリンよりも強いからそれよりも高く設定されているんだよ」
設定と聞くとゲームを連想してしまうがそういうことではない。結局は依頼もギルド員のさじ加減ということである。人がある程度の実績から定型的に決めているからこそ設定されているという言い回しになってしまう。
逆に新規の依頼であればギルド員は慎重にならざるを得ない。特別高く決められることもあれば逆に低くなってしまう可能性もあるということだ。
「つまり?」
「うん、今が一番稼ぎ時なんだよね。中級の冒険者になるとね、2日で銀貨10枚になる人もいるくらいだよ」
とてもじゃないが3人が生活出来るような金額ではない。ギリギリ生活は出来るかもしれないがあまりにも余裕はないので服が破けたり必要物資が壊れてしまったりした場合に詰んでしまう。
「マジか」
「うん。それで新米冒険者の救済処置は数ヶ月程度。それにギルド員がこの人は中級へって決めちゃったら早く卒業させられてしまうんだよね」
「そ、それって私達は危ないんじゃないでしょうか?」
「そうなっちゃうね? 2人とも能力持ちであることが分かってしまっている以上他の人より早く中級冒険者に上がってしまうんだよね」
かなりマズイ状況であることは理解した。蓮は少し思案するもののやはり色々と絶望的な想像しか出来なかった。
「つまり借金を返すとかそんな次元の話じゃなくなるわけか」
「そういうこと。そこで私から幾つか方針について提案があるんだよ」
鈴葉の存在はとてもありがたい。借金云々を抜きにしてもいずれは2人ともかなり危ないことになっていた可能性が高くなっていたわけだ。
「冒険者、商人、作手の3種類の職業があるのは知ってる?」
「あぁ、狐月に聞いた」
「それじゃあこの中で一番収入が高いのは何か分かるかな?」
2人は少し思案する。しかし蓮は全く先のことが想像出来ない。今分かる蓮の情報は新米冒険者の収入のみだ。
「作手ではないでしょうか? 性能の良い武具はとても値段が高く売れるはずですから」
「うーん、惜しいかな」
「っ! 商人ってことか?」
狐月の回答を聞いて色々と思い至った。蓮の回答に鈴葉はにっこりと微笑む。
「うん、正解だよ」
「どういうことですか?」
「確かに性能が良ければ高く売れる。でもそれを実際に客に売るのは作手じゃなくて商人だ。価格設定をするのが商人なんだから一番利益を得やすいのが商人なんじゃないかと思ったんだが……」
「大正解だよ。流石蓮くん賢いね」
鈴葉に頭を撫でられる。蓮は照れた様子でふいっと顔を逸らした。その様子がより可愛らしくて鈴葉はキュンキュンしてしまう。
「だから一番早く稼ぐことが出来るのは商人なんだよね。実際に奴隷を多く所持してるのはお金持ちの商人が多いよ」
「なるほどな」
つまりは目指すは商人、ということになるのかと思ったがそういうことではないようだ。
「でも商人になるには色々と準備が必要かな。例えばゴブリンの牙は商品としては価値がかなり低くなるから」
「まぁだろうな。他の商人がおまけ程度で売ってるものなんて実際に売り出しても大した利益にはならないってことだろ?」
「うん。何を売るかが明確に必要かな。その点は武具を売ることが一番簡単だよ」
「でもその武具を仕入れる先がないと」
実際にどうしようもないということである。しかしそれは現状の話だ。
「そこで提案が3つ。1つ目はこのまま冒険者としてレベルを上げて強い魔物を倒すの。同時に作手を探してその素材を高値で売ること」
オーソドックスな稼ぎ方だ。もちろん作手を探し出して取引を持ち掛けなければならないが一番リスクの少ない稼ぎ方と言える。
「2つ目は冒険者を捨てて商人、作手に生きること。リスクが大きいし、しばらくは蓮くんの幸運の縁を信じて色々な人と繋がりを持たないといけないね」
蓮の幸福の縁があれば商人や作手と繋がれる可能性は極めて高い。よってそれを利用し、段々と成り上がっていこうという作戦だ。
「3つ目は冒険者と商人。冒険者として得たものを商売として売り出すの。魔物の素材は色々な人に売れるからね」
魔物の素材は薬になるだけでなく単体でも使える便利なものが多い。それを売買することで稼いでしまおうということだ。
「2つ目はリスクが高過ぎる。成功すればいいけど可能性は低くないか?」
「そうだね。私もお勧めはしないよ」
残念ながら2つ目は却下された。リスクが高いこともあるが奴隷を購入しているという点でおいても蓮達の評価はあまりよろしくはならない可能性が高い。もちろんそういうもの目的で来る可能性も高いがそれはまた別の問題が発生してしまう。
「1つ目か3つ目。現実的なのは1つ目か」
商売というものを詳しくは知らない蓮と狐月。鈴葉の負担も考えると1つ目が全員で協力が出来る。
「そうですね。私も異論ありません」
「うん、一番オーソドックスだね」
しかし一番収入が少ない選択肢であることも明らかだ。蓮は少し思案するもののあまり良い案は浮かばなかった。
「それじゃあしばらくはレベル上げに専念だね。後は目先のことも決めておこっか。まずは家を契約することが先決かな」
「……高くないか?」
安いところで1ヶ月に金貨2枚だ。仮に宿屋で1ヶ月過ごすとなると銀貨60枚程で済むのだ。この差はかなり大きい。
「相場は金貨2枚だけどね。でも例えば蓮くんに分かりやすい言い方をすると格安のアパートとかはどうかな?」
「あっ……」
安い家で金貨2枚なだけであって例えば共有のトイレがあるアパートやボロボロの家、更にはいわく付きの家はかなり安くなっていく。そこを狙うのだ。
「なるほど……でもそれでも金貨1枚くらいはとられるんじゃ?」
「食費を考えればかなり安く感じると思うよ? 今はキッチンがなくて外食だから高いくらいだよ」
やはり自炊する方が安く済むのだ。その分を差し引けば色々と出来る可能性は高い。
「それに蓮くんには幸運の縁があるからね。上手くいけば格安で良い物件に住めるかもしれないよ?」
「そんな上手くいくかは不安だが……。でも確かにそういうことなら問題ないかもしれないな」
家があれば狐月も趣味の料理や掃除が出来る。それが果たして趣味なのかと不安になってしまうが以前命令を下してもブレなかったのだ。問題はないだろう。
不自由のない生活を心掛けるつもりが借金まで背負ってしまったのだ。残念ながら何もかもが上手くいくとは言えない。
「あとはお金はきちんと三分割して個人で管理しよ? その方が色々と欲しい物にも使えるからその方がいいよね?」
「確かに私の衣服はご主人様にとっては負担にしかなりません。その方がよろしいかと」
「はぁ……却下だ却下」
溜息を吐いた蓮はあっさりと女性陣2人の提案を否定した。それはそうだろう、2人が何を考えているのかある程度予想がついてしまったからだ。
「まず狐月、服については必要経費だって言ったろ?」
「そんな……! ですがご主人様には何の得も……」
「だから別にいいって。で、お前は一番アウトだ」
「わ、私?」
蓮は責めるような目で鈴葉を見つめる。鈴葉はとぼけているようだが明らかに目が泳いでいた。
「お前、生活費無理をして1人で借金返そうとしてるだろ」
「え!? そ、そうだったんですか!?」
「えっと……それはその……あ、あはは……」
笑って誤魔化そうとしても駄目である。蓮は鈴葉の頬に手を伸ばすと優しくつまむ。
「俺を異世界転生させたのも利用の一端だ。お前1人が抱え込む必要はないだろ?」
「蓮くん……」
「よって罰を実行する」
「ふぇ!? いひゃ!? いひゃいいひゃいいひゃい!!」
思い切り頬を引っ張った。それはもう千切れるのではというくらいに思い切りだ。鈴葉の頬が赤くなった頃合いで手を離す。鈴葉は真っ赤になった頬がヒリヒリとするので涙目で撫でていた。
「もう、ご主人様駄目ですよ? 大丈夫ですか?」
「うぅ……狐月ちゃん……」
「ですが1人で抱え込むのは良くないと思います」
慰める狐月だったが一転して怒った様子だった。ちなみに全然怖くはない。どちらかというと優しく注意されているのではというくらいだ。
「はい……ごめんなさい……」
「ご主人様も頬を引っ張っちゃ駄目ですよ? お餅みたいに取れてしまったらどうするんですか?」
「え、あ、ごめんなさい」
冗談なのか本気なのかいまいち分からなかったものの素直に頭を下げる蓮。
「ふふ、良い子良い子……」
2人は何故か狐月に頭を撫でられてしまい慰められる。狐月は素直な2人を見てものすごく嬉しそうだ。
(なんでこうなったんだろう……?)
2人は内心でそう疑問符を浮かべるのだった。