第14話 受け継がれる呪い
寝静まった真夜中、蓮と鈴葉は宿を後にして2人並んだ歩く。鈴葉は思い詰めた様子で一言も話はしない。しかし蓮は気まずい空気に耐え切れなかった。
「あの、もしかして俺を恨んでたりとか……?」
「え?」
「ほら、俺が無理言って異世界転生してもらったから。そのせいで大変な目に遭ったわけだろ?」
「大変だったけどキミ程じゃないよ。暴漢に襲われた時は生きた心地がしなかったけど……」
さらっととんでもないことを言われてしまった。蓮は途端に慌て始める。
「あ、あの、もしかして殺意!? 恨みとかじゃなくて殺してやる的な!?」
「そんなことないよ! 暴漢なら倒したよ……」
「あ、倒したのか。倒せるものなのか?」
「男の子には分かりやすい急所があるからね」
鈴葉の目線は蓮の股へ。蓮は顔を引きつらせる。
「暴漢だから仕方ないけどなんというか……同じ男としては可哀想に思っちまうな。普通に暴漢が悪いけど」
蓮はせいぜい鈴葉を怒らせないようにしなければならない。同じ目には遭いたくない。
「むしろ恨まれるのは私の方だよ」
「は?」
「…………キミの家族が短命なのは私のせいなんだから」
「…………はい?」
蓮は両親、そして妹を失っている。全員が若くして亡くなっており蓮には家族と呼べるものは祖父くらいのものだった。そしてその家族が全員亡くなっているのは鈴葉のせいだと言う。
「……どういう意味だ? まさか殺したとか言わないよな……?」
蓮の目付きが鋭くなる。蓮にとって大切な人々の命を奪ったとあれば容赦は出来そうになかった。
「……殺したと言っても過言じゃないかもしれないね」
まさかの肯定だった。蓮は力強く手を握り締めると鈴葉を睨む。その目は明らかに怒りと憎しみが含まれている。
「ちゃんと説明しろ」
「分かってる……。順番に説明するから……」
鈴葉は震えていた。蓮が怖いわけではない。自分がしでかした罪を思い出して、心優しい蓮の人生を狂わせてしまった罪悪感で。
(落ち着け。こいつがそんなことするわけ……そもそもこいつは短命なのは、と言った。それに俺の家族はみんな身体が弱いから死んだんだぞ? 直接誰かに殺されたわけじゃないはずだ)
なんとか気持ちを落ち着かせようと努力する。鈴葉は蓮にとって恩人だ、信じたい気持ちと怒りで思考がぐちゃぐちゃになってしまう。
「私には兄がいたの。強くて、優しくて、格好良くて……そんな自慢出来る兄だった」
「…………」
話し始めた内容はまるで蓮とは繋がらない内容だった。しかし蓮も色々と整理する時間が欲しかったので何も言わなかった。
「でもね、その優しさは神のルールに反した。いいえ……人を助ける為に禁忌を犯したと言った方が正しいかもしれないね」
「禁忌を犯す……?」
聞き慣れない言葉だ。神のルールというのもどういったものがあるのか分からないのだから禁忌も何も分かったものじゃない。
「神ってね、人の世を見守り導く者。だから直接手を下すことは出来ないの」
「……お前も俺を助けたせいで人間になったわけだし、そんな感じか」
「そうだね。そう認識しても間違いじゃないよ」
人を良き方向へ導くことは許されている。だが直接触れて理を犯すことは禁じられているのだ。だが鈴葉の兄は導くだけでは解決しないと判断し、直接手を下してしまったのだ。その行いは神のルールに反したものだったということだ。
「ルールを破った神に待っているのは破滅だけ。でも私は兄様を失いたくなかった。だから……ある提案をしたの」
「提案……?」
「世界を越えれば神は干渉出来ない。だから死んだことにして世界を越えてしまえばいい」
「世界を越えるってのは異世界転生するのと似たようなもんだと思えばいいのか?」
「うん……同じようなものだよ。異世界転移の方が正しいかもしれないけどね」
転移することで神からの追撃を逃れたかった。つまりはそういうことだろう。
「兄様の能力はそれをするのに一番効果的な能力だったから。叛逆剣、自分の危機的状況、もしくは怪我の度合いによって戦闘力を上げることが出来る能力だよ」
「っ!」
それは蓮が所有している能力と全く同じだ。ようやく蓮はこの話が自分と繋がっていることを理解した。同時に話のスケールが大き過ぎてかなり現実感がなかった。そのせいか逆に落ち着いてくる。
「叛逆剣を使って体力や防御力を上げて神からの一撃をギリギリで耐えて行方をくらませたの。何人かの神にも協力してもらってなんとか次元を越えることに成功した。そこで辿り着いたのが地球だよ」
「……地球に神が?」
地球にも神話や伝説といったものは伝わっている。それがこの世界のものである可能性も充分にあり得る話だ。能力などという人の常識を覆すようなものまであるのだから。
「私達は地球での様子は見ることは出来ても干渉は出来ない。だから神は兄様のことを諦めてくれた。例え会えなくなっても兄様が生きていて、たまに姿を見れるだけで私には充分だったからこれでよかったんだと思ってた」
それは兄を想う妹の切実な願いだったのだろう。ただただ生きて欲しい、死んで欲しくないというそれだけ。その気持ちは蓮にもよく分かった。蓮も妹に生きて欲しいと願っていた。だが現実はそれを叶えてはくれなかったのだ。
「兄様は地球での生活も馴染んで、神ではなく人間として生きるようになっていった。普通の男の人みたいに恋をして、結婚をして、子供を育んで……幸せな日々を送ってたよ」
少し嬉しそうに笑う鈴葉に蓮も少し安心した。先程から暗い表情しか見ていなかったからだ。
「でもね……神の能力は受け継がれていくものなの。だから子供にその能力が引き継がれていった」
「それが俺の家系ってことか」
「うん……それに受け継ぐか受け継がないかは運でしかないから」
それだけ言って大きく息を吐いた鈴葉は覚悟を決めた。この一言を言うだけで蓮にはおおよその状況が分かってしまうから。
「でも受け継いだ人は……その力の大きさに耐え切れない。だから身体が弱くなって次第に……」
「…………そういうことか」
蓮は自分の腕を見つめる。叛逆剣、この能力が大きな負荷となっていて、蓮の家系が短命なのはそれを受け継いでいるからだ。
「……今の話を聞くと片方の親が亡くなりやすいのは分かるがもう片方は普通の一般人じゃないのか?」
例えば父親が神の力を継ぐ家系だとすれば母親は外部から来た一般人だ。衰弱することはないはずだと考えた。
「そうだね。だからキミのご両親が2人とも亡くなったのは私には分からないかな……」
「……そうか」
蓮はある程度想像が付いた。力を受け継いだのは父親だということだ。母親は元々身体が弱く、妹を産んだ際に亡くなった。それは別にあり得ない話ではないからだ。出産という負荷に元々耐えられる身体ではなかったのだろう。
「今の話をまとめても別にお前が悪いとは思わないけどな」
「違うよ……そんなことない」
息が詰まるようだった。唇が乾いて言葉が出てこなくなってしまう。視界が滲んできてまともに蓮の顔が見えなくなってしまう。
「鈴葉……?」
「ぐすっ……」
「え、ちょ」
いきなり泣かれてしまっても蓮にはどうすればいいのか分からない。慰める言葉も見つからず、ただただ慌てる事しか出来なくなってしまう。
「す、鈴葉? 別にお前のせいじゃないんだから気にしなくても……」
「違う……」
「ち、違う?」
鈴葉が言いたいのはこれからだ。責められるべきはこれからなのだ。それが酷く辛い。酷く悲しい。そう感じてしまう自分に嫌悪感すら感じてしまうくらいに。悲しいのは、辛い経験をしたのは全て蓮だというのに。
「……知ってたの。兄様に異世界転移するのを提案したのは前例があったから。ぐすっ……人間が力に耐えられないのも……短命になってしまうのも全部分かった上で兄様には隠して転移させたんだよ」
その台詞はあまりにも女神らしくなかった。鈴葉は自分の兄の幸せの為にその後の人間を犠牲にしたのだ。それが鈴葉の罪であり、蓮に恨まれても仕方のない事だ。
涙を拭った鈴葉は蓮の反応を待つ。しかし蓮はどうすればいいのだろうかと必死に思案していた。
「私を……殺したいなら殺してもいいんだよ? 蓮くんになら私は……」
「殺すって……」
「抵抗はしないよ。信じられないなら命令をしてもいいんだよ。キミの奴隷になったのはキミが私を殺しやすくする為なんだから」
「…………ん?」
聞き捨てならない言葉が聞こえてしまった。どんなものよりも優先すべきものがそこにはあった。
「自分の意思で奴隷になったのか……?」
「うん。苦しめて殺すことも出来る……。別の人に売って借金を返すことも出来る……。だから私を恨んでいるなら……」
蓮は無言で鈴葉に近付く。明確に感じる怒りに鈴葉はつい目を閉じてしまう。仕方のないことだと分かっていてもやはり殺されたくはない。蓮は絶対に人を殺したという事実を気にしてしまうから。
手を伸ばした蓮は鈴葉の頬に優しく触れる。痛みなどあるはずもないそれに鈴葉は目を大きく見開いた。
「蓮…くん……?」
「…………」
キョトンとする鈴葉に蓮は思い切り鈴葉の頬を引っ張った。それはもう全力で遠慮なく。
「てっめぇ! 借金わざと作ったってのかよあぁ!? 金稼ぐのにどんだけ時間掛かると思ってんだ!」
「いひゃ! ご、ごえんひゃひゃい!」
蓮の思考は全て借金に傾いた。わざと奴隷になったと聞いたその時、蓮の中では借金というのは実は避けられたことだったという事実に怒りを隠せなかったのだ。
頬から手を離すと頬は真っ赤になっていた。鈴葉も涙目だが痛みよりも蓮が怒った内容が想像とは違ったせいで混乱してしまう。
「はぁぁ……」
蓮は大きく溜息を吐くと鈴葉の頬を優しく撫でる。
「思うところはないわけじゃないけどな。でも家族のことを想ってっていう気持ちは俺には痛いほど分かる」
自分も経験したから。両親を亡くしてたった1人の家族さえも失ってしまったのだ。妹の幸せを願って、どんなことをしてでも生きて欲しかったというその気持ちだけはよく分かった。
鈴葉の行動を正当化する気はない。鈴葉が悪くないとも言い切れない。しかし不思議と恨みや怒りはなかった。蓮の中で既に整理がついているというのもあったがそれ以上に感じることがあったからだ。
「本当、頭良いくせに不器用かよ」
「……何で」
蓮は頬から手を離すと呆れた様子を見せる。まるで理解していない鈴葉にはきちんと言葉にしないと駄目なようだった。
「言ったろ? 家族を想う気持ちは分かるって。それに桜……妹の言葉もあるしな」
桜は死ぬ直前まで自分を心配してくれる蓮のことを想っていた。『私のことなんて気にしないで。お兄ちゃんはお兄ちゃんの幸せだけを考えて』と。
「ここでお前殺しても別に俺は幸せにはならないしな。それに殺す気もなければこれから借金も返さないといけないからな。いなくなられると困る」
蓮は素っ気ない様子で言い放ったがそれではあまり響かないと思った。素直に言葉にするのはかなり恥ずかしい。頬を赤く染めながらも微笑を浮かべて自分の腕を見せびらかす。
「2人の神様の恩恵があるんだ、これから幸せになれるだろ?」
「っ!」
辛いことも悲しいことも全部全部乗り越えて今ここにいるのだ。そしてこれからの人生を蓮は幸せであることを願っている。そしてその一端に自分の存在も入れてくれていたのだ。目尻に涙を溜めた鈴葉は蓮の胸に抱き着いた。
「ちょ、鈴葉!?」
「ごめん…なさい……。うぅ……ぐすっ……ごめんなさい……」
「だから怒ってないって……」
それは泣きじゃくる子供のようで、蓮はついつい頭を撫でて慰めてしまう。それが余計に鈴葉の琴線に触れてしまったようで大泣きさせてしまったのは仕方がないことだろう。
「ぐすっ……ぐすっ……みっともなくてごめんね……私年上なのに」
「別に気にしなくてもいいって」
蓮から離れた鈴葉は目を腫らしながら涙を拭う。蓮は宥めながらも色々と考えてしまう。
(じいちゃんまでは少なくとも神じゃないよな。え、神って何世代前の人なんだろう。それでこいつは一体何歳なんだ?)
酷くくだらないことを考えていた。それも口に出せば間違いなく失礼極まりないことだ。
「そういや、俺ってもしかしてそろそろ死ぬ……?」
短命であるということは蓮も例外ではないはずなのである。幸せになれるだろうと思った瞬間から不安なことになってしまった。
「それは大丈夫……。蓮くんは能力持ちで元々身体が強いから神の力にも耐えられるみたい……。キミを異世界転生させたのもそれが理由だから……」
他の人を異世界転生したとしても短命の為にすぐに死んでしまう。蓮は元々能力持ちだ、反撃剣という能力は蓮が保有していた能力ということだ。
「なるほどな。ならよかった」
「うん……」
安心した様子の蓮に鈴葉も嬉しそうだった。安心すると眠くなってくる。明日からは通常営業だ。いや、借金があるのでより一層頑張らなければならないだろう。
「ふぁぁ……眠くなってきた。それに狐月も心配してるだろうしな……」
「うん……早く戻ろっか……」
眠そうな蓮は早く帰りたいとばかりに歩き出す。その隣を鈴葉も歩く。行きと同じ並び、しかし鈴葉の表情は嬉しそうで幸せそうだった。