第12話 休日は予定通りにはいかない
本日は休日。蓮達は外に出て街を散策、という体であるが実質デートである。
「武器屋とかもあるんだな」
「はい。武器屋、防具屋は冒険者にとって重要なものです」
「なるほどなるほど。で、その2つの存在を見事に今まで忘れていたわけだが」
冒険者として既に数日経っているというのに2人は初期装備である。武器ですらゴブリンから奪ったナイフなのだから悲しいものである。
「まぁ金ないけどな」
「防具屋は私達のレベルでは使えませんよ?」
「そうなのか?」
「はい。例えば鎧を購入したとして私達の筋力ではどうしても動けなくなってしまいます」
それもそのはずである。甲冑など付けて素早い動きが出来るはずがない。それが出来るのはレベルが上がってステータスが高ければの話だ。
「それもそうか。なら武器屋は覗いておいた方が良さそうだな」
「そうですね」
2人で武器屋へと入る。木造の綺麗な家のようだが、入り口はドアではなく赤いのれん。壁には表札代わりに剣が描かれた絵が飾られているので分かりやすい。中は様々な武器が並べられたり壁に立てかけられていたりと色々と危険な空間だった。
「いらっしゃい」
「ちょっと中見せてもらってもいいか?」
「おう、どんどん見てくれや」
武器を眺める2人。蓮は剣を色々と見て回る。剣にも色々と長さや種類がある。特に目を引いたのは巨大な大剣である。
「攻撃力高そうだ。値段が高いのは分かるんだけどな」
それに加えて使いにくそうである。軽々振り回せるのなら問題ないがそういうわけにはいかない。
「こちらに杖がありますね」
「そういえば異世界の知識になるんだが杖を持つと魔法の攻撃力が上がるんだが、本当なのか?」
「はい、本当ですよ? 杖は魔力が伝わりやすい素材で製作するんです。人間の手から魔法を発動させると周囲に魔力が散ってしまうので半減してしまいますが、杖を介することで散ってしまう魔力を押しとどめることが出来るんです」
人間の手から発射される魔法には無駄が生じており、杖を介せばそれがある程度軽減されるということである。つまり杖の場合は攻撃力もそうだが魔力を伝えやすい素材であればある程に高額になるということである。
「なるほど。ゲームってのも中々に当てになるもんなんだな」
何故杖を持てば魔法が強くなるのか、という理由に関しては理解した。これから魔法主体で戦うことを目指す狐月にとっては必須の装備ということである。
「しかし高いな。安いのでも銀貨30枚だぞ」
「私達にはまだ早いのかもしれません」
どうしても金が足りなかった。それはもう残酷なまでに。現状装備は困ってはいない。現状維持という結論に落ち着いてしまった。
「冷やかしたみたいですまない。また金に余裕が出れば来る」
「おう、また来てくれ!」
物色しただけで終わったというのに店員は気にした様子はなかったので一安心だ。武器屋を後にして歩いていると角から飛び出してきた男とぶつかった。
「痛って」
「大丈夫ですかご主人様!?」
尻餅をついた蓮に慌てて駆け寄る狐月。蓮はぶつかった当人に視線を向けると慌てた様子で巾着袋を拾っていた。
「そいつ泥棒だよ! 捕まえてくれ!」
「ん?」
どうやら男は泥棒のようだった。蓮はすぐに立ち上がると道を塞ぐように男の前に立つ。
「泥棒ってのは流石に見逃せない……事もないんだけどな」
「じゃあどけやぁ!」
襲って来る男。腕を伸ばして来るものの蓮は冒険者である。もちろんこの男も冒険者ではあるがまだまだ新米でステータスは同じくらいだったのだ。蓮は男の肘と襟首の服を掴むと反転する。
「ふっ!」
蓮はそれはもう見事な一本背負いを決めた。受け身を取る事も出来ずに背中から強打した男は悶えて苦しんだ。
「体育でしか経験ないけど上手くいくもんだな」
「ご主人様凄いです!」
周囲にいた観客達もパチパチと拍手していた。追いついた店員は悶える男から巾着袋を離すと男を押さえた。
「押さえるの手伝ってくれ!」
「お、おう……」
言われた通りに男を地面に伏させて押さえ込む。少しすると甲冑を付けた男達がやって来た。
「騎士団です。報告のあった盗賊というのは……」
「こいつです! こいつ!」
店員が押さえ付けている男を指差す。片手を離したからだろう、男が暴れようとするが蓮が咄嗟に足を出して男の腕を踏み付けて押さえ付ける。
「動くな!」
騎士達は槍を男に突きつける。一歩でも動けば、抵抗すればすぐに刺されて殺されるのを本能的に分からされてしまう。男は抵抗せずにその場で力を抜いた。
「もう離していただいて構いません。ご協力感謝致します」
「あぁ」
蓮と店員が拘束を離す。1人が槍を突き付けたままもう1人が男の腕に手枷を掛ける。手枷は以前狐月の首輪にもあったように少し輝きを見せた。
「あれは?」
「この奴隷の首輪と似たようなものです。あれは騎士団の方々の命を強制的に聞かせるものです」
「なるほどな」
地球のそれよりもかなり良い代物である。強制力があれば犯罪者も従わざるを得ない。連行されていく泥棒を見届けていると騎士団の1人が話し掛けてくる。
「ご同行いただけますか? 事情をお聞きさせていただきたく」
「あー……まぁいいか」
「そうですね」
デートは完全に台無しである。仕方なく頷くと2人は騎士団について行こうとする。
「ありがとうございました!」
「ん? おう」
「お疲れ様でした」
頭を下げる店員に蓮は何も気にしていない様子で手を挙げて答える。狐月は頭を少し下げて労った。
「この近くに駐屯所がありますのでそちらで」
「了解」
騎士団に連れられて真っ白な長方体の建物へ。豪華に飾られた外装。柵に囲まれていていかにも高級そうな屋敷という印象だ。
(これで駐屯所って本拠地どんだけ大きいんだよ……)
蓮の想像通り騎士団とは相当大きい軍隊だ。地球でいう警察の役割も担っているのだ。異世界ではステータスを得た凶悪な犯罪者も存在する。そんな連中を捕まえることが出来るのだから相当な力があると思ってもいい。
「こちらへ」
案内されて一室へと連れられる。甲冑を外した男は随分と優しげな男である。青髪ストレートヘアーに黄色の瞳をしたイケメンだ。
「初めまして、フーリー・アセルトと申します」
「赤城 蓮だ」
「狐月と申します」
挨拶を交わすとフーリーはちらりと狐月を見る。その視線に気付いたのか狐月はさっと蓮の後ろに隠れた。
「あ、あの、何でしょうか?」
「…………いえ、なんでもありません。随分と懐かれていらっしゃるようで」
「お前が警戒されているだけじゃないのか?」
蓮の視線が鋭くなる。優しい男、というのはまず間違いだ。それは雰囲気のみであって中身は違うかもしれない。狐月に向ける視線に当然蓮も気付いている。目の前の男は奴隷を物としか思っていないタイプなのを一瞬で看破したのだ。
「まぁいいさ。とりあえず事情を話せば解放してくれるんだろ? といっても俺は大したことしてないぞ?」
「いいえ、あの盗賊の被害は今回だけじゃないんです。報酬金が出ますよ」
「え、マジで?」
予想外の収入に驚いてしまう。しかし値段はそこまで高くはない。賞金首になっているとはいえ強さはそれはもう弱いのだから高額とはいかない。
「銀貨10枚です」
「……大したことしてないからな。貰うのは躊躇うんだが」
「正式な報酬です。受け取ってください」
「…………まぁそこまで言うなら」
通りすがりに泥棒だと言われる男を足止めして捕獲しただけに過ぎない。しかし一応は真っ当な金のようなので受け取ることにした。
蓮は状況の説明とステータスを見せて身分を証明するとあっさりと解放された。しかしデートの邪魔をされてしまったのは確かだ。
「どこかで飯食って帰るか」
「そうですね」
もう日も沈んできており空は橙色に染まってきていた。昼頃にデートに、ということもあってか邪魔されてしまうとあっという間に夕方だ。
(今日は台無しになってしまいました……。ですが悪い方をあっさりと押さえるご主人様格好良かったです……)
ポッと頬を赤く染める狐月。蓮があっさりと盗賊を押さえる姿を思い出してはキュンキュンしていた。
「その首輪、外した方がいいよな。あんな変な野郎に妙な目で見られちまうし」
「首輪ですか? これは外せませんよ?」
「絶対? どこかで何かすれば解除されるとかないのか?」
「今のところは……」
残念ながら一度奴隷としての烙印を押されてしまうと取り外すことが出来ないのだ。
「騎士団の手錠も外せないのか?」
「あれは特別製ですので外せるはずです。どう外しているのかは不明ですが……」
「…………なるほどな」
それを聞けただけでも充分だった。気に食わない奴もいるだろうが騎士団と繋がりを持っておくことは間違ったことではない。むしろ強力な勢力とパイプが持てるのはこちらにとってはメリットでしかない。
(まぁ問題はどうやってパイプを持つかだ。犯罪者捕まえまくれば話は別だろうが今日は上手くいっただけで次は上手くいくとは限らないからな)
相手もステータスがある以上はかなり強くなっていなければならない。更には捕縛するのであれば相手の強さを大きく上回る必要がある。
「外す必要はありませんよ」
「そうか……? …………いや、邪魔だろそれ」
「ここにご主人様のお名前が刻まれているだけで私にとっては嬉しいです」
世間にとっては絶望的な奴隷の首輪だとしても狐月にとっては蓮との立派な繋がりだ。既に首輪などなくとも関係が切れるようなものではないがそれでも目に見えて感じられる繋がりを残しておきたいのだ。
「……まぁ狐月がそう言うならいいんだけど」
「はい。他の方にどう思われても関係ありません」
にっこりと微笑む狐月に蓮は内心で天使かよとツッコミを入れた。狐月は相変わらず優し過ぎてとてもじゃないが邪険に扱うことは出来ない。
「あ、そういやこの道って初めて会った時の……」
「奴隷店の近くですね。あ、ハルバード様にご挨拶だけしてもよろしいでしょうか?」
「ハルバード様?」
初めて聞く名前だった。しかしその人物には蓮も会ったことがある。
「奴隷店の店主様です。とても良い方なんですよ」
「奴隷店なのに良い人なのか?」
「はい。信用出来る人物にしか奴隷を売らないんです。それに私達のことを大切にしてくださいます」
ここでようやく女神がこの奴隷店を紹介した意味を理解した。この世界のルールでは既に奴隷が根付いてしまっている。その中で奴隷を大切に思う奴隷商人など少ないのだ。物として扱わず、自分が信用出来る人物にのみ奴隷を売るというハルバードの客商売に一目置いているのだろう。
「俺も会っておこう」
「はい」
2人で裏路地に入って奴隷店へ。相変わらずのボロボロの小屋のようだがボロボロであるからこそ奴隷を買いたいという金持ちが寄り付かないという意味もあるのだ。
「失礼致します。ハルバード様、お久しぶりです」
「お邪魔します。久しぶりです」
中へ入った2人は早速挨拶。相変わらず顔が怖過ぎてつい蓮も敬語になってしまった。
「……あぁ。丁度良い。赤城 蓮、借金する気はあるか?」
「…………え? 借金?」
いきなりのことでキョトンとしてしまう蓮。ハルバードは少し奥に入っていくと1人の女性を連れてきた。
緑の長髪に橙色の綺麗な瞳。女の子らしい可愛らしい顔立ちで身長も蓮より少し小さい程度、身体付きは至って普通で大きくも小さくもない程良い大きさながら綺麗な形の胸。女の子らしい可愛らしい子かと思えば右目下の泣きボクロのせいかはたまた白いフリルのついたブラウスに薄い黄色のロングスカートが清楚な雰囲気を感じさせるからか、大人びて見えてしまう。
そんな女の子は蓮の姿を見るなり目を大きく見開く。そして目尻に涙を溜めて抱き着いた。
「ちょ、はっ!?」
「蓮くん! やっぱり来てくれた!」
いきなりのことで驚く蓮。もちろん目の前の女の子は知り合いでもなければ完全に初対面である。
「ご、ご主人様!? こ、こちらの方は!?」
「うぅ……キミに力を与えておいてよかったよ!」
「は? え? というかその声……」
姿には全く覚えがなかったがその声は聞き覚えがあった。綺麗な声音で頭に響くような声。そして力を与えたというそれに蓮はようやくその人物が何者か思い至った。
「あっ、も、もしかして女神……?」
「うん! キミに幸福の縁を渡しておいてよかったよ……」
その人物は蓮をこの異世界へと転生してくれた張本人。女神だった。