第11話 狐月さんは癒したい
ギルドに報告を終えた2人。ボロボロのコボルトの目撃情報は蓮達だけでなく他の新米冒険者からもあったようだ。更にはコボルトの数が減っているという追加情報のお陰で少し多めに銀貨4枚も貰ってしまった。依頼報酬と合わせて銀貨12枚。たった1つの依頼でこれだけ貰えるのは初めてのことだ。
「コボルトにも慣れればもっと稼げそうなんだけどな。……無理っぽいけど」
レベルが上がってコボルトとの戦闘も楽になった。ちなみに最後のコボルトで狐月のレベルも見事に2に上がっていた。
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【名前】狐月
【年齢】19歳
【性別】女
【種族】獣人族
【Lv.2】
【体力】12
【魔力】16
【攻撃力】4
【防御力】6
【魔法攻撃力】7
【魔法防御力】7
【敏捷性】6
【特技】
なし
【魔法】
なし
【能力】
魔力超速回復
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こうして2人は冒険者として一歩前に進むことが出来たのだ。しかしそれだけ、特に依頼を変えようとも思わなければこれからもゴブリンを狩っていくつもりだ。
コボルトを狩り慣れればもっと稼げたはずだが残念ながら数が少なくなっているのであれば仕方がない。効率が落ちてしまうのでターゲットはひとまずゴブリンだ。もちろんゴブリンも無ければ普通に別の依頼を受けるしかなくなる。
宿に戻った2人は大きく身体を伸ばす。コボルトとの戦闘は初めてだったので思いの外疲れていた。
「ご主人様、例の約束覚えていますか?」
「例の約束……? 一緒に風呂入ってエロいことし放題?」
「ち、違います! い、いえ……ご主人様が望まれるのでしたらそれでも構いませんが……ち、違うんです!」
普段から色々と致している2人だ。今更そんなことで照れることもないはずだが狐月は少し恥ずかしそうだった。
「何かあったっけ?」
「マッサージです。昨日は私がその……いっぱい癒していただいたので今回は私の番です」
「あー、そんなこと言ってたな。でも俺はその身体でたっぷり癒して貰ってるんだけど」
先程から色々と全開な蓮である。しかし普段はこんなことを絶対に言わない。狐月は疑うような目を向けた。
「何か隠していませんか? 誤魔化しているとか……」
「そんなわけないだろ?」
「……本当ですか?」
しつこく疑いの目を向ける狐月に蓮はそっと視線を逸らした。
「今目を逸らしました! やっぱり何か隠していますよね!?」
「いや……」
「ご主人様はお優しいですから言いにくいかもしれませんが言ってください! その……ご主人様に不快に思われていることなら改めますから……」
捨てないでください、と言いかけたが口にはしなかった。いや、蓮がそんな事を言うわけがないと信じたかったのだ。
「いや、マッサージなんだけどな? その……明日にして欲しいというかな……」
「へ? あ、そ、それは構いませんが……どうしてでしょうか?」
「今日は疲れたというか……」
疲れた時の方がマッサージが効くのは当然の話である。しかし蓮は疲れているから断っている。狐月にとっては矛盾してしまっていた。
「その……せっかくしてくれるんだから長く味わいたいというか。今されるとすぐ寝そうで」
「あ……」
蓮も楽しみにしていたのが分かってしまった。だからこそ長くやってもらいたいのだ。寝てしまうと勿体無いから。
照れくさそうに視線を逸らす蓮にキュンと胸が高鳴る狐月。蓮があまりにも可愛過ぎてついつい胸に抱き寄せてしまう。
「ちょ、こ、狐月!?」
「ご主人様可愛過ぎです!」
「かわい……え?」
頬を赤く染めてしまう。狐月の豊満な胸の感触が顔いっぱいに広がってしまっているのだから当然だ。初めてではなくとも慣れはしなかった。
(柔らかい……)
狐月が力一杯抱き締める。蓮もその感触を楽しんでしまった。
「あの……とりあえず分かってもらえたか?」
「はい! マッサージですが本日と明日をご希望という事ですね!」
「お前……天才かっ!」
今日も明日もやってくれるのなら勿体無いと思うことすらない。何故なら今日寝てしまっても明日があるのだから。
「じゃあまずは風呂からだな。流石に身体が汚れたままってのはな……」
「は、はい。一緒に入りますか?」
「いや、今日は別々にしようか。その……昨日したから大丈夫……だと思うんだけどな」
色々と自制が効かなくなってしまうということもあり得ない話ではない。それだけ狐月は魅力的ということである。
「そうですか……」
「……あからさまに落ち込んでるんだけど。そんなにエッチしたかったか?」
「い、いえ! あ、し、したくないわけではありませんよ!? あの……いつも一緒に入っていますので急に別々になると少し寂しくて……」
「可愛過ぎかよ」
物凄く可愛い事を言われてしまった蓮は目元を押さえて狐月を直視出来ないでいた。
「だ、大丈夫です! その……ご主人様はハーレムを目指しているんですから! 私に構っていただける時間も少なく……なってしまいますよね……?」
「え?」
「そ、そうですよね。このくらい慣れないといけませんよね……」
既にハーレムなど頭から除外されていた蓮はキョトンとしてしまう。生きる為に必死でそれどころではなかったということもあるが狐月がいた事でかなり満足していたからだ。
「どうぞ、お風呂へお入りください」
「あ、えっと……お先にどうぞ」
「よろしいのですか?」
「あぁ」
レディファーストだ。一番風呂を譲ると狐月は寂しそうに微笑んだ。
「行ってまいります」
「あ、うん」
狐月は足早に風呂場へと向かって行ってしまった。1人取り残された蓮は少し寂しさを感じてしまう。
「ハーレム…か。うーん……いや、悪くはない。悪くはないんだが……」
狐月を悲しませてまで作る必要性を感じなかった。蓮も狐月のことは好きだ。両思いと言っても過言ではない。もしこれが日本であったのなら永遠の愛を誓っていたことだろう。
「まぁ成り行き任せでいいか……」
これからどうなるのか分からないのだ。色々と断言出来ない。そもそもハーレムと聞くと複数の恋人をイメージするだろうがこの世界にも結婚という概念がある以上は奴隷を買うしかない。しかし現状ではとてもではないが奴隷を買うようなことは出来ないのだ。考えるだけ無駄だった。
「狐月、風呂場で泣いてたりしないよな……?」
若干不安になってしまうがこれが本来の男女の関係だ。もちろん一緒にお風呂、というのも大変魅力的で蓮も好きである。毎日毎日狐月の身体を楽しむわけにもいかない。癒されるだけでなくたまには休息も必要だ。
「明日は休みにするか……」
異世界に来て初めての休日だ。何をしようかと頭を巡らせる。ベッドに座りながら色々と考え込んでいるうちにどんどんと瞼が重くなってくる。
「寝ちゃ駄目だ……寝ちゃ……」
しかし抗えそうになかった。蓮の目はゆっくりと閉じられ、意識は闇の中へと溶けていった。
同時刻、風呂場の湯船にて狐月は様々な思考を巡らせていた。もちろんそれは蓮のことであり自分のことではなかった。
(どうすればご主人様は癒されてくださるのでしょうか……?)
精一杯蓮を癒したいのだ。自分が奴隷であるからこそ主人には癒されたい。いや、狐月はそれ以上の感情で蓮に癒されてもらいたいのだ。元々世話好きな狐月だ、好きな相手には色々とご奉仕したかった。
蓮を待たせるわけにはいかないと手早く風呂を済ませた狐月。タオルで髪を乾かしながら風呂場を後にした狐月が見たのは壁に頭をくっ付けて寝落ちしている蓮の姿だった。
「ご主人様……?」
呼び掛けても返事はない。狐月はどうしようかと逡巡した後にとりあえず隣に座る。
「ね、寝苦しい……ですよね?」
体勢がとても寝苦しいのでは、となんとなく誰に対するでもない言い訳をしながら蓮を自分の方へと引き寄せてしまう。蓮の頭を優しく太ももに乗せると嬉しそうに微笑む。
「今は独り占め……です」
穏やかな寝息を立てる蓮に幸せを感じながら優しく頭を撫でる。本来なら蓮を起こさなければならない。眠るのであれば風呂に入ってから、頬の傷を服で拭ったりしているので汚れたままだから早く着替えさせなければ、など色々とやらなければならないことが浮かぶ。しかしそれ以上に今ならば誰にも邪魔されることもなく、蓮本人にも否定されることなく独り占め出来るのだ。その誘惑に負けてついつい起きるまではと蓮を膝枕したかった。
(可愛らしい寝顔……。そうです、まだ16歳ですものね……)
かなりしっかりとしていて忘れそうになってしまうが蓮はまだまだ子供だ。あどけない寝顔な上に蓮は童顔である。とてつもなく可愛らしい寝顔に狐月はキュンキュンとしてしまう。
そんな寝顔を見せられると狐月の悩みなど吹き飛んでしまう。独り占めしたい、はいつの間にか蓮に幸せになってもらいたいという思いに変わっていた。それは恋愛感情でもありながらも母性でもあった。蓮が年下だからそう感じてしまうのかもしれないがただただ蓮には幸せになってもらいたいのだ。いつまでも笑っていて欲しい。
(そういえばご主人様が一度涙を見せてくださいましたね……)
自分の身の上話をしたからだ。狐月は望んで奴隷になったわけではない。だが罪を犯した獣人族の生贄として犠牲にさせられたのだ。その事が分かった蓮は狐月を奴隷から解放しようとした。
自分のことよりも狐月の気持ちを優先したのだ。それくらい優しい蓮に改めて狐月は自分の気持ちを思い出した。
(そうです。私のことなど気になさる必要はありません。ご主人様はご主人様の幸せを考えてくださらないと!)
当時の気持ちを思い出した狐月は1人でに気合いを入れる。蓮が幸せに暮らしていけるように盛大に尽くす気だった。自分の人生を良い意味で変えてくれたのだ、そのくらいの恩返しはしたかった。
「ん、んぅ……?」
蓮がゆっくりと目を開ける。狐月の顔を見るなり慌てた様子だ。
「わ、悪い!」
「いえ、そのまま……そのままでお願い致します」
上体を起こそうとする蓮だったか狐月に額を触られて咄嗟に動きを止める。キョトンとした顔で狐月を見つめた。
「お疲れなのですからこのままでゆっくり致しましょう。ふふ……もう一眠りしていただいてもいいんですよ?」
「そんな魅力的な提案されると困るな……」
疲れているせいで素直に甘えたくなった蓮はそのまま膝枕を継続してもらう。身体に妙な疲労感があった。
「しかし何で今日こんなに疲れてるんだろうな」
「初めての魔物だったからではないでしょうか?」
「いや、それもあるんだろうけど。何だろうな……それを踏まえても疲れ過ぎな気がする」
ぐだーっと蓮が身体に力を抜いて全てを狐月に任せてしまう。狐月も甘えられて嬉しくなって嬉しそうに微笑みながら蓮の頭を撫でる。
「嬉しそうだな」
「はい。ご主人様が甘えてくださって可愛らしいです」
「可愛いって……16歳の男子は可愛いには分類されないと思うが……」
蓮にとってその感想は女の子かもしくは子供にしか当てはまらない。童顔であることは自覚しているがだからといって可愛いと言われてしまうほどではないと思っている。もちろんそれは客観的な意見としては正しいものだろうが相手はお世話大好き狐月さんだ。そんな狐月が好きな相手なのだからそう分類されてしまってもおかしくはない。
「ふふ……」
「笑って誤魔化すなよ」
「すいません。ですが私はご主人様に甘えていただいて凄く嬉しいです」
「…………そっすか」
恥ずかしくなった蓮はゆっくりと目を閉じる。狐月の温かな体温が、匂いが感じられて酷く安心した。こんなことで心は落ち着いてきてしまうのだ。
「……傷、早く治るといいですね」
「ん?」
蓮の頬に軽く触れ、傷をなぞる。蓮の頬には既に血が固まっているが切り傷がある。ゴブリンに付けられた傷だ。
「レベル2になってりゃ敏捷が上がって避けれたかもな。でも狐月がゴブリンに気付いて声を掛けてくれなきゃ死んでたかもな。ありがとな」
「い、いえ。私は獣人族なんですから。気配に敏感なだけです」
照れたように顔を真っ赤にする。蓮の真っ直ぐな感謝は随分と心に刺さってしまう。
「それも立派な能力だろ? いつも助かってる」
狐月の能力はどこから敵が来るか分からない森の中やダンジョンの枝道などで役立つ。森の外の草原のようにゴブリンが獲物を見つけて飛び出してくるような場所ではあまり意味はない。
「さて、そろそろ俺も風呂に入るか……」
「あ、あの……お願いしてもよろしいですか?」
「ん?」
狐月は言いにくそうにもじもじしている。しかし意を決して強い瞳を向ける。しかし耳まで真っ赤になっていた。
「も、もう少し膝枕させていただけませんか?」
「それは別に構わないが……」
「っ! 本当ですか!?」
「あぁ」
蓮にとっては可愛らしいお願いだった。そのまま膝枕を継続して続けると狐月は本当に嬉しそうにしたのだった。
ちなみに風呂上がりにマッサージをして貰ったた蓮だったがそれはもう見事に爆睡を決め込んでしまい楽しむどころの騒ぎではなかった。