第10話 千木の森のコボルト
翌日の朝、着替えた2人は早速外へ。もちろん金を集める為にギルドへと依頼を受ける為だ。充分な金は手に入ったとしてもまだまだ足りない。生活に必要な最低限の物は揃って来たものの余裕があるとは言えない毎日だ。
「そういえば狐月」
「はい?」
「魔法ってどうやって覚えるんだ?」
狐月の能力をそのまま文字通りに理解するとすれば魔力が高速で回復すること。つまりは魔法を使いたい放題という認識だ。
「魔法は充分なレベルと知識があれば覚えることが出来ます。知識に関しましては色々と方法がありまして、誰か豊富な知識の方に教わるか魔道書を読めばいいと聞いたことがあります」
「なるほどな……。特に狐月は魔法を覚えた方がいいんだよな」
「そうですね。私の能力を活かす為には必須です」
狐月ももちろんそんなことは分かっている。しかしここで問題となってくるのはその覚え方である。魔法の知識に富んだ人など知るわけもない2人は魔道書で覚えることしか出来ない。
「魔道書ってどこにあるんだ?」
「お店で売っているものもありますし、ダンジョンの奥深くに眠っているとも聞いたことがあります」
「売り物か……。相場とかは分かるか?」
「金貨1枚などになるはずです」
「高っ」
とてもじゃないが手を出せる値段ではないようだ。それもそのはず一度買えば永久的にその魔法が使えるのだ、そのくらいの値段になっても良いはずである。
「もう1つ、ステータスに特技ってあったろ? あれはどうやって覚えるんだ?」
「特技はレベルアップで覚えていきます。こちらは個人差がありますので覚えるかどうかは分からないですね」
特技は必ずしも誰もが使えるわけではない。能力程低パーセントではないものの使えないという人も珍しくはないのだ。
「そうか……なら仕方ないな」
「そうですね。今はとてもではありませんが手を出せる範囲ではないかと」
レベルが絡むとまずどうしようもない。魔法に関してはレベル1でも覚えることが出来るかもしれないが圧倒的に金が足りなかった。
「まぁいいか……。気を取り直して依頼の方を受けるか」
「そうですね。そろそろレベルアップもしそうですし」
「そうか。もうそれくらいには倒してるはずだもんな」
ギルドへ向かうとギルド員の女性は申し訳なさそうな表情を浮かべた。いきなりで2人はキョトンとしてしまう。
「すみません。本日はゴブリン退治の依頼がなくて……。代わりにこちらはいかがでしょうか?」
既に常連となってしまったようで蓮達がゴブリンばかり相手にしているものだからそういう目的だと思われているようだ。
「別にゴブリンにこだわってるわけじゃないからいいんだけど」
「そうですね。あ、今回はコボルトですね」
「なんか強そうだな」
コボルトとはゴブリンの上位種だ。しかしあくまでもゴブリンの、である。その強さは全く大したことはない。
「場所は森の中か……」
「入ったことがありませんから危険ですね」
当然森の中にはコボルトだけでなくゴブリンも潜んでいる。相手にするのはコボルトだけではないのだ。
「とりあえずやってみるか」
「そうですね。お願い致します」
「かしこまりました。ではこちらを受理致します」
冒険者なのだ、多少の危険は付き物だ。2人は千木の森へと向かうとすぐに森の中には入らずにまずはゴブリンを探す。
「ナイフは全て売ってしまいましたからね」
「一応確保しておくに越したことはないだろうしな。ところで狐月はコボルトは戦ったことがあるか?」
「いえ、ですが倒し方は分かります。コボルトはゴブリンが大人に成長した姿をしているようです。倒し方もほとんど変わりませんが腕が長くなっているので反撃を食らってしまうかもしれません」
反撃、と聞くとまだ優しい方に感じるがナイフによる反撃だ。どう考えても危険である。最悪死ぬ可能性すらあるようだった。
ゴブリンを見つけて倒してしまい、2本ナイフを獲得した2人は早速森の中へと入ってみる。自然に囲まれたこの場所はとても心地良いものだった。
「きちんと道が確保されているんだな」
「全く開拓されていないわけではないようですね。確か商人のルートもここを通るはずです」
「そうなのか? 避けて通ればいいものを」
わざわざ危険を犯してまでここを通る必要はあるのだろうかと思案する蓮。狐月はにっこりと微笑みながら上を指差した。
「ここはあれが取れるんです」
「あれ? ……あぁ、実か」
木々には実が付いている。赤いリンゴのような丸い実だ。
「染料として有名のようです。食べられるものではありませんが……」
「もしかして収穫すれば売れる?」
「そうですね。あの街で売ってもあまり高くはありませんが……」
例えばこれが遠くの街であれば割と高値で売れただろう。だがあの街では別だ。こんな近場に収穫元があるのだから高値で売れるわけがない。
「木ノ実のままでは腐ってしまいますし、長持ちはしません。保持しておくことも少し厳しいかもしれません」
「それは仕方ないな……」
今の内に収穫しておいて後から売る、というのも不可能のようだった。ゲームとは違い時の流れがあるのだから当然といえば当然の話だ。
「まぁそんな手段があるなら全員やってるよな」
「そうですね」
簡単に金が稼げるのであればここまで苦労することもないだろう。それにやり方も周囲に知られていて何か規制されていてもおかしくはないだろう。
2人でどんどん歩いているといきなり狐月の顔が険しくなる。蓮も不審に感じて警戒心を強めた。
「ご主人様、何やら魔物の気配がします」
「場所は分かるか?」
「あちらです」
狐月が視線だけで場所を教える。気付いて蓮もそちらに振り向いた瞬間、木の枝から大きな緑の鬼が降りてくる。どうやら葉に隠れて奇襲をしてきたようだった。
「やぁ!」
狐月の尻尾が魔物の手を弾いた。更にはナイフを振り上げてカウンターを仕掛ける。
「ギギ」
魔物は片腕を盾に致命傷は避けて距離を取る。右腕は動かなくなったようだがまだまだ全然戦えるようで左腕でナイフを構えた。
「あれがコボルトか」
本当にゴブリンを大きくしたかのような外見だ。得物が同じなので間合いは同じ、つまりはかなり危険な魔物であるということだ。
(カウンターでナイフを刺せば次はどうあっても倒せるな)
もう一度同じことをして最悪致命傷にならないとしても左腕を奪えばコボルトに成す術はなくなる。そうなれば勝ちは確定したようなものだ。
「ご主人様! そちらの影にゴブリンがいます!」
「っ!」
飛び出てきたゴブリンがナイフの切っ先を向ける。狐月が指摘してくれたことでギリギリ頬を掠める程度で躱す事が出来た。咄嗟に手が出てナイフをゴブリンの胸元に突き刺した。
ナイフを引き抜くとそれを囮にしたとばかりにコボルトが突っ込んでくる。蓮はかなり姿勢が悪く、コボルトの攻撃を躱す事など出来はしない。
「させません!」
狐月が走ってきて蓮とコボルトの間に入る。コボルトは突っ込んでくるが狐月は軽くいなして躱すとナイフを首に突き刺した。首というのはどの生物にとっても弱点なり得る。大量の血が噴き出してコボルトはゆっくりと地に伏した。
「ご主人様!」
狐月は慌てて駆け寄ると涙目になる。蓮の頬には大きな切り傷が出来ており、血が頬を伝って顎から落ちていく。
「めっちゃ痛い」
「本日は帰りましょう! うぅ……ご主人様が……ご主人様が……!」
「いやこの程度は大丈夫だから。それよりあと2体だろ? ちゃんと依頼は完遂して帰ろうな」
日本では経験もしないような傷である。痛過ぎて今にも叫び出しそうだったがなんとか堪えた。狐月の前でみっともない姿は見せられないという男の意地とプライドである。
「コボルトも牙がいいのか?」
「はい。ゴブリンよりも良質な牙ですので少し高く売れます」
ゴブリンの牙と同じ要領でコボルトの牙を抜き取る。更にはついでに倒してしまったゴブリンの牙も入手する。
「さて、次だな」
コボルトの倒し方はやはりゴブリンと同じだ。しかし手痛い反撃を食らう上に見晴らしの良い草原とは違ってゴブリンの行動が奇襲になる可能性が高い。
蓮は頬の傷を服で拭うと歩き出す。そんな蓮を心配そうに見つめる狐月だったがすぐに我に返って後をついていく。
(ご主人様……大丈夫でしょうか……)
人の血を見て気分を悪くしていたくらいだ。こういう傷に不慣れなのは狐月も分かっている。蓮も内心ではかなり痛がっているが意地やプライドの方が勝ってしまっていた。
「っ! ご主人様!」
「あぁ」
狐月が再度気配を察知する。飛び出してきたコボルトだったが蓮がコボルトのナイフを躱すと同時にその首をナイフで切り裂いた。
「あれ?」
コボルトは一撃で首がスパンっと切れて絶命していった。こんなにもあっさりと倒せてしまって蓮はキョトンとしてしまう。
「ご、ご主人様今何を!?」
「い、いや……いつも通り切っただけなんだけど……」
予想外の威力が出てしまったようだ。例え全力で切ったとしても首を切断するまでには至らないのが普通。しかし蓮はそれをしてしまった。ステータスにもしや変化が、と思って確認してみる。
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【名前】赤城 蓮
【年齢】16歳
【性別】男
【種族】人間族
【Lv.2】
【体力】13
【魔力】10
【攻撃力】7
【防御力】5
【魔法攻撃力】5
【魔法防御力】6
【敏捷性】8
【特技】
なし
【魔法】
なし
【能力】
叛逆剣
反撃剣
幸福の縁
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「レベル上がってる……」
「流石ですご主人様!」
「これでもっと楽になるな!」
2人でハイタッチ。狐月の方はまだ変わらずだったが蓮のレベルが上がったのだからもう少しだった。
(あ、あれ……? ですがレベル2でコボルトの首を切れるんでしょうか?)
例えレベルが上がったからとはいえ所詮は2だ。急所とはいえいきなり絶命させるには至らないはずなのである。蓮はレベルが上がった際の強さの基準を知らない為に特に何も考えていなかった。
「狐月」
「は、はい!?」
「何驚いてるんだ……? まぁいいか。次のコボルトの気を俺が引くから後ろから倒してしまってくれ」
「分かりました」
最後の獲物だ。狐月に華を持たせたい、というわけではなく単純に蓮の方がレベルが上がったので危険な役を引き受けただけだ。
少し散策するがコボルトは見当たらない。現れたゴブリンをナイフで倒しながらコボルトの気配を感じ取ろうとする。
「すみません……見つかりません……」
「そうか……。んー……仲間が死んで警戒されてるとか?」
「いえ、コボルトは群れる習性はないはずです」
群れる習性がないということは仲間の危機察知能力は低いということである。事実、上級冒険者がコボルトを狩りまくったという事実はあれどそれでコボルトが逃げ出したという報告は一切ないのだ。
2人がどうしようかと頭を悩ませると狐月がようやく気配を察知した。本日最後にしてようやく見つけた獲物だ。当然やる気にもなるし逃す気はない。
「狐月、作戦通りに」
「はい!」
蓮が狐月の前に出る。狐月はその頼もしい背中にポーッと頬を赤く染めていたが後ろにいる狐月の表情など蓮には見えていない。
「ギギィ!」
草陰から飛び出してきたコボルトに蓮は目を見開いた。それは既にボロボロで今にも死んでしまいそうだったからだ。
コボルトのナイフを躱すと同時にナイフで二の腕を切り裂いた。コボルトはだらりと腕が下がってナイフを落とす。
「やぁ!」
反撃の手段はない。そしてナイフを持ち変える隙すら与えない。狐月のナイフがコボルトの首を切り裂いて大量の血を噴き出させる。鮮やかな連携で見事にコボルトは成す術なく倒れた。
「なんでボロボロだったんだ?」
「何かに襲われたのではないでしょうか?」
「それは見れば分かるけど……。この森ってゴブリン、コボルト以外に何か潜んでたりするのか?」
千木の森は森の中に入れば様々な魔物に出会える。それは蛇のような身体の長い魔物であったり蝶に扮した魔物であったりと様々だ。しかしそのどれもが力が弱く、森内で一番強いのはコボルトのはずなのだ。
「何か新しい魔物が入ってきたのかもしれません。一応ギルドに報告しておきましょう。追加で報酬が貰えるはずです」
「虚偽の報告とかやりたい放題じゃないか……?」
「人の命が関わっているんですからそんな酷いことしちゃ駄目ですよ?」
もちろんやる気はないが可能というだけである。こういうのを利用する人もいるだろう。
「まぁいいか。ひとまず帰るか」
「はい」
手早くコボルトの牙を剥ぎ取って千木の森を後にする。ボロボロになったコボルト、そして極端に数が少なくなっている。この2つの不穏な手土産を持って。