スナックとおぱんつ
カランカラン
「あらぁ、佐川さん。いらっしゃい」
入店を合図に目の前のカウンターにおしぼりが置かれる。
紺色のエプロンには皺一つない。
細長い指でグラスを手に取り、丸い氷がカラリと入る。
迷うことなく鍛高譚を手に取りなみなみと注ぐ一連の仕事には、改善の入り込む余地などない。
「ママ〜今日も来ちゃったよ〜ん」
「なぁに、その酔っ払いみたいな喋り方。これからでしょ」
キュッと上がる口角。
仕草の1つ1つに目を奪われてしまう。彼女からは、とても四十路を過ぎていると思える人間はいない。
「ママに酔ってるんだも〜ん」
町内で唯一の高等学校、安芸瀬戸高校で校長を務めて3年になる佐川は、このスナックきみえの常連客の1人だ。
はい、いつもの。といういつもの言葉と酒が何より嬉しい。
「乾杯〜」
「乾杯。」
店内に他に客の姿はなく、今日も1番乗りだ。
「最近いらっしゃらなかったから心配してたんですよ」
「文化祭に向けた準備がさ〜、色々あるんだよね〜」
背中で聞きながら、おつまみの準備を手際良く進めていく。
「2学期は生徒の気が緩んでるからな〜。
だからまず文化祭でまとまって貰わなきゃならんのだけど〜」
「地域の方たち沢山来ますもんねぇ」
グラスの隣に筑前煮が置かれると、醤油と鰹節の香りが漂ってきた。
「ママも来るもんねぇ」
そう言って笑うと、一口大の人参を頬張る。
よく煮込まれて柔らかく、出汁の甘味がちょうどいい。
「もちろん!今年も行きますよぉ」
「やっぱり絶品だねぇ。
ところで、のりちゃんはまだ〜?」
「のりこは、、もうすぐ来ると思いますよぉ」
カランカラン
「ママー!遅くなっちゃってごめんなさい^^汗」
「噂をすれば!」
「も〜待ってたよ〜のりちゃん」
少し乱れたショートカットの隙間から白いピアスを覗かせた女性が、小走りで入ってきた。
「先生ー!今日も1番乗りですね^^」
そう言うと奥の部屋へと入っていく。
佐川はその姿を見送ると、にこやかな顔でグラスを空にした。
すぐさまおかわりが注がれる。
新たに満たされたグラスが置かれると同時に、淡色の黄色いエプロン姿が厨房に加わった。
「そうだそうだ。今日は良いことがあってね〜」
「あらぁ、良縁の話ですか」
「それはないんだな〜。ママがいるからね〜」
「ママはみんなの恋人ですからね^^」
「花壇の手入れをしたんだけど、朝早くに登校してた生徒に頼んだら快く手伝ってくれてな〜」
「あら?あの花壇使ってるんですね?」
「ママの頃も使われてなかったんですね^^?」
「2学期から新しく生徒会長になった子が、もったいないからちゃんと使いたいと申し出てくれてな〜」
「まぁ!良い子ですね」
「うちの子にも手伝わせていいですからね^^笑」
「まぁまぁ、まずはのりちゃんに、そしてママにもう一度、乾杯〜」
「乾杯。」
「乾杯^^」
3つのグラスが小気味良い音をたてた。
続いてコロッケが2つ出てきた。
プチトマトが添えられている。
「手伝ってくれたのが後藤くんって子なんだけどね、会長と仲良さそうだったんだよね〜」
「あらま!それは良縁ですね」
「後藤って敏夫ですか^^?」
サクサクっという音の次に、ホクホクっとした食感と豊かな甘味に浸る佐川はゆっくりと味わい、酒を口にした。
「コロッケは絶品だね〜!
後藤敏夫くんですよ〜。のりこお母さん」
「トシくんはお母さんに似て良い子ねぇ」
「勉強しないのに花壇の手伝いはしてるの^^!?
ほんっとにもう〜^^」
「のりこ、トシくんの良縁相手聞いときなさい。
未来の娘かもしれないわよ笑」
「生徒会長の子はね〜。。。えーっとね〜。。
ん〜。。分かんなくなっちゃった!!」
「えぇ〜^^!先生、お酒飲むとすぐ眠くなって分かんなくなっちゃうんだから〜^^!!」
きみえママは苦笑しながら水の入ったグラスを手渡し、ゆっくり飲むよう促した。
「まぁ、少し待ってあげましょ」
「でもね〜!◯△×#ジマさんのスーパーのとこの子のはずなんだよ〜!」
「んー、スーパー・キタジマかしら?
この辺でスーパーって言ったら、新しくできたショッピングモールかキタジマさんよねぇ」
「スーパー・キタジマ^^?
、、、凛ちゃん^^??」