玉ねぎとおぱんつ
翌朝も朝食の間、我が妹からの彼女いじりは続いたので、いつもより30分くらい早く家を出てきた。
今日は教室到着が1番かもしれないな。
その考えが頭をよぎると、達成してみたくなってくるもので、自然と足取りは早くなっていた。
正門が見えてくる。
いつもなら、竹刀を片手に1本ずつ構えた英語教師、スギヤマ=リック=ダイチこと、メタボが立っているはずだが、今日はまだ8時まで20分もあるせいかその姿は見えない。
竹刀を持つメタボは、みんなから『BASARA』と呼ばれている。
こればかりは、言葉の意味と正確に向き合っていると言わざるをえない。
早く本場の発音で、レッツパーリー!と言ってほしいものだ。
正門を通りグラウンドを脇目に下駄箱へと向かう。
「おはようございます!」
「おざーっす!」
「ざいまーすっ!」
「おはす!」
ランニング中の野球部員が、律儀に帽子を取り、わざわざ足を止めて挨拶する。
個人的には、おはす!が好きだな。
下駄箱に到着。
ここを見れば自分がクラスで何番目に到着したのかが分かる。
下駄箱には校内で履くための、校章のマークが印字されたスリッパが入っている。
もし誰かの靴があれば、今日は1番じゃないってことだ。
スリッパに履き替える時に、どうやら女子が一人、先に来ていることに気づいた。
ローファーと呼ばれる靴が光を反射していた。
今の気持ちを反映するかのような、曇りがちな空を仰ぐ。
なんとなく重い足取りで教室のドアを開けると、背の小さなポニーテールの女の子が振り向いた。
「後藤くん!?あっ、おはよ!早いね笑」
昨日から髪の束が半分になった、クラス委員の藤田凛がいた。
『おはす!』
「おはす!?笑」
『昨日は玉ねぎありがと。親と妹も喜んでた』
「いえいえ笑 お礼ならおじいちゃんに。
それより後藤くん今日は早いんだね」
『うん。。妹に玉ねぎが多いっていじられてさ笑』
「一個盗んだんじゃないかってこと?」
『そう笑 だから委員長と帰ったら、偶然キタジマさんの孫だったって話して』
「うんうん」
『そしたら付き合ってるとか、家族公認の仲だとか言われてさ』
「う、うん///」
『どんな顔してていいか分かんなくなって早めに出てきた』
「そ、そうなんだっ!それはー...あれだよね!
困るよね!そういうの!!」
『妹も親もイジるの好きだから笑
それもそうなんだけどー...委員長に聞きたいことがあってさ』
「ふぇっ!?///
あっ!日誌取りに行くからトイレいくからっ!」
そういうとあっという間に見えなくなってしまった。
仕方なく廊下と反対側の窓から外を覗き込む。
竹刀を振り上げて、朝の挨拶をするBASARAが見えた。
委員長、日誌をトイレで保管してるんだな。
俺も中学の時部室の鍵を、部室棟の柱に隠していつでも使えるようにしてた。
またやりたいな。
「おっ。後藤くんか?早いな」
振り返ると佐川校長が立っていた。
白い口髭をたくわえ、白シャツにアーガイルのセーターを着た、細身で年配の好々爺だ。
「時間あるなら、ちと花壇手伝ってくれ」
ついていくと、校舎の裏手にある花壇に道具が一色と、新しく植える種の袋、バケツが置いてあった。
「藤田くんが色々教えてくれてな、ちょうど種まきにいい時期なんだと」
『これから何を植えるんですか?』
「ん?あぁ...玉ねぎだよ」