名前とおぱんつ
初めてだ。
誰かと歩いて帰るなんて。
それも女の子となんて初めてなのに、意識しないわけにいかない時間を今日だけでどれほど過ごしたことか。
「なんで後藤くんは課題やらないの?」
『やる必要がないから』
「単位足りないと留年になるよ」
確かにシステムとしては、そういうものが整備されていることは知っている。
だが運用されていなければ、かつては栄えた炭坑の如く穴が空いて風化していく。
課題を提出しなかったから留年など聞いたことも体感したこともない。
『それよりさっきの卍ちゃん達は大丈夫?』
昼間の一件が嘘だったかのように、自然に喋っていることがしっくり来ない。
言葉を紡ぐほど不思議を感じてしまう。
「大丈夫だよ。だってもうすぐ3年生になればクラス替えもあるし」
『快楽と執念で生きてる人にクラスの壁とかないと思うけど』
「学年の壁も関係ないかな?」
『どういうこと?』
「課題出さないと進めないってこと」
おっと、これは。やられた。
委員長は思ったより頭がいい。と言うかキレる。
来年卍ちゃん達と同級生でいたくなきゃ課題しろと通達されたようなものじゃないか。
「進級する気あるの?」
『勝手にするよ』
山の中腹にある学校を出て、全生徒が通ることを余儀なくされる、通称【異臭坂】を降りきって国道に到達した。
きつい傾斜の坂に沿って、銀杏の木が植えられている。
落ちた実が靴やタイヤによってアスファルトに擦り込まれて、とんでもない匂いを漂わせるのだ。
「家どっち?」
黙って左を指す。少しの笑顔を返されて同じ方向に並んで歩き出す。
『委員長は成績いいよね。課題も出すし、委員長だし』
「委員長と成績は関係ないよ。課題出すのも。
まぁ、ちゃんと大学とか行きたいしね」
確かに大学を受験するなんて考えたこともないから、そうじゃない人間が課題をすることは当然か。
他愛ない話をしてると、商店街の入り口である交差点まで来ていた。
地元で1番車通りが多く、地元で1番人通りの少ない場所。
道路に沿って4つの店が鎮座している。
学生服の店。老人のための服の店。
こないだまで駄菓子屋だった店。
そして、あのスーパーキタジマだ。
『じゃあここで』
「え?帰る方同じでしょ?」
『キタジマ寄ってくから』
「じゃあ一緒だよ!私も!!」
声が一段と高く弾んだ。
俺が毎朝、言うことを聞かないムスコの為に思い浮かべる店で、だ。
なぜだ。
断る理由などないが断りたい。
全力で別行動したくなってきたが理由がない。
「おや、、凛ちゃん。おかえり」
ちょうど店先の掃除に出てきた老人が、こっちを見るや、そう言った。
「おじいちゃんただいま。あっ、待って、掃除は私がやるっていってるでしょー。もー」
スーパーキタジマの店主、おそらくキタジマさんに、委員長が小走りで駆け寄る。
「そーだった。おじいちゃん、お客さんだよ。
おんなじクラスの後藤くん。
ほら後藤くんこっち!」
会釈をして、おずおずと店に入ってしまった。
切り出したダンボールには、まばらに野菜や果物が転がっている。
目当ての玉ねぎは、、、
レジの前の二重ダンボールに積まれていた。
これは頼まれてる買い物なんだ。
選べるならジャスコに行ったさ。
選べるなら。。
「へー。後藤くん、結構詳しいんだね」
突然なんだよ。玉ねぎを選んでるだけじゃないか。
「ほぉ。キミは玉ねぎの見分け方を知っとるなぁ。よくおつかいに来ておるものな。感心だ」
思わず口角が上がってしまった。
『ど、どうも。あっ、こ、これ、お会計で』
委員長は、手際と愛想よく袋に玉ねぎを入れてくれた。
「一個オマケだよぉ。これもどーぞぉ」
さらに玉ねぎを手渡される。
これは母さん喜ぶな。
また笑みをこぼしてしまった。
店を出ると委員長が店先まで見送りに来てくれた。
「毎度ありがとうございました!またねっ」
『ありがとう。委員長もまた明日』
「後藤くんってさ。。。きっと私の名前知らないでしょ」
「凛ね!藤田凛。じゃあまた明日」
長くて短い一日が終わって、足の裏がなんだか疲れた。人のペースに合わせて歩くのって意外としんどいな。
、、、ん?
おじいちゃんがキタジマで、委員長は藤田なのか。