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日常の文学シリーズ

妖怪ラーメン

日常の文学シリーズ⑦(なろうラジオ大賞 投稿作品)


 時計を見ると午前1時だった。外は暗く、雨が降っている。

 不健康な生活をしているせいか、まったく眠れる気がしなかった。昼まで寝ているせいで、身体が今を活動時間と勘違いしているのか、お腹が減っていた。僕は眠るのをあきらめ、どこかに何か食べに出ることにした。ビニール傘をさし、じっとり身体を濡らすだけの雨の中、まだ明かりがついている店を探した。


 駅前に一軒のラーメン屋を見つけた。ラーメンは好物だ。あたりにほかに開いている店はなく、僕は吸い寄せられるように店に入った。店員さんの事務的な「いらっしゃいませ」という声を聞きながら、入り口で食券を買う。一番シンプルなラーメンにした。食券を店員に渡して席に座る。他の客はいない。店内には明るい曲調の流行歌がループして流れていた。昼頃の活気ある時間帯に合わせた曲なのだろう。雨降る深夜の雰囲気には合っていなかった。


 店内を上滑りしている曲を聴きながら、こんな時間にラーメンを食べる人なんていないのだろうと思った。そう考えると妙な気分になった。この店は僕のためだけに開いていて、僕のためだけに店員は働いている。僕のためだけの空間。なにか自由と孤独の混ざった不思議な感覚だった。


 いったいいつから僕は一人でこんな夜中にラーメン屋に来れるようになったのだろう。かつては両親と一緒に晩御飯を食べていた。決まった時間に食卓についた。好物が出たら喜び、嫌いな物が出たらどうやって処理するか考えた。行儀が悪ければ叱られた。僕はいつから一人でご飯を食べるようになったんだっけ。


 僕は今、好物だけを食べることができる。時間を気にする必要もない。行儀が悪くても誰も咎めない。昼夜が逆転した生活をしていることも、深夜にラーメンを食べる不健康な食生活も、誰にも何も言われない。いったいいつから、こんな風になったんだっけ。思い出そうとしたが、うまくいかなかった。


「どうぞ。味噌ラーメンです」

 そんなことを考えていたら、ラーメンがやってきた。時計に目をやると午前2時だった。

到着したラーメンは丑三つ時にふさわしく、どこか妖怪じみていた。

 これを食べたら、また一歩、何かから離れてしまう。そんな不気味さがあった。

 

 それでも僕は箸に手を伸ばした。立ち上る湯気と味噌の香りに、吸い込まれるように麺をすすった。

 その日のラーメンはぞっとするほど旨かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去、日常、家族……人はいつかあらゆるものから離れ巣立ちます。 それが門出であれば幸いであり、死別であれば忌むべきことです。 ”僕”が自由を得た代わりに失ったものは何であるか? また、失っ…
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