【五】彼の笑顔と父への驚き
商店街から1本路地裏に入るとそこには明治を思わせるような喫茶店がたたずんでいた。
真ん中には立派な木製の大きな扉に
その両隣にはずらりとステンドガラスの窓が沢山並んでいた。
店内のオレンジの明かりがステントガラスに
当たり薄暗い路地の壁に鮮やかで綺麗に反射していた。
カランっとドアベルの綺麗な音が喫茶店内に響く。
それと同時に厨房から顔を出したダンディーなおじ様は彼が話していたオーナー(父)だと思う。
「おや?大丈夫かい!?
2人共濡れて!それに“彼方”そこの綺麗なお嬢さんは
ガールフレンドかい!
今タオルを持ってくるから少し待ってなさい!」
となんとも面白いおじ様。ダンディーなお顔からは想像できない性格だ。賑やかで面白い方ねと少し笑ってしまった。
それに彼の名は“彼方”と言っていた。
あれ?どこかでよく聞く名前…どこで聞いたのか。
そう1人頭を悩ませていると、
隣で父に対し呆れている息子の姿が。
奥から大量のタオルを持ってきたおじ様に
「父さんこの子…。」と、
私の腕の中で少しほんの少しだけ震えている狐をおじ様に見せた。
「そうかい。よく来たね。この子少し預かるよ」
と狐の子の頭を軽く撫で私からこの子を受け取り
奥のドアへと入っていった。大丈夫なのだろうか。
あんなにも賑やかだった人が急に静かになると不安になる。
下を向いていると奥ドアが開いた先にはおじ様が顔を出していた。
「大丈夫だよ!僕に任せて!」
と、慌てた様子で奥へと戻っていった。
私を気にかけての行動だろう、大丈夫その言葉がとても今の私には安心する言葉だった。おじ様に任せよう…
私が今どんなに焦ってしまってもどうにもならないのだから。
すると上から声が降ってきた
「父さん今は喫茶店のオーナーだけどあれでも、
昔は動物病院で医院長として働いてたんだ。
なんでか今は喫茶店なんてしてるんだけどな。
おかしいだろ」
そう私に微笑んで肩に手をぽんとおいた。
「あったかい飲み物よういするからここ座って待ってて」
近くの席へと案内してくれた。
会って間もないけれどこの2人ははとても心の暖かい人だ。こんな人になりたいな…なんて思ったりもする。
少ししたら手に救急箱を持って現れた彼。
「あんた足怪我してんだろ?足だせ」
そう言いソファ席に座っていた私を通路に向き直させてしゃがんだ。
「いや!大丈夫!こんな傷大した事ないから!
それに手が汚れちゃう。帰ったら自分でやるからそのままで大丈夫!」
「うっさい。早く出せって」
口調とは裏腹に優しくまるで壊れてしまうようなものを持つように右足を持ち上げ、靴下をゆっくりと下ろした。
「お前なこの傷が大したことは無いは無いだろ」
ため息混じりに言う彼。
私も自分の右足を見てみると、確かにと思うほどの有様だった。
「出血量は多いがこの傷の深さだと縫わなくても良さそうだな。」
丁寧に優しく消毒をしてくれる彼。
強い言葉選びだけど所々に優しさが溢れ出していて口調はふわふわと柔らかい。なんだかよく分からない人。
「ん。これで大丈夫だ。安静にしとけよ」
「ありがとう。消毒も痛くなかった。」
「あたりまえだ」
そう言い救急箱に包帯を直してまた裏へと戻って行った。
綺麗に包帯が巻かれており消毒されていることも気づかないほど上手で手際も良くてどこかお母さんみたい。
少し経った頃珈琲を両手に持った彼が現れた。
私の前に置かれた珈琲からはま目の香ばしくて、
だけれどくどくもないとても落ち着く匂いがした。
「砂糖とミルクは?いる?」
「えっと両方ともほしい、です。」
「ん、わかった」
と笑って机に砂糖とミルクを置いてくれた。
「見た目通り甘いのが好きなんだな」
向かいの席に腰かけながらそんなことを急に言う彼。
「そう?そんなに好きそう?」
「あぁとても」
そう答えてブラックを飲む彼は意外だった。
「あなたは逆で以外ね、甘い顔をしてるのにブラックなのね」
そう口をした私に目を見開く彼。
「なに?からかってる?」
「いいえ?滅相もない。」
先程川で助けてもらった時もそうだったすぐ後ろにあった彼を見た時度肝を抜かれた訳はそれだった。
すごく甘い顔で整った容姿をしていた彼に、彼氏しか免疫の付いていない私には刺激が強すぎた。
なんて考えながらスプーンでクルクルとティーカップをなぞりながら混ぜる。
「珈琲冷えるから早く飲みな」
「ありがとう。ではいただきます。」
ひとくち口に含めば鼻から抜ける香り、味にも深みがあり苦味酸味甘みのバランスが良い。あとから押し寄せるミルクのコクも相まって最高。
先程おばあさんに頂いた珈琲も美味しかったがまた違う旨味のある珈琲だ。
「この珈琲凄く美味しい。大好き」
あまりの美味しさからこぼれ落ちる笑みを我慢出来ないまま彼に顔を向けた。
そんな彼は何かを言うわけでもなくただただぼーっと私の顔を見ていた。
「え?なにか顔についてる?」
「え?あ?
いや…そんなに美味しく飲んでもらえたら作りがいがあるなと思って」
と口元を抑えて笑っている。
イケメンは何をしてもイケメンなのね。
それにしてもぶっきらぼうかと思っていたが意外と
笑顔の多い仕草にも品のある人だな。なんて。
この人絶対モテる。恋愛キラーだとそう謎の確認を持った瞬間だった。
「なぁ、聞いていいか?」
カップを口元に運びながら申し訳なさそうに私に問いかけた。
私はこくんと頷いた。
「なんであんなにもびしょ濡れで橋の下で泣いていたんだ?」
おうおう…私の予想を遥かに上回ってぶっ込んできた彼の質問にカップを落としそうになった。
それに泣いていたところを見られてたのなら彼はいつからあの場にいたのだろうか。
彼は続けて、
「あんたが川に入って死ぬでしまうんじゃないかって思うくらい暗い顔してたから心配で遠くから見てたら、本当に川に入ろうとしたから驚いた。」
会って間もない彼にこの短時間で数々の迷惑と心配をかけたんだなと実感した。
「驚かせてしまってごめんなさい。
実は今日嫌なことがあって橋の下で雨宿りしながら考え事してたらなんだか悲しくなっただけなの。
死のうなんて思ってないから安心して。
それに悲しんでただけで泣いてないです!」
「そっか、死ぬ気がなかったのは安心した。」
そう微笑み返してくれた彼。
優しいな...
「けど、あれは完全に泣いてたな。
なんだったら号泣か?」
さっきの優しいは無しにしよう。
そこは普通スルーするだろ。泣いてないとおなごが言うってことは触れてほしくないということだと。
「…」
多分彼は腹黒い
「悪い悪い。嘘だってそんな怒んなよ」
そう笑いながら鼻をつついてくる彼。
距離感がバグってる。だめだこいつは自分が顔がいいのを気づいてやってるだろうなんて姑息なやつ。
「あ!そうだ。」
急に声を上げてた彼に少しまだ不貞腐れながらも目をやる。
「そう言えば名前言ってなかったな。
俺は“折坂 彼方”。以後お見知りおきを」
そう言いながら彼頬ずえをしてまた顔をじっと見てくる。あんまり見ないでいただきたい
「あんた柚江高校だろ?」
「いい名前ね。あなたのことなんて呼べばいい?
それになんで私が柚江高校って?」
「彼方でいいよ。なんでって同じ学校だからな」
え?同じ学校?同い年か?先輩?後輩?
見たことがない気がする。
「じゃあ...」
話し出した私の言葉を遮るように急に隣から
「えぇ!?じゃあ~彼方とは同じ高校だったの!それには驚いた!」
「うわ!びっくりした!」
おじ様の急な登場に腰が抜けかけた。
「お嬢さんお名前は?」
「私は明日見 舞梨です。柚江高校の2年です。」
「そっか!彼方とは同い年かい!これは何かのご縁だね」
そう楽しげに笑うおじ様。
「でも、えっと彼方、はなんでうちの制服じゃないカーディガン着てたの?」
「あぁ、一昨日まぁ色々あって制服が破られたんだ」
制服が破られるだと?
「大丈夫?もしかしていじめられてるの?」
「はは!舞梨ちゃん逆だよ逆!」
そう笑いながら答えてくれたが尚更はてなが頭に増えた。
「ん?この匂い彼方と舞梨ちゃんは違う珈琲を飲んでるのかい?」
同じだと思ってたけど違う珈琲だったんだこれ。
「あぁ、足怪我してたからなあんまりカフェインは良くないと思ってカフェインの少ない珈琲を入れた。」
見かけによらず人をよく見て気遣いのできる人なのね。
イケメンは顔だけじゃなく性格までイケメンとは抜かりない。
でも本当に嬉しい。そう心の底から思う。
「そうかいそうかい!」
「父さんさっきのあの子はどうだったんだ?」
彼方がそう聞くとおじ様は待ってましたと言わんばかりにドヤ顔をしまたドアへと戻って行った。
また再び扉が空いたとき、足元から白いふわふわの毛のあの子が走ってこっちまでかけてきた。
こそにはもうすっかり元気なったあの子の姿が、
私と彼方の顔を交互に見て尻尾を振っている
「「可愛い~~!!」」
2人共声が揃った。彼方はなんだか恥ずかしそうにしている。
「もうすっかり元気になってる!おじ様!ありがとうございます!」
私は勢いよく立ち上がり頭を下げた。
「そんなに頭を下げなくても」そう笑い私の頭を撫でてくれた。
私は席につき狐の子を撫でながら愛でていると
「それにしてもよくこの子が見えたね舞梨ちゃん!」
すると彼方が
「やっぱりそうだよな。見えるのか舞梨ちゃん?」
見える?なにそれ?あ、もしかして。
どさくさに紛れて舞梨ちゃん呼びをする彼方なんだか
してやられた気分だ。
「「見えるの舞梨ちゃん??」」
2人して声を揃え私の顔をガン見している。
もし私の思っている事と2人の“見える”の意味が合っているとすれば先程周囲から向けられた気味悪がるような視線が理解できる。
完全にやってしまった。
『私またやらかしました』
続〉~プロフィール~