【十七】秋の風物詩
あれから一週間が経って無事に退院した。
初めての入院生活時間が過ぎるのは早くて毎日彼方とお母さん達がお見舞いに来てくれていたので思っていたよりも1週間があっという間に感じた。
彼方はあの日から1週間変わらず、
秋桜の花束を持ってきてくれていて、目が覚めた時パンパンになっていた花瓶は途中で彼方により降格を言い渡され、喫茶店で長く眠っていた大きな花瓶が新たに昇格された。退院する前日にはプロポーズの時の花束を連想させるくらいの秋桜がいけてあった。
私は日に日に増えていく秋桜を毎日眺めるのが日課になり、少し空いた窓から秋風がそよいで金木犀と秋桜の可愛らしいほのかな甘みのある香りで病室が満たされて毎日が幸せだった。
本当かはわからないけれど、秋は寂しい気持ちをより一層強くさせる季節だと昔から言われていて、少しでも気が和らぐよう匂いのある花が咲くのだと聞いたことがある。
実際金木犀の香りと秋桜の香りで私はこの一週間満たされていたので事実なのだと思う。
1週間はあっという間だったが秋の夜は長くて香りで満たされていたがやはり夜になると1人寂しい気持ちに拍車をかけていた。
そんな時にふと読書の秋というキャッチフレーズの書かれていたポスターが目に入ったのだ。
なぜ読書の秋と言われているのか…
それは長い秋の夜、一人で過ごしやすい気候の中ゆったりと出来る時間を読書に当てよといった中国の詩人の漢詩から伝わったとされている。
なぜそんな漢詩が出来たのかがよく理解出来た。
なにか手がかりがあればそんな気持ちで読み始めた読書も気がつけば色々読みあさりあっという間に1週間で15冊も読み切ってしまった。
若者の活字離れなどニュースでも見かけるが案外活字に触れることもわるくない。人生を豊かにする娯楽だと改めて感じた。
………………………………………………………………………………
そんな私も今日から久しぶりの学校が始まる。
私はリビングで朝食を食べている。今日のメニューは私の大好物の母特製ピザトーストとアボカドのサラダだ。
病室とは違う住み慣れた場所で食べる朝食は格段に美味しい。
そんなことを思いながらピザトーストのチーズのを伸ばしながらボーッとニュースを眺めていた。
「あれ?舞梨こんな時間まで朝食食べてて大丈夫なの?」
「え?今何時?」
「今何時って見てるニュースの左上にずっと時間書いてあるでしょ。なにお間抜けなこといってるの。」
「えぇ!もうこんな時間!」
学校の支度も1週間もしなかったら体内時計は狂いいつもの段取りも案外忘れるもので、朝からあれはどこだこれはどこだと慌てて朝から支度をする。
大慌てで支度を終えて玄関で新しく新調しなおしたシューズを履いて大きな声で母に声をかける。
「お母さんいってきまーす!」
キッチンで洗い物をしていた母が手を止めて廊下まで顔を出してくれた。
「なにかあったらすぐに電話してね。すぐ駆けつけるから。」
「うん!ありがとう。じゃ!いってきます!」
「いってらっしゃい!!」
重たい玄関の扉を押し開けて庭に出る。
この前まで緑で覆い尽くされていた庭も、季節が変わり秋になり灰色がかったフィルター越しで見るような暖色に変化していた。
本当に不思議よね。
季節によってこんなに同じ色でも違うように見えるなんて。
少し庭を進み道路へ続く門扉を開く。
「おはよ。」
そこにはチャコールカラーにオーバーサイズのカーディガンに身を包まれて寒そうにポケットに手を突っ込んでいる彼方の姿があった。
「なんで彼方うちの前に!?」
「丁度早く目が覚めたし心配だったから迎えに来た」
「寒かったよね。彼方の家から遠いのにここまでごめんなさい。」
「なんで舞梨ちゃんが謝るの。
俺が勝手に来たくて来ただけだから気にすんな。」
彼方はいつだって私を悪く言わないし自分の行動を棚に上げるような発言をしない彼にいつも驚かされる。
当たり前だと言われるとそうかもしれない。でも当たり前の事を当たり前に出来る人は意外と居ない。
からかいついでに本音を言う人もいれば、
ことが過ぎてからあの時とつい口にする人だっている。
その人が悪い訳でもないしそれが人間の本質なのだろうと私は思ったりもする。
それは彼方には全くない。
「ほれ早く行くぞ。このままだと遅刻すんぞ。」
そういい少し先を歩き勧める彼方。
その歩く歩幅は彼にとっては小さいものでいつもこうして歩幅を合わせてくれている彼方には感謝しかない。
少し駆け足で駆け寄る。
久しぶりに彼方と登校する。
あの一件解決した訳では無いけれど少しだけでも前のようで戻れたようで凄く嬉しい。
彼方との通学路はあっという間に学校の目の前に着いた。
「なんだか緊張するね…」
「確かにな気を張ってかないといけないな。
いつ何があるかわかんないからな。」
「そうだね。」
「大丈夫だ。俺がついてる。」
「もうあんな思いはさせないから。」
彼方は私の肩を力強く抱えた。
「ありがとう。私も彼方を守るからね!」
「あぁそうか笑
そりゃあ大変心強いな」
「ねぇ?ホントに思ってる?」
「思ってる思ってる」
綺麗な細長い指で口元を隠すようにしてケラケラと笑う彼方。馬鹿にしてるようにも感じるが気にしないでおこう。
それにしても久しぶりの美少年。
目にいいのか悪いのかわからない。
言わずもがな、破壊力は大だ。
「やべ、もうこんな時間。急いで教室入ろう。」
「ほんとだ!急ごう!」
いつもの彼方を取り囲む女の子たちが居ないと思ったら時刻はもうチャイムがなる5分前を指していた。
そりゃ校庭には誰もいないわけだ。
うちの高校は作りが変わっていて校庭から校舎までは遠く、同じ学年でもクラスごとに棟が変わっていたり授業によっては校舎をあちこち移動しなくてはならない。
元々私と彼方は同じ棟で今日は運良く2人とも移動教室ではないので私たちはダッシュで教室に向かった。




