【十六】ぬくもり
「婚約の証だろう。」
「ちょ、ちょっとまってよ!婚約の証って!
確かに昔の書物で見かけた事も祖母からも聞いたことあるけどこの現代でそんな話聞いたことがない!」
「あぁ、そうなんだ。平安時代を初めとして書物でも数は少ないが妖、神と婚約した話がいくつもある。時代は変わって江戸時代では多く見られ婚約の話は書物でも語り継がれてきたが俺も今この現代で聞いたことがない。」
「それに婚約の印として一般的に使われていたがその中でも生贄の印として使われていた話もある。だから舞梨ちゃんのその傷が婚約なのかそれとも生贄としての印なのかがはっきりまだ分からない。」
妖怪の書物が現代でも残っているように同じ時代妖怪と呼ばれる妖達や神様との婚約の話がいくつか残っており有名な話も数々あるくらいだ。
「でも、今回のストーカーからのこの一件。
"騎士”の仕業だとなった今回生贄としての可能性は低いとも思うが」
「実際平安時代後期の話、その村で信仰されていた水神様に生贄として捧げられた村の少女がいたそうだ。その少女は神に生贄としての印をつけられていたが、神がその少女を大変気にいり生贄ではなく婚約の印に変えたらしい。そしてその少女は生贄から嫁になりその神に尽くした結果徳を積み人神になって今も祀られているという話もあったりする。」
「そんな話があったのね。しらなかったわ。」
噛まれた左手に目をやる。今はあざしか残っていないと言うのにそんな刻印が刻み込まれているなんて。得体の知れない何かに体をぐちゃぐちゃに掻き乱されてる感覚が抜けず気分が悪い。忌々しいとすら感じてしまう
「これからどうしたらいいのか全く分からない。」
「今この段階では何も断定が出来ない。
ひとまず舞梨ちゃんは体を治すことに専念して、
早く元気になってくれ?な?」
そういい彼方は私の頭に手をぽんぽんと乗せた。
なんだかその手からは太陽のようなポカポカしたような温かさが伝わってくる。先程まで気分が悪かったのが嘘のようにスっと体から黒い幕のようなものが消えていくような感覚を覚える。
彼方ってば何者なんだろう。
ちょっと触れられただけなのにこんなにも安心感得られる人今まで居なかった。
「うん。そうね。
治らないと元も子もないものね。」
「あぁそうだ」
ベッドに全身を預けて頭を固定されてることをいいことに優しく頭をふさふさと撫でてくる。
頭を怪我している私を気遣って優しく撫でてくれるその手つきと温かさから心地よくて段々と瞼が重たくなってくる。
「だめ、寝ちゃいそう…」
この一言を最後に私は深い眠りについた。
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あれからどれくらいだっただろうか。
やけに病室が騒がしくてまだ眠たい私は瞼を開けるのを拒む。だけど一度耳に入ってしまったらもう深い眠りには付けなくて諦めて重たいまぶたをゆっくりと開ける。
「眩しい。」
目を開ければ病室の蛍光灯が着いていた。
先程彼方と話していた時は夕日が窓から差し込んで病室をオレンジ色に照らしていてくれていたので蛍光灯は消していた。
「舞梨!舞梨!」
「目が覚めたのか!」
声のする方へ頭と視線を向ける。
「お母さん、お父さん。」
そうか目を覚ました時、彼方が先生を呼んでくれてお母さん達に連絡するって言ってたな。寝起きで頭の回らない私は先程の記憶を手繰り寄せる。
「目が覚めてよかったわ!もう!心配したんだから!」
「お前が目を覚ましたと先生から連絡があって、急いできてみたら意識を失ったように爆睡してるもんだから焦っただろう!」
お母さんは顔を真っ赤にして喜びバシバシと私の左腕をもう!と言いながら何度も叩く母に。
心配で気が気ではなかったと言わんばかりに額に汗を滲ませた顔色の悪い父。
「もう2人とも落ち着いてよ」
2人の顔を見てると笑いがこぼれてしまった。
相変わらず対象的な反応をするのはなにも変わっていない父と母。昔からそれがおかしくて小さい頃はケラケラと笑って2人の間に立っていたのを思い出す。
どんなけ2人にも心配をかけてしまったんだろう。
「お父さんお母さん心配をかけてごめんなさい。」
「いいのよ。もう2人して謝ってこないのよ!」
2人??
「そうだ。子は親に心配をかけるものなんだ。
目を覚ましてくれただけで嬉しい。2人共よく似たもの同士だな」
2人とは彼方のことだろうか?
「ありがとう。私も2人の子供として生まれてこれて私は幸せ者だよ」
想像していた答えとは違ったようで2人の顔がゆでダコのようにポッと赤くなる。
「お父さん達こそ似た者同士じゃない」
なんてくすくす笑う私にお父さんとお母さんは顔を見合せてお互いの顔の赤さにおかしいと笑いあっていた。
彼方もそうだったけどこうしていつもの様に接して私を笑わせてくれる人達が周りにいる事は幸せな事なんだと改めて感じた。
「そういえば彼方は?」
「彼方くんなら私達が病室に着いて少ししてから帰ったわよ。
私達が着くまで舞梨を1人にしとけなかったみたいでね。彼方くん相当自分のせいだと攻めてたわよ。
部屋に入るなり頭を下げて謝ってくれたのよ。」
「自分のせいでこうなったと心身に謝っていたよ。
でもな舞梨、彼方くんにも伝えたがお前たち2人は何も悪くないんだ。何も出来なかった俺たちが悪いんだ。親として当然な事を出来ていなかった。彼方くんに頼りきっていたんだよ俺たちは」
「悪かったね舞梨。」
父は私の肩をしっかりと持ちその手からは少しの震えを感じた。
「でもねお父さん、私はどうしても自分が悪いしか思えないの。今思えば助かる術はいくらでもあった。」
「あの日お父さん達に連絡してれば、学校をもう少しだけでも早く出ていたら、一人で帰るんじゃなくて彼方の仕事が終わるまで喫茶店で待ってれば、彼方に早く連絡してれば。って何が正解で何が間違っていたかなんて分からないけど少しは変わってたかもしれないって。」
「だからお父さん達が悪いわけでも、彼方のせいでもないの。私のとった行動が間違ってたの。その結果みんなに迷惑かけてしまったのが事実で本当にごめんなさい。」
「過度な反省なんて要らないのよ。それは舞梨だけじゃなくて彼方くんもね。早く体を治すことを優先して自分を責めるのはやめなさい。」
「うん。ありがとうお母さん。」
真剣に向き合ってくれた父と母の真剣な眼差しは心強い支えになった。
「にしても彼方くんとやらはよく出来た子だな。」
「え?」
「そうねぇ。本当にいい子で舞梨の事を大切にしてくれてる。それに舞梨自信が本当に彼方くんの事を頼りにしていて安心しきってるのがわかるわ。」
「俺でもわかる。この一件が起こる前、彼方くんの話を聞くようになって最近舞梨が学校に楽しそうに行っていると母さんから話を聞いた時はどんなやつだと思っていたが、こんなにも出来た子でうちの舞梨を大切にしてくれてるなんてな。」
「父さんたちは安心したよ」
「それにしても早く言ってくれれば良かったのに」
「そうだぞ舞梨!」
「言うって何を?」
「「彼方くんと付き合っていたこと!」」
JKのように友達の恋バナで盛り上がっているようなはしゃぎ方をして声を合わせる2人。
「ちょ、ちょっとまって!」
「「なに?」」
「私彼方と付き合ってないよ?」
「えっー!?」
そんなに驚いたのか天を仰ぐ母。
驚きたいのは私の方でいつどこでそう思ったのかむしろ聞きたいくらいだ。
「舞梨、お前彼方くんに振られたのか?」
「可哀想に!でもあんなイケメンくんでよく出来た子舞梨には勿体ないかもしれないわね。」
「ちょ、ちょっと。2人とも勝手に話進めて勝手に私を惨めにしないでよ!ただの仲のいい友達なだけで告白したわけでも振られたわけでもないの!」
「強がりか?」
「違うってば!もう!」
痛たたたっ。
急に体を起こしたからお腹に激痛が走る。
「てっきり付き合ってるのかと思ってたわ。」
「俺もだよ。病室に入ってきた時、舞梨が魘されていたのかして寝汗をかいていたのを彼方くんが拭いてくれてたんだが、なんだかふたりの取り巻く空気感が長年連れ添った夫婦みたいな雰囲気が出ていたからな」
「あなた達もしかしたら前世では夫婦だったのかも知れないわね。」




