04.Chitchat--活動カイシ?--
キーワード Chitchat・・・無駄話
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「調べるって・・・どうするの?」
綾乃が腕を組みながら瑞之江に問いただした。
「簡単なことさ。ナコさんと、写真について資料を集める。」
瑞之江は簡潔に答えた。
その声は自信に溢れ、怯むことなく堂々としていた。
だが、それを聞いた綾乃を含む一同は呆れたように彼を見つめた。
「まさかインターネットや、図書館で調べるつもり?
どう考えても今回の件に関する資料を入手できるとは思えないけど。」
里奈が苦笑しながら、皮肉たっぷりの口調で彼を問い詰める。
彼女の瞳には雀の涙ほどの軽蔑が、ちらほらと影を潜めていた。
「確かにそれは不可能だな。
今回は普段の行事や、生徒のトラブルとは全く型が違う。
つまり一般論で考えても何の糸口も掴めないわけだ。
ましてや資料や情報を収集するなんてある意味じゃ不可能に近い。
だから俺は裏手に考えてみた。
警察がやるような、ちょっと複雑なことをな。」
「まさか・・・。『聞き込み調査』とか言うなよ・・・」
先程まで背筋をしっかりと伸ばし、ゆったりと椅子に座っていた長篠が、ぐったりと肩を下ろし絶望的な声を上げた。
「さすが警視監の息子の、コージくん。
鋭いとこを突いてくるね〜。」
瑞之江はニヤッと笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
それから彼の直線状にあるホワイトボードに向かって、足早に歩いていく。
「長篠が言った通り、今回は聞き込み調査が最良の策だと思います。」
歩きながらどこか愉しそうに彼は話し出した。
「表が通じないなら、裏で使うしかない。
白が駄目なら黒を取るしかない。
つまり、普段使うことのない体力をフルに使って調べるしかないんですよ」
ホワイトボードにたどり着いた瑞之江は、手近にあった黒インキを手に取った。
そして、すらすらと細かな文字をホワイトボードに綴っていく。
今までぼーっと考え込んでいた一同は、授業を受けるときようにじっくりとホワイトボードを読み始めた。
その間にも瑞之江は休むことなく、右手を動かし続ける。
多少、文字が歪んでも彼は気にすることなく書き続けた。
「生の情報を手に入れようってことですねっ」
ホワイトボードの一番手前に座り、熱心に文字を読み進めていた弥栄陽介が呟いた。
彼の頬は微かに上気し、瞳はきらきらと輝きながら、興味深そうに文字を追っていく。
ふわふわとしたくせっ毛が彼が動くたびに揺れ動く。
まだどこかあどけなく、幼さの残る少年はいち早くホワイトボードを読み終えようと、必死になっていた。
「その通り。つか、弥栄、いつからここにいたんだ?」
文字を羅列している瑞之江がふと手を止めて、不思議そうに横目で彼を見た。
「酷いですよー、先輩。
初めからいましたよ。
葛西先輩達が生徒会室に来たときから。
昨日、先輩に頼まれた総会の資料をつくっていました。」
弥栄はすっと立ち上がり、教室の南東に置かれた古ぼけたパソコンを指差し、
続いてプリントの束を持ち上げた。
「確かにはじっこにいたから、気づかないのはしょうがないんですけど、
僕を幽霊部員みたいに扱わないでくださいよー。今まで委員会をサボったことはありませんよ?」
少々寂しそうな顔をして、弥栄はまた椅子に座り直した。
「悪りぃ。この教室の人数を数えるのは難しいからさ・・・」
「誰かさんのお陰でね・・・」
綾乃と里奈が冷ややかに、声を揃えた。
この生徒会室は50人ほどが裕に入る、多目的ホールのようなつくりをしている。
そこに模造紙や使い古されたポスターやゴミの山、電化製品を含めればパソコンから電子レンジまで、所狭しと置かれている。
そのうえきちんと整理しておけばいいものを、厄介ごとが嫌いな役員が乱雑にそれらの品々を積み上げるように置いたものだから、教室の隅々を見渡すことが非常に困難だ。
それゆえ、教室にいる人間の数を数えるのも困難になってしまったわけだ。
ましてや弥栄のように、1人で仕事をしていれば気づく者は少ないだろう。
綾乃いわく、
「この教室に殺人者がいても、きっと誰も気づかないだろうなぁ」
だそうだ。
(ちなみに彼女と里奈が度々そうじをしているが、一部の怠慢な役員のお陰で、いつも三日もしないうちに汚い生徒会室に戻ってしまうらしい。)
つまりこの生徒会室という所は壊滅的に汚れていて、誰がいるのかも分からない、言わば魔窟のような場所なのだ。
「その話は置いといて、先を進めろよ、一也。前もって言っとくけど、俺は絶対に聞き込みはパスだからな」
「はいは〜い、長篠くんは我がままを突き通すようなので、
みなさん深ーく理解してあげてくださーいっ。
副会長がこんなことも出来ないなんて、うちの学校大丈夫なんですかねぇ。」
仏頂面の長篠に瑞之江が大声で冷やかしを浴びせる。口元に浮かべた意地悪い微笑みが、まるで悪魔のようだった。
長篠はそれを冷たく聞き流し、怒りに震える両手首をぎゅっと力強く握り、黙って瑞之江を睨み付けた。
残った生徒会役員はその状況をため息をつきながら眺め、岡崎達は狐につままれたような顔をして、息もつかずに静かに見守っていた。
「…また俺に、恥をかかせたいわけだ?」
「いや、別に。
一言もそんなこと、言ってないぜ?
ただ『聞き込み』をやるって言っただけだ」
「どう考えてもそれは俺に対する嫌みだよな…。小二の時のことを、忘れたわけじゃないだろ?」
「小二…?
あらあら…長篠くんは未だにそんな過去のことを引きずっているんですか?
僕はとっくに乗り越えたと思いましたけど?」
瑞之江は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「乗り越えた?
俺が何を乗り越えるわけ?あれは一也が悪いんだろ」
長篠はその挑発を冷たく聞き流し、冷静に対処した。おだやかな微笑みさえ浮かべている。
だが、瑞之江はそんな長篠を面白そうに眺め、せせら笑った。
なぜならいくら大人びた態度を取っても眉間に深く皺が刻まれ、誰がどう見ても怒りに燃え上がっているのが明確だったからだ。
「あっそう…じゃあ俺が…」
「あの、先輩…」
激しく睨み合う二人を宥めようとしたのか、弥栄がぼそりと口を挟んだ。
「聞き込みのことで討論をするのは自由だと思うんですけど、今はもう四時なんですよ…。
このままずるずると時間を過ごしても、今日は何も出来ずに終わっちゃいますよ…?
ここに集まった意味がなくなってしまうし、岡崎先輩たちにも迷惑がかかると思います…」
彼はそれらのことを一気に捲し立てると、小さな背中をもっと小さく丸めて気まずそうに下を向いた。
瑞之江と長篠はあんぐりと口を開け、下を向いた気弱な後輩を見つめた。
普段はっきりと物を言わない弥栄が、珍しくはっきりと注意したものだから、二人とも怒りを忘れて驚いてしまったのだ。
さらに追い討ちをかけるように里菜が口を挟んだものだから、二人は黙って頷き先に進むことしか出来なくなってしまった。
里菜が一度、り出すと誰も手をつけられなくなってしまうのだ。
「えぇ…失礼しました…
話を元に戻しましょう…
聞き込みをどのように行うか、とのことですが、僕は二手に別れて行うのが最良だと思います」
「どうやってわけるんだ?」
今まで押し黙っていた岡崎が、面白そうに問いかけた。
「単純に写真担当と、ナコさん担当にわけるつもりです。
今のところ両問題に繋がりがあるとは思えませんから」
「なるほど。
つまり俺らの写真についても、柳川の海南子?の問題についても一気に取り組むってことだな」
「えぇ」
「ちなみに、それはそっちがやるんだろ?」
「はい」
「それなら俺らは用なしだ。
部活に戻らせてもらう」
岡崎は笑顔で頷きながら立ち上がる。
「そうするか、大会前だし、余裕ないからな」
葛西も埃がついたユニフォームを叩くと、ドアに向かって歩いて行こうとした。
「駄目です」
瑞之江が鋭い声で二人を呼び止める。
「始めに言ったでしょう?
先輩方に学校で起きているイタズラについて、理解して頂かない限りこちらでは何も出来ないと。
無駄に時間を割いたことは謝ります。
しかし、部活に戻ることは許しません。
話を最後まできちんと聞いて頂きましょうか…
見てれば先輩方はろくにホワイトボードを読んでいないじゃありませんか。
それでは困ります」
瑞之江は暗唱するように、一気にそれらを話し終えると、鈍く輝く瞳をギラつかせながら立ち上がった二人の肩を掴み、椅子に座らせた。
「話しは全て聞きましょうね?
何か文句があるならどうぞ、はっきりと述べてください」
独裁政治…
岡崎と葛西の頭にぼんやりと、そんな言葉が浮かんだ。