Green-Eyed Monster〜緑眼の公爵令嬢〜
――お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに
――こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし
――それをもてあそぶのです
◆
ああ! 神よ! 我が尊き至上なる神よ!
なぜ! なぜこの様な試練を!
何故私の娘に御与えになったのですか!
総てに祝福され産まれて来る筈だったのに!
何故総てに疎まれ! 呪われ!
忌避されるように御産みになったのですか!
ああ! 我が愛しきアナ!
どうか! どうか! 自らを呪う事無き様に!
幸せに! 永久に幸せに!
我が愛しきアナスタシア!
母は自ら主の下へ向かいます。
これ以上貴方を呪わぬように。
これ以上貴方を傷つけぬ様に。
どうか幸せに……。
我が尊き至上なる神よ。
我が愛しき娘へ、どうか祝福を。
どうか貴女自身が、自らを呪わぬ様に。
◆
……母の残した手紙を見る度、私は私として、存在して良いのだと安心できる。
ですが、こう思わずにもいられないのです。
何故。……何故!
――私を残して、行ってしまったのですか。
我が愛しき、唯一人の母よ。
◆
エリオット――
どうか私を、悪魔のように見ないで――
一人の少女が、或る少年にそう乞うた。
その少女を形容するならば――そう、冒涜的な程に美しいと、そう形容すべきか。
彼女は血溜まりの中に立っていた。
神々によって作られた夜闇よりも一層濃い暗黒の中で、まるで浮かび上がるように彼女の白髪と絹の夜着がぼんやりと浮かび上がっていた。
彼女の瞳は緑色をしていて、潤んだ目で少年を見ていた。
少年は震えそうになる歯の根を食いしばって、少女を睨みつける。
「君の事は嫌いじゃないよ。でも……」
伏せられる少年の目を、恋しげに見つめていた少女は、嘆くように息を吐いた。
「あぁ……。違うの。違うのよエリオット、これは……」
「結果が全てだと、そういうつもりは無い。けれど、これは余りに、惨いよ。惨すぎるよ」
少年が目を合わせず、そう告げれば。
少女はハッと目を開き、泣きそうになりながら微笑んだ。
「そう……、そうなのね。
エリオット、あなたの事は大好きだったわ。
お母様と、同じ眼の色をしているのだもの」
――其の意志を孕んだ目も。
ツゥーっと、彼女の頬に涙が伝った。
「なら、そうね。私はお母様との約束を守る為にも」
「ああ、そうだ。僕は信念を貫く為に」
――君を。
――貴方を。
二人は同時に、まるで厳かに宣言する様に。
「――殺さなければいけない」
そう、告げあった。
これはある悲劇の物語。
悲しき少女と、少年の物語。
◆
少女――アナスタシアが少年を見つけたのは、馬車の窓から見た露天の客の中からだった。
黒い焦げた茶色の髪の下には、楽しげに笑う顔があって。
彼女は何処かぼんやりとそれを眺めていたのだけれど、少年の細めた瞳を見てハッと息を呑んだ。
その瞳は紫色をしていたのだ。
「お母様と同じ色……」
呟けば、馬車に同席していた侍従達が身じろいだ。
声をかけたい。
そう思ったが、アナスタシアはそれも到底無理な事だと思い、彼の事を忘れようと頭を振った。
「お嬢様、どうかなされましたか?」
「いいえ。何でも無いわ、ユーヴェ」
とても長い付き合いになるユーヴェに、彼女はそう言った。
アナスタシアの幼少からの侍女ユーヴェは、視力が極端に弱い。
それはアナスタシアの父「セルライト公」の気遣いによるもので、彼女の眼に惑わされない為に雇った娘だった。
常に黒いベールを被った彼女ではあるが、彼女の瞳は冒涜的な神の贈り物であり、神眼と呼ばれる聖人たる証の一つでもある。
常人では――否、神に造られし者共では、その魔力に抗う事はできない。
だから視力が弱いユーヴェが、彼女の専属の侍女だった。
しかし、それでは不便であると贈られた眼鏡を付けているが、それは外の目に晒される時のみで、専ら二人きりの時は裸眼で過ごしているのだった。
そして彼女は、背が高い。
ベールと言えど、下から覗けば目が見える。
常に上から見る為に、アナスタシアに付けられる侍従は、皆背が高かった。
幸運なのはアナスタシアの身長がとても低く、彼女より背が低い者は早々いないということだろうか。
「ええ、本当に何も無いのよ」
ユーヴェはそれっきり口を噤むと、それきり黙った。
そうして静かに、馬車は進んでいった。
アナスタシアが次に少年を見たのは、戦争の時だった。
大量の兵士の中、新兵として戦場に居たのだ。
アナスタシアは言うなれば、兵器である。
翠玉の様な緑色の目は嫉妬を司り、見るだけで人を惑わし、人々を疑心暗鬼に駆らせる。
軈て人は殺し合い、遂には一人も残らないのだ。
その効果は戦争の様な対多人数には非常に効果的で、彼女が産まれてからこの国は常勝である。
必勝の女神と呼ばれているが、その実「緑の眼をした怪物」と呼ばれているのをアナスタシアは知っていた。
その日も、そうだった。
近年では戦争国も馬鹿ではなく様々な対策を講じていたが、一つだけ絶対に対策できない状況がある。
夜の闇の中である。
猫の眼の様に爛々と暗闇に光る目が、ぼんやりと光の筋を作れば。
兵士は皆殺し合う。
悲鳴と怒号、嘆く声が上がれば。
血溜まりには、彼女ただ独り。
何時もの様にボンヤリと血の泥に視線を落とし、ユーヴェにケープを掛けてもらっていると、後詰めの部隊が到着する。
護衛兼処理部隊の様なもので、彼女の支援をする部隊だった。
彼らは口々に愚痴雑言を吐き出しながら後処理をする。
公爵令嬢の目の前であると、気遣っていたのも遠に昔の事で、アナスタシアが何も言わないのをいい事に兵士達は悪態をつく。
その中に、少年――クリストはいた。
「これは、君がやったのか?」
彼は火に照らされた紫の瞳で、アナスタシアを真っ直ぐに見つめながら言った。
アナスタシアは、ああ、またか。
そう思うだけだった。
また、言われるのだ。
私だって、こんな事したくは無いのに。
けれど、彼は違った。
「なんて、惨い。可哀想に、大丈夫だった?」
そう、彼女を心配したのだ。
今迄、家族以外にこんな事を言われたことが、あっただろうか?――
彼女を気遣い、慰めてくれる言葉を掛けてくれる人が。
ふと気づけば、彼女は泣いていた。
それが、アナスタシアとクリストの出会い。
馬鹿みたいで、唾棄するような。
幸せになれる訳がないのに。
なんで、私は喜んでしまったのだろう。
◆
それから度々、アナスタシアはクリストの元へ訪れた。
アナスタシアは敬虔な神の信徒で、奇しくもクリストもまたそうであった。
共に協会へ足を運び、共に祈りを捧げ合った。
その頃には同盟や条約も締結され、戦争なんて殆ど無い様な平和な時代だった。
彼は自警団を組織し、日々都市の平和に尽力して。
彼女は侍女のユーヴェと穏やかな日々を過ごしていた。
穏やかな日々の中、恋心の種とも言える様な。
そんな朧気な気持ちを育て合う、幸福な日々だった。
若しこの日々が続いたとして、アナスタシアとクリストは結ばれたのだろうか。
きっとそれは困難で、無理難題とも言える過酷な道のりだっただろう。
それは茨の道を往く様な。
燃え盛った炭の道を歩く様な。
けれどその先には、温かい暖炉の火の様な幸せがあったのだろう。
穏やかに、日々が進めば。
「アナ、どうしたんだい?」
クリストが物憂げなアナスタシアを見て、彼女にそう問いかけた。
アナスタシアは苦しげに微笑んで、それでも首を横に振る。
「何でもないのよ。大丈夫」
「僕に聞ける事ならば、話してくれ。僕はそれを聞いても、君を軽蔑することなど無い」
「それは分かってるわ。でも、話せないの」
「なら、神に話すといいよ。誰かに話すだけでも、心はずっと楽になる」
アナスタシアはここで漸く、心から笑うことができた。
「大丈夫。祈りを捧げてさえいれば、私は大丈夫だから」
「そう、か?」
クリストはそれでも気遣わしげにアナスタシアを眺めていたが、彼女が話す気など無いと解ったのだろう。
「なら、いいさ。それより、こんな事があったんだ――」
クリストは無理に話を変えようと、自警団であった事を話し始める。
アナスタシアはそれに笑い、彼女も日々の事を話し始めた。
そして二人は笑い合い、自然と憂いは無くなっていった。
もし彼女が、ここで彼に話していたのならばどうなっていたのだろう?
共に逃げたのだろうか。
共に立ち向かったのだろうか。
真相はわからない。
既にルビコン川は渡ってしまった。
溢れた杯の水は、元に戻らない。
◆
結論から言えば戦争が無くなろうと、彼女に平穏は訪れなかった。
外なる敵がいなくなったとして、次に現れる敵はなんだろうか?
それは内なる敵である。
そして敵が現れたのならば、彼女に心休まる時が訪れる筈がなかった。
国内で最も脅威的とされていたのは、自警団の中に存在していた或る一派だった。
反乱軍の種火となる可能性アリ。
そう目されていたのだ。
然し、自警団は市井の民に絶大な人気を誇る。
反乱軍アリ、と自警団自体を捕らえる事はそう難しい事ではない。
しかし、その反響を考えれば。
出来れば、被害を最小限に抑えたい。
そう考えた者達が、自警団団長とかの美しい令嬢が恋仲――親しい関係と知れば、それを利用とするのは当然の事だった。
元より、貴族による血の力が弱まって来た時代である。
彼女の生家も、それに外れることはなかった。
「なに、簡単なことですよ。アナスタシア様。貴女にとっては、何よりもね」
「ッ――」
眼前の席に座る特徴のない男――参謀局からの来客と知らされていた男が放った言葉に、アナスタシアは絶句する他無かった。
セルライト公爵家屋敷にある庭園のガゼボで、彼女は真っ青な顔で手に持つ紅茶を震わせていた。
自警団に内在する過激派を殺せ。
その一言は、彼女の思考を止めるに相応しい言葉だった。
「な、何故……そんな事をしなければならないのですか?」
アナスタシアは視線を反らし、庭園の花を見た。
綺麗な紫色の花を。
季節は初夏、新緑が青々と美しい季節だった。
庭師によって注がれた水は、まだ葉に張り付いている。
陽光が水滴をキラキラと輝かせていた。
その光が、何故か酷く眩しい。
「クリストを、失いたくはないでしょう?」
「――ッ! 何故、クリストの名が出るのですか!」
「反乱の恐れアリ、ですよアナスタシア様」
男は煙草を取り出すと、煙草を机でトントンと叩く。
空々しい笑みが、男の顔に張り付いていた。
「内部の動きを、彼が知らぬ筈がないでしょう。
反乱の首魁と疑われても、仕方ないことです」
――疑わしきは罰せよ、ですよ。
男は煙草に火を点ける。
ジジジと、煙草が鳴いた。
「クリストは……クリストは違うわ」
「何が違うのです」
男が皮肉げに、口角を吊り上げた。
それだけは、心からのものに見えた。
花や滴、日の光と同じく。
「彼は本当に、神を信じていて。ただ、人々の為に……」
「私は無神論者なので」
アナスタシアは、キッと男を睨みつける。
男は涼し気にそれを流すと、紅茶を啜った。
「事実はどうでもいいのです。
あるのは只、罰するに値する疑惑のみでして。
そして其れだけで、人は死ぬに値する。
いや、してしまう。」
「……そんな、理不尽な」
――ええ、そうです。
男は、口から紫煙を吐き出した。
「世界は理不尽なんですよ。アナスタシア様」
それっきり彼女は、何も言えなくなってしまった。
葉の先に溜まっていた水滴が、葉陰に落ちる。
瑞々しい葉は、益々キラキラと輝いていた。
◆
蝋燭の灯火が照らす部屋の中、アナスタシアは手紙を読んでいた。
母から送られた手紙を。
彼女は手紙を丁寧に折り畳むと、便箋の中に入れて、大事に宝箱の中にしまう。
「お嬢様、そろそろお時間です」
彼女の背後で、ユーヴェが静かにそう言った。
アナスタシアは黙って席を立つと、ユーヴェの持つ丈の長い外套を彼女の手により羽織る。
「ねえ、ユーヴェ」
「なんでしょうか、お嬢様」
淡々と自らの職務をこなしながら、ユーヴェは応えた。
「お母様の願いは、正しいのかしら」
ユーヴェは、答えない。
ただアナスタシアの独白を、最後まで聞こうと真摯に耳を傾けていた。
「お母様の遺言は、呪いなのかもしれないわ。
数多の人を不幸にする、残酷な呪いなのかも……」
「お嬢様」
ユーヴェは外套の釦を全て締めると、腰を上げながらアナスタシアの瞳を見つめた。
ユーヴェだけに許された唯一の特別な行為だ。
「呪いの訳が無いのですよ。
母が娘に送った願いが、幸せを願う言葉が、呪いである訳が無いでしょう。
……そう、呪いであっては、ならないのです」
ユーヴェは微笑むと、アナスタシアを抱きしめた。
「きっと大丈夫です。きっと上手く行きます。
全て今まで通り、幸せに」
「……ええ、そうね」
アナスタシアは綻ぶように笑うと、ユーヴェを抱きしめ返した。
チラチラと蝋燭の火が揺れる。
ぼんやりとした二人の影を、蝋燭が壁へ写していた。
◆
けれど、嗚呼! けれども!
二人は出会ってしまったのです!
何故! 二人は出会ってしまったのか!
偶然なのでしょうか!
若しくは、神の悪戯? 悪魔の気まぐれ?
その影に、空々しく微笑む男がいたのかも知れません。
だけれど、きっと彼らの思惑は一緒でしょう。
哀しくも、苦く、切ない。
そんな味を、楽しみたかったのでしょう。
私は敬虔な神の徒でありますが、時々思わずには居られないのです。
ああ! 何故神よ! 私に試練をお与えになるのですか!
……私は今でも思い出します。
私の前で倒れていった彼の微笑みを。
あの胸が引き裂かれる様な悲哀を。
全てを失ったかの様な喪失感を。
私は一生、忘れないのでしょう。
◆
混素式駆動車に体を預けながら、一人の男が煙草を吸っていた。
帽子を被り長い外套を羽織った黒尽くめの男は、一見すると警察の様にも、役人のようにも見えた。
混素と呼ばれる物質が、人の目により知覚され、それを自在に扱う技術を得たときから人の歴史は大きく飛躍した。
今まで魔法や奇跡とされていたものは、混素技術と名を変え次々と混素機具と呼ばれる物を作り出している。
これから、戦争は千差万別に姿を変えていくのだろう。
「やあ、ダビドフ」
「……ホッビィか」
そんな男へ、ある青年が話しかけた。
男――ユーリは、嫌そうに顔を顰める。
反してホッビィと呼ばれた青年は、ニコニコと機嫌が良さそうに笑っている。
服装は、ダビドフとそう変わらない。
もし道端の人々が彼らに気を止めれば、きっと同僚と思ったことだろう。
事実、彼らは同僚であった。
不機嫌そうな顔をしたダビドフの隣へ並ぶと、ホッビィは煙草に火を着けた。
「『ラ・ベル作戦』は、失敗に終わったんだって?」
「……嫌味でも言いに来たのか?」
「とんでもない! ただ、何時も薄っぺらくて、胡散臭くて、豚の腹の皮のように張り付いた笑顔の君が、珍しく! 不機嫌だって言うから、見てみたくて来たんだよ」
「……糞が」
ダビドフは舌打ちをすると、腹立たしげに煙草を咥えた。
「全く、上層部も君も、女心というものを分かってないからそうなるんだよ。
同様に、恋する男心もね」
「それを排するように教育されたんだから、仕方ないだろう」
「まあ確かに!」
ホッビィは声を出して笑う。
益々、ダビドフの不機嫌さは増していった。
「下らん話しかしないのなら、帰るぞ」
「ああ、待ってよ。かの令嬢の行方を知りたくはないかい?」
「……なんだと?」
ダビドフは怪訝そうに、片方の眉を吊り上げた。
「報告では、両名ともに死亡と書かれていたが」
「ところがどっこい、衰えたと言えど公爵家、娘一人を逃がす力ぐらいはあったようだね。
彼女は今、一人の侍女と一緒に、隣国の教会で暮らしているそうだよ」
「……なんのつもりだ?」
うん? とホッビィは首を傾げる。
そして意味が分かったのか、彼は指先で煙草を飛ばすと。
「なに、借りは返しておこうと思ってね。
高いだろ? 君のは」
「……ふん。余計な世話だ」
ダビドフは煙草を地面に落とし革靴で踏み潰すと、駆動者のドアを開けて乗り込んだ。
それを見て、ホッビィは驚いた様に眉を上げる。
「なんだい、報告しないのかい? 出世狂いの君が珍しい」
「癪だが、お前の言う通りにしてみようと思ってな」
首を傾げるホッビィへ、ダビドフは窓から顔を出して言った。
「女心を学ぶのさ」
ホッビィは唖然と口を開けると、次の瞬間、腹を抱えて笑った。
「アッハハハ! ソレはいい!」
「俺はここで失礼させて貰う。帝国の敵は多いのでな」
そう言って、ダビドフは駆動車を走らせると、中央へと去っていった。
それを見送って、ホッビィは一人呟いた。
「ああ、そうだね。
彼女もそろそろ休むべきだ」
そう、彼女の人生は余りに波乱過ぎた。
母を亡くし、悪魔と呼ばれ、そして再び、最愛の人を亡くした。
もういいだろう。
暖炉にあたりながら安楽椅子を鳴らす日々が与えられても。
たとえ一生思い出す悲痛が為に、二度と恋をする事が無くとも、その傷が一生癒える事無くとも。
緩やかに流れる穏やかな日々を、安らかに天へ昇る時まで彼女が送り続けられる事を。
「ただ、祈ろう」
そう言ってホッビィは帽子をとり、胸に当てると真摯に祈った。
数秒ほど祈ると、彼は帽子を被り直し、中央へ背を向けて歩き出した。
「それにしても、まさか彼が自決するとはなぁ。
そもそも、殺し合うとは思わなかったよ。
あそこまで潔癖とは……」
困った困った。
ホッビィは如何にもと言わんばかりに溜息を吐くと、煙草を咥えて火を着けた。
「緑眼と団長が反乱軍に入ってくれれば、かなり楽に事が進んだって言うのにさぁ……。
そこまでとは言わないものの、国に対して反感を抱いてくれさえしてくれればねぇ……。
やれやれ、失敗した」
ホッビィは気障に首を振ると、すれ違いざまに袖口から煙草を一本、正面から歩いてきた女へ手渡した。
「――僕自身、男女の機微なんてよく分かんないからなぁ……」
ホッビィは――ホッビィと呼ばれる男は、夕焼けに向かって去っていった。
空々しい笑みを、その顔に貼り付けて。
煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである――