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第四章・悪夢と崩壊寸前

「ぬわっ!?」

 古びた真っ白な部屋中に、複数の驚いた声が響いた。室内には広田含む部活の部員仲間たちと、顧問の先生と、両親と和也と和義が立っていた。達也のベットのすぐわきには、町医者の山仲医師が立っていた。

――ここは、山仲医院か。

 達也はそう思った。山仲医師のそばには、達也の同級生にして友人の一人、山仲医師の娘辰子と、その母で山仲医師の妻響子が立っていた。

 達也の叫び声に驚いて、狭い病室の中にいた十数人が同時に叫び声をあげた。病室内はとてもとても狭かったので、全員やたら大きく聞こえた。誰しもが驚きのまなざしで達也を見る中で、広田が最初に口を開いた。

「び、びっくりしたぁ」

 全員が顔を見合わせ、そしてもう一度達也を見た。達也はベットの上で両手を前につきだし目を見開き、半身を起こしていた。うれしさのあまり、和也が思わず達也に抱きつきにいった。

「やめろっ!」

 室内が凍りついた。達也の拒絶の声と同時に、和也が達也のベットから転げ落ちた。ベットのそばの小さな棚に少し当たり、地面に倒れ込んだ。

 達也は今ふり払った左手で半身を支え、右手で顔を覆ってうつむいていた。達也は顔だけでなく体中汗だらけだった。呼吸が乱れて上半身全体が上下に揺れていた。

 和也はというと、一瞬何がおこったのかわからず床の上に転んだまま動かなかった。誰もが予知していなかったことだろう。達也が和也を拒絶するようなことは、今まで一度だってなかったはずだった。少なくとも広田と両親の三人以外は考えもしなかったことだった。

「兄ちゃん?」

 和也が顔を上げ、正座した状態で上半身だけまっすぐ伸ばして、もう一度達也を見ながら優しく声をかけた。それが精一杯だった。そんな和也の姿を横目で一瞬見た後、達也の揺れている体が急激に収まっていった。そして、顔を覆っていた右手をゆっくりと足の上に持っていきながら、疲れたような小さな声で達也がポツリとつぶやいた。

「和也、ごめん、ちょっと変な夢を見ちまって」

「兄ちゃん大丈夫だよ、夢はしょせんユメだよ。とにかく兄ちゃんが無事で良かった。本当に良かった」

 和也は涙目で達也に笑顔で応えた。達也は、一瞬しかめ面をしたがすぐに笑顔で応えた。

「ああ、そうだな、ありがとう」

 思わず作り笑いをした。和也をじっと見つめて達也は嘘をついた。ふっと後ろに立つ広田を見た。広田の表情が険しかった。もしかすると作り笑いだと気づかれているのかと思い、達也は思わず視線をそらした。


 その後山仲医院で簡単な検査はしたものの、念のために翌日大きな病院へ行って精密検査を受けたほうがいいことを告げて、山仲医師一家は病室を後にし、監督や広田以外の部員仲間たちは帰宅していった。

「本当に良かった、兄ちゃんが無事で」

 ベットの脇の椅子に座りながら、和也が安堵の言葉をかけた。

「もう大丈夫だから、一人にしてくれないか?」

 和也は座りかけた腰を止めて達也を振り返った。突然のその言葉の意味を、和也だけでなく広田たちもすぐには理解できなかったようだった。

「頼むよ、出て行ってくれないか?」

 達也はいつの間にか和也から顔を背けていた。和也が「どうしたの?」と言って達也の顔をのぞき込もうとしたのを、広田が止めた。

「和也、達也のやつは大けがをして疲れてるうえに、変な悪夢にうなされてたんだから、そっとしといてやろうぜ」

 と広田に言われ一瞬躊躇しながらも、和也は部屋の出入り口まで行き、達也をふり向いて見て、

「それじゃあお休み。また明日来るね」

 と言った。それに対して、達也が顔を上げて、

「また、明日な」

 と笑顔で応えた。だがそれも作り笑顔だった。和也が出て行ってから、両親も和義を連れて出て行った。

 最後に残った広田が出て行こうとしたとき、達也がポツリと小さな小さな声でつぶやいた。

「また俺は、生きてるんだな……」

 その言葉に広田が振り向かずにすぐに怒鳴った。

「また変なこと考えてるのなら、承知しねぇぞっ!」

 一気に叫んだ。振り返って達也を見ようとはしなかった。

 広田に、幼い頃に起こした事件以来自分がよく悪夢を見ることを話したのは、偶然の事だった。以前大きな病院に入院した時に、悪夢をまた見てその時に寝言でいろいろ言っていたのを聞かれて、和也たちの時のようにごまかそうとしたがごまかしきれず、渋々広田に話したのだった。それからというもの広田はよく自分に対して、厳しくも優しい言葉をかけてくるようになった。それは嬉しい半面、つらいと思った。悪夢の事だって、追いかけられていたところまでしか話していなかった。後半の事まで話すのは嫌だった。それは、今の状態を崩したくなかったから。無鉄砲なところもあるが心優しいこの友人の事だから、きっと大騒ぎするに決まっていると思った。だから、詳しくは話さなかった。全部話したことにして嘘をついてしまった。それでも違和感でもあったのか、もっと違う寝言も言ってしまっていたのかもしれないが、広田がちょくちょく悪夢の事とかを聞いてくるようになった。だから、一時期避けるようになっていた。すると、広田はその話をしなくなった。その代わり、いつも自分たちのそばにいてくれた。いつも一緒にいてくれた。本当はサッカー部に入りたかったのに、わざわざラグビー部に入ってくれた。広田は何も言わず、ただ、ラグビーもしてみたかったとうそぶいていた。達也にとってそんな広田は大事な親友だと思えた。だが同時に、広田に対して罪の意識が芽生える事にもなった。達也は決して自分の事は周りに話さない。広田にさえ話さなかった。どうしてもそれはできなかった。それが広田には気に入らないらしく、たまに口喧嘩をしてしまうこともあった。もちろん、和也のいない場所で。きっと、今のこの現状をチャンスだと思っていることだろう。だから広田はじっと待っているようだった。

 そんな広田の背中を何度も見てから、達也はまたポツリとつぶやいた。

「お前は考えたことあるのかよ? 自分がなぜ産まれてきたのか、何のために人間は産まれるのかを」

 広田が振り返るのとほぼ同時に、達也は布団をかぶって反対側の壁側を向いた。目をつぶって早く広田がいなくなることをひたすら祈っていた。広田はゆっくりと話しかけてきた。

「そんなこと、考えたことねぇよ。いや、本当は考えるべきなのかもしれないな。だけど、俺は考えない。そんなの考えたってしょうがないじゃないか。この世に産まれたいじょう、俺たちは生きなきゃいけない。誰のためとか、自分のためとか、そんなの人それぞれだけどさ、その、難しいことはよくわからないけど、ただ、生きるいじょうは自分に素直に生きたい、と俺は思う。だからお前にも素直に生きてほしい。愚痴だろうと何だろうと、何だって聞いてやるからよ、だから何でも言ってくれよ。言わなきゃ何も始まらないんだから」

「なんで野郎相手に、話さなきゃいけないんだよ」

「お前なぁ」

 広田はそう言ってにらみ続けているのか、何も話さず無言で立ち尽くしているようだった。どれだけ待とうがもう何も話さないつもりだった。

「全く、どれだけ頑固なんだよ。とにかく、またバカなまねを考えるんじゃないぞ」

 広田はそう言ってから病室を出て行った。

 広田が出て行った病室で、達也はベッドの上でうずくまり声を殺して泣いていた。静まりかえった病室に聞こえてくるのは他に何もなかったが、達也は自分の耳に、脳に何者かのささやく声が聞こえたように感じていた。

「素直になりなよ」

 達也は、耳を押さえてうずくまった。そして再び悪夢の時間がやってきた。

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