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第十九章・親友と罪への恐怖

 お菓子を食べ終わってから、中谷一家となぜか広田も山仲医師一家の家で泊まっていくこととなり、リビングの片づけやら食器の洗いものやら寝具の準備で各々仕事をしだしたころ、達也は一人リビングの部屋から離れて遠くバルコニーにたたずんでいた。

 達也は、左腕をバルコニーの手すりに置いて、右手で飲みかけのジュースの缶を持ったまま、空を見上げた。空には満天の星があるはずだったが、よく見えなかった。だけれど、そこに星があるかのように、達也は眺めていた。

「何を似合わないことしてんだ?」

 驚いて振りかえると広田が立っていた。

「なんだよ、広田か」

 そう言いながらまた同じ姿勢になる。広田が近づいてきて、達也の横に並んだ。

「別にいいだろ」

「誰も悪いとは言ってない。似合わないって言ったんだ」

「ちぇっ、ひでーやつ」

 そう言ってからジュースを一口飲んだ。

「なぁ広田、何度もしつこいかもしれないけど、俺のこと、まだ友達だと言ってくれるのか?」

「バーカ、そんな恥ずかしいこと何度もいわねぇーよ」

「そうか……」

 少し寂しそうにまたジュースをチビッとだけ飲む達也。広田は先ほどと身体の向きを変えて答えた。

「親友に決まってるだろ、バーカ」

「そっか、ごめんな」

「あのなぁ、なんで謝るんだよ?」

 そう言いながら達也を見た。達也は不思議そうに広田を見た。

「親友なんだから、そんなものいらねぇよ。親友なんだからジャンジャン迷惑かけていいんだよ。もちろん俺も迷惑をかけさすときもあるけどな。ただし、金の貸し借りなんてのはなしだし、ものには限度があるからな」

「じゃあ俺いいや」

 達也は子供のように、プイッと目をそらした。

「てめぇ!」

 すると達也は笑いながら広田を見て、

「冗談だよ冗談」

「全く、冗談が過ぎるぜ」

 二人は笑いあった。ひとしきり笑ってから達也が広田に質問をした。

「なぁ広田、今後俺は、いやもしかすると、俺以外のもう一人の俺が迷惑をかけることになるかもしれない。それでも変わらず一緒にいてくれるか?」

「そうだな、お前にふさわしい恋人でもできるまでは、いてやるよ」

「えっ、恋人ができたら、別れるのか?」

「バーカ、そういう意味じゃねぇよ。言葉のあやだ、言葉のあや」

「そうか、それなら良かった。とりあえず今一番信じられるのは、お前と和也と和義と山仲先生なぐらいだからさ、なんか不安になってな」

「全くしょうがないやつだなぁ。さっきも言ったろ、お前の愚痴ぐらいなんでも何度でも聞いてやるって」

「そうだったな。ごめん」

「なぁ達也、そういやずっといなかった間、ゴミあさりとかしてたって言ってたけど、夜なんかはどうしてたんだ?」

「昼間にあのホテルで寝てたんだ。で、夜になって町へ行ったり森で木の実見つけたりしてた」

「お前は野生児か」

「確かに今思えばそんな感じの生活してたな」

 そう言ってジュースを一飲みしてから、急に神妙な顔つきで広田に聞いた。

「なぁ広田、もしも今の俺が本当の達也じゃなくて、基本人格が本当はいて、お前のことも和也のことも忘れていたら、そのときはどうするんだ?」

「何言ってんだよ、今のお前が基本人格に決まってるじゃないか。変な想像するなよ」

「でも、もし」

 そう言ってから達也は視線をおとした。

「お前って、実はそんなに気が弱かったんだな」

「えっ」

 達也は思わず顔をあげて広田を見た。

「これからももっと素直になれよ」

「なんだよそれ」

 そう言ってそっぽを向く達也に、広田はさらに話しかけた。

「もし万が一にも今のお前が消えて、本当の基本人格が現れたとしても、俺はお前の親友だし、和也だってお前の弟のままだ。やり直せばいいだけさ。まぁ、お前が基本人格じゃないとは思えないけどな」

「そうか、でも、それはそれでなんだか寂しい気がするな。わがままかもしれないけど」

「お前はお前だし、基本人格がもし現れても、そいつは今のお前とは別物だよ。俺たちは、今のお前を忘れたりしない。それにきっと、お前は消えたりしないよ。基本人格の中に、お前は生きてる。そう俺は思うぜ」

「そうか。忘れないでいてくれるのはありがたいな。俺が消えても、俺が生きていたことを忘れないでほしいな」

「達也、もっと自信をもてよ。お前は良くやってたよ。今までずっと兄貴していた。だから、お前は消えない。絶対に消えたりしないって。まぁお前が消えたいって言うんなら、是が非でも止めるけどな」

「ありがとう、広田」

 そう言ってからまた視線をおとし、庭を見つめる達也。その様子が少し変に思ったのだろう、広田は達也に聞いた。

「どうした?まだ、なにかあるのか?」

「実は幼児期の頃、断片的な記憶しかないんだけど、夢の中でとか意識が飛んでるときに、別の人格と約束したことがあるんだ」

「約束?」

「ああ。もちろん、今はそんなこと思ってはいないんだけど、俺さ幼児期の頃、ずっとこんな想いや痛くて苦しい想いなんてしたくないと思ってた。ずっと願った。でもさ、一番いい方法があると思ってしまった。弟も父親も母親も消えてしまえばいいんだって」

「おいおい、それって」

 達也の首筋に広田の鼻息がかかってきた。

「ああ、死んでしまえばいいのにって思ってた。誰か自分の代わりに殺してほしいって願ったんだ。何でも言うこと聞くからって。バカだよな、ほんとガキだったよ」

「バカだなぁ、そんなの、俺だって思うことあったさ」

 広田のその言葉で達也は振り返った。すると広田はほぼ同時に、天空を眺めながらポツリとつぶやいた。

「まぁ、今もあんまり変わらないけど」

「親父さんのことか?」

「まぁ妹が悲しむからしないけどさ。ただ、いつか妹と二人であんな家、出てやるんだ。きっとな。それが俺なりの、やつへの抹殺計画さ」

「すごいな広田って」

 広田が驚いて達也を見た。

「はぁ?なんでだよ?」

 と広田は反論した。達也は、少し恥ずかしそうに天空を見つめながら話した。

「だってさ、ちゃんと自分の将来を見据えてるじゃないか。俺なんて全然だ。やっぱりまだ自分のことでいっぱいで、本当は周りのことを考えてる余裕なんてないんだ。親父に似たんだろうな。和也はいつだって自分のことと他のことと一緒に考えられるのに。今回だってそうだろ? 結局俺は逃げるしかできなかった。けど、和也は和也なりに一生懸命考えてた。まぁ、なんだか変なぎこちなさが出てしまったらしいけど」

「結局逃げようとしてたけどな」

 そう言いながら広田も天空を仰いだ。

「いや、あれは和也自身の意志じゃなかった。夢遊病みたいなものだったんだよ。やっぱり和也はすごいよ」

 そう言ってから物思いに天空を見つめたまま黙った。広田も天空を見つめてボソッとつぶやいた。

「俺からすればお前もすごいよ」

 そのつぶやきを達也は聞き流した。反論したかったが、言っても無駄なことはわかっていた。広田は決して適当な事は言わない男だった。ましてやお世辞なんて言えるような男ではなかった。逆にその正直さがもめる元になるのだが、自分を正直にさらけ出す広田のことを達也は尊敬していた。だから、広田の言う言葉は基本素直に聞き入れることにしていた。

 少しして達也はうつむいて話を戻した。

「でさ、話を戻すけど、その約束のことだけはずっと覚えてたから、あの火事のこともすんなり受け入れられたんだ。家族もろとも死のうとしてたんだって」

「なるほどね。でも実際は違ってた。まぁ、心で思ってても実際にやるなんてことしないよな」

 そう言って達也を見つめた。達也はそんな広田を見てからボソッと小さな声でつぶやいた。

「何度かあるんだよ、寝てる母さんの喉元にカッターナイフを刺そうとしたこと」

 驚きで広田はその場で固まってしまったようだった。しばらくの沈黙の後、少し息苦しそうにしながら話しかけてきた。

「それを、おばちゃん、たちは?」

「知らない……と思う」

「思う?」

「一度だけ誰かに止められたような気がするんだ。それが和也だったような、婆ちゃんだったような、親父だったような、よくわからない。それにさっき母さんが言ってた夢で殺されそうになったという話、あれって夢じゃなく本当のことなのかもしれない。もしかしたら母さんたちは知っているのかもしれない。ただ、知ってるんだとしたらなぜ話してくれないんだろう?俺を怖がってるんじゃないだろうか?」

「ばっかやろうっ!」

 なるべく声を抑えながら広田は叫んだ。

「たとえ知ってたとしても、今日の様子を見ていただろう? 怖がってるように見えなかったじゃないか。ずっとおばさんたちは、自分たちのしでかした罪に怯えながらも、お前のことを心配してたし、和也だって同じじゃねぇか」

「そうだよな。けど、俺もしまた、同じことをしようとしたらどうしょうと思って……実際和也のときはしてしまった。ジムから蹴落として大けがを負わして、死にそうな目にあわせてしまった。脳に障害が残るようなことをしてしまった」

 達也は震えながら自分の身体を両手で支えた。

「俺は俺の中にある心がまだ怖いんだ、あの日、森の中で出会った少女にしたように、俺はまた誰かの首を絞めてしまうんじゃないかって、怖いんだ、怖いんだ、ひどく、ひどく……」

 それはまるで産まれたての小動物のように、がたがたと震えだした。広田は困惑しているようだった。顔色が悪くなってきていた。達也は森でのことを話すべきではなかったと今更後悔した。

――広田に嫌われた。怖がられた。きっともう俺のことなんか見ない。広田が離れていく。だったらいっそ、

 達也がバルコニー下の庭を横目で見ようとしたとき、広田が話しかけてきた。力強い声で、達也の心をわしづかみするように。

「だったら、いつでもうちに泊まりに来いよ。和也も一緒でいいからさ」

 達也は震える体を支えながら広田を見た。いつになく真面目な顔で言い放った広田の顔には、どこにも怖がっているような部分はなかった。むしろ笑顔で達也を見ていた。広田は真面目な口調で話を続けた。

「たまにはあの家から離れるのも大事さ。なんだったら退院後すぐにでもしないか?お泊まり会したいねって昔言ってたよな」

「けど、いいのか?今お前の家」

「いいっていいって。むしろ来てくれ。俺が親父を殺さないよう見張っててくれよ」

 あぜんとして広田を見つめる達也だったが、次第に身体の震えが収まり、そして少しほほ笑んでから答えた。

「全く、お前って本当に面白いやつだよな。だいたいそんなの根本的な解決にならないじゃないか。いつ何時俺に殺意がうまれるかわからないのに」

「だったら俺が泊まりに行ってやる」

 そう聞いて、更に笑いながら達也が言い放った。

「えー嫌だね。女ならともかく、なんで男を連れ込まなきゃならないんだよ」

「いいじゃねぇかよ。一緒に泊まって裸のつきあいをしようぜ。もちろん風呂で」

「全くしょうがないなぁ、じゃあそれでいいよ。お前が俺をとめてくれ」

「俺んちに泊まるのか?」

「違うよバーカ」

「えーなんだよそれ。バカって言うなよバカって」

 そう言って達也と広田で笑いあった。いつものように。だけれど今までと違って、本当に心から信頼しあった笑いだった。

――俺は、広田についていっていいんだよな。広田のそばにいていいんだよな。

 そう達也が思っていると、広田が言ってきた。

「だからさ、俺のそばにいていいんだぜ」

 達也は驚いて広田を見つめた。それが変だったのか広田が不思議そうに話しかけてきた。

「なんだよ、その鳩が豆鉄砲くらったような表情はよ」

「やっぱりお前ってすごいよ」

「なんだよそりゃ、またからかっているのか?」

――本当さ。お前はいつだって俺がほしい言葉をくれる。いつだって。だから約束する。これからはもっとちゃんと素直に自分をだす。だから、

「これからよろしくな広田」

 今度は広田が、鳩が豆鉄砲くらったような表情をして立ち尽くした。

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