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第一章・双子

 関西のとある町に、中谷達也という高校生が住んでいた。この街は山を越えた南の港町や、東の山を越えたずっと先にある大阪のような大都市というわけではなく、ましてや農家ばかりの田舎でもない、ごくごくありふれた町であった。

 町の中心部にある駅の北にある、小さな庭付きの二階建て一軒家が達也の住む家であった。達也の双子の弟和也、六つ下の弟和義、四十代でテンガロンハットが似合うダンディな父達義、同じく四十代の母和子の五人家族だった。中谷一家は近所でも有名な仲良し一家だった。

 達也と和也の二人は一卵性双生児で、どちらも逆三角形の顔で、両親でも裸で同じ髪型でいると見分けがつかないほど、そっくりであった。達也たち二人も時に忘れてしまうほど小さなほくろが一つ左目の下にあるのが和也だった。そして、達也は弟和也を命がけで守り、和也は兄達也を心から尊敬していた。その関係は高校二年生になった今も変わらなかった。


 連日夏日が続くこの日、中谷家の玄関口に一人の肌が黒い少年がいた。彼が和也で、今土間でのんびりと靴を履いているのが達也だった。

「兄ちゃんは相変わらず落ち着いてるなぁ。広田君のことだから、早い時間に来てくれてるかもしれないよ」

「ばっかだなぁ、あんまり慌ててお前の身に何かあったら、どうすんだよ」

「ばかはあんただろ、子供じゃねぇんだから、何も起こるわけないじゃないか。それとも、寝坊した言い訳かよ?」

 突然二人の会話に入ってきたのは、三男坊の和義だ。玄関の土間近くで立って二人をにらんでいる。丸顔な和義は二人と違って母親に似ていた。目が大きくて肌は焼けていない。やんちゃな暴れん坊でいつも達也と喧嘩していた。

 達也が立ち上がってふり返り、和義をにらみつけながら叫んだ。

「うるさいわっ」

「なんだよ、本当のことじゃねぇか」

 勢いよく叫ぶ和義の後ろから、また新たな声が轟いた。

「こらっ、喧嘩するんじゃないの!」

 和義の後方、台所や他の部屋へと繋がっている廊下を、母が歩いてきた。まっすぐ奥に行くとリビングがあった。

 母は丸顔で黒髪が肩まで伸びていた。年は四十一だが若く見え、薄化粧であった。体にかけたエプロンの端で手をふきながら、達也と和義の二人を叱った。達也は、思わず半歩後ずさりしつつ和也をチラッと見た。和也は笑顔のまま親指を口にくわえて固まっていた。和也は、昔大けがをして以来脳障害を患っていた。最近では年相応に近くなったが、ほんの数年前まで普通の生活もままならない状態だった。その影響もあって、和也は時々子供っぽい行動をするし、何より感情と顔の表情が一致しないことが多かった。だから今顔は笑顔だが、本当は困惑しているのだろうと達也は思った。

「達也も和義も、なんでそうすぐ喧嘩するの」

 その怒声に一瞬達也が硬直し、その隙に和義が、和子のほうをふり向きながら反論した。

「だって達也も和也も、なんか見てたら、はらたつんだよ」

「またあんたは、お兄ちゃんを呼びすてにして」

「んなこと言ったって、なんか()(しょく)(わる)いんだもんよぉ」

 母は和義と達也をにらんだ。達也は思わずうつむいて目をそらした。母は、大きく一つため息をついてから、達也に話しかけた。

「あんたはどうしてそうすぐに、けんかするの」

 そう言われて、達也がすぐに顔を上げて「けどさぁ」と悪態をついた。和子は目線を達也から少しずらし、少しだけ目をつり上げた。

「けどじゃないでしょっ」

 達也は頭を下げてうなだれた。その瞬間和義が和也を見て叫んだ。

「だいたい、和也、兄ちゃんも変だよ、なんで『落ち着いてる』だよ?ただののんき者じゃないか」

 達也は、和也がどう答えるか気になって、和也をそっと見た。和也はくわえていた指を素早く離して和義に反論した。

「それは違うよ。達也兄ちゃんは、のんきなふりをしてるだけだよ」

 それを聞いて再び正面を向いて、

「そうそう」

 と言ってうなずきながらも胸をなでおろす達也。

 すると、和義が今度は早口でしゃべった。

「だいたい、いつも和也って、どうしてそんな話し方をするんだよ。ふだん生活してるときも、高校生なのになんだか小学生みたいだし。何よりいつも笑顔ばっかりで、表情が気持ち悪い」

「和義っ、いい加減にしなさい」

 母がいつもよりも激しく怒鳴ったので、和義が硬直したのがわかった。母のほうをゆっくりと向いた和義の足元は、少し震えていた。達也も驚いて母のほうを見ていたが、母は和義をただじっと見つめていた。睨んでいるというよりも、本当に見つめているようにしか見えなかった。

「け、けど気になるし」

 少し震えた声で反論した。

「あんたは知らなくていいの」

 そう言ってから今度は達也たちのほうを見て、

「とにかく達也たち、ちょっと遅れてるんでしょ?早く行きなさい」

 母のその言葉に、待っていたとばかりに達也は、ボーッとしている和也の手をとり、家の前に止めている自転車の元に走り出て、それぞれ自転車に乗って走り出した。和也は、達也と同じ真っ白だが小ぶりな自転車に乗って走り出す前に、笑顔で母に、

「行ってきます!」

 と言い放ちつつ、達也の後を追って走り去った。

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