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第十一章・広田の疑惑と和也の失踪

 達也はまるでこれで話は終わりかのように黙りこくっていた。

「それで全てか?」

 広田の突然の質問に、全員が広田を見た。達也もまた広田を見つめた。

「それで本当に全てかよ?」

「ああ、全てだよ」

 そう言いながら視線をはずす達也。広田が語気を荒くして達也にほえた。

「もういい加減嘘をつくのはよせよ」

 達也が広田を睨みながら反論した。

「嘘なんかついてねぇよ」

 だけれどまっすぐに目線をあわせようとはしなかった。広田が続けて反論しようとするのを、山仲医師が止めた。

「広田君、達也君は病み上がりなんですよ、落ち着いて下さい」

「俺はただ、こいつがあんまりにも俺たちのことを信じてないのが、気にくわないんです」

「なに言ってんだよ、信じてるに決まってるだろ! だからこうして正直に」

 達也の言葉を遮って、広田が怒鳴った。

「俺知ってるんだぞっ!」

 その場にいた全員がびっくりして次の言葉を待つように、広田を見た。山仲医師が少し早口で広田に話しかけた。まるでささやくような少し小さな声で。

「広田君、何を知ってるのか知りませんが、今言うことですか? 本当に今言う必要のある事なんですか? よく考えて下さい。あなたは今、重大な分岐、選択を選ぼうとしてるのかもしれないんですよ」

 そう言われてから広田は周囲を見渡していた。共通の仲間たちに混じって、達也と両親の悲しそうな表情があった。達也は祈るように広田を見つめていた。

 ベットのそば、広田の足元には不安そうに見つめる小さな視線があった。和義であった。広田はその時気づいたに違いなかった。とんでもないことを発言しようとしていることに。先月達也が父に対して発言しようとしていた時と同じ、言ってはいけない場所であることを感じ取っていただろう。そのため、少しの躊躇ののち広田が力なくつぶやいた。

「わかったよ、もうきかねぇよ」

 全員の緊張の糸が切れたように見えた。誰か呼吸を止めていたのか、深呼吸する者もいた。達也はほっと溜め息を吐いた。広田が、

「けどなぁ達也、本当に俺たちのことを信じてるなら、何でも言えよな。言わなきゃ、なんにも始まらないんだからな」

 と言ったので、達也は座り直し、うつむいて一言こう言った。

「ああ、わかってる、すまない……」


 どのくらい時が経っただろう。一息ついてから改めて、達也は部屋の中を見回した。

 ベット脇に怯えたように寄り添う両親・いつの間にかそのそばには山仲医師・部屋の中には広田を初めとした、十数人の仲間たち・ベットの真正面、達也を正面に見る位置には和義がいるが、和也の姿はなかった。いつもなら、真っ先にやってくる和也がいない。それが意味するところを感じて達也はつぶやいた。

「和也は、やっぱり俺のことを憎んでるんだろうな。ここにいないのが、何よりの証拠だろうし。俺は、これからどうすればいいんだ」

 それを聞いて、急に和義がそわそわしだした。しかし、達也の一言で再び周囲が凍り付いた。

「俺、やっぱり今でも死にたいよ」

「死にたいなんて言うなっ」

 父が一か月前のときのように、声高に怒鳴った。

「自分の命をそんなふうに軽く考えないでくれ、頼むから」

 そう言ってから再びあのときのように、うつむき加減になる父。今回は母もまたうつむき加減になり、目に涙をためていた。両親を少し見てから山仲医師が達也に話しかけた。

「達也君、私は仕事柄思うんですけど、人の命というものは、決して簡単になくして良いものではないと思うんです。それがたとえ本人の意志であっても。どういう形であれ、この世に産まれてきた以上、生きる義務と権利があります。死ねば確かに簡単ですし、苦しまなくてすむでしょう。でもそれじゃあ、自分のことを周りに知ってもらうこともできません。自分の苦しみも、自分の望みも、自分のしたいことも、何もかもできなくなるんですよ」

 そう言ってから達也を見た。達也はうつむいていたが、山仲医師の話をちゃんと聞いていた。周囲の者たちも静かに山仲医師の言葉に耳を傾けているようだった。

「死ぬなんて、いつでもできるんですから、たくさんあがいて生きるほうがいいと思うんです。一番いいのは、ささやかなことであっても、幸せを感じられるようになることだと思います。たとえどんな辛いことがあろうとも、きっとそれはありますよ。特に達也君、あなたには少なくとも、こんなにもたくさん仲間たちがいるじゃないですか」

 そう言われて達也は顔を上げ周囲を見渡した。広田を始め、不思議な縁で知り合った十数人の仲間たち。そばには和義もいる。涙をためて母と父も見つめていた。

「こんな俺でも、本当の俺を知っても、仲間だと言ってくれるのか?」

「あったりめぇだろっ!」

 広田が代表で言った。他の仲間たちも力強く頷いた。達也はうつむきながら一言「ありがとう」と言った。

「けど、和也に対してはどうすればいいか」

 全員が言いよどんだとき、再び和義の挙動がおかしくなった。広田はそれを見てとって、和義に話しかけた。

「和義、和也を呼びに行きたいんなら行ってきていいぞ?」

 そう言うと、ばつが悪そうにうつむいたまま固まってしまった。全員が妙に感じて、今度は和義を見つめた。

「どうかしたのか?」

 達也が聞くと、突然和義の目から涙が流れ落ちてきた。全員が驚いて和義に話しかけようとするよりも前に、和義が涙ながらにつぶやきだした。

「ご、ごめんなさい、僕、僕、つい和也兄ちゃんに、酷いこと言っちゃった、僕、僕」

 涙声と震える唇で何を言っているのか、あまりよくわからなかった。達也が落ち着いて話すよう諭すと、和義は顔を上げ達也に一生懸命話した。

「昨日和也兄ちゃんに言ったんだ『和也兄ちゃんのせいで、達也兄貴があんなんになったんだ。いつまでも達也兄貴に変な期待して、いつも子供みたいだから悪いんだ。和也のせいでお母さん自殺未遂したんだ』って。そしたら、扉の向こうから和也兄ちゃん言ったんだ『そうだね、確かに僕が全部悪いね、僕がいなくなれば良かったよね』って。なんだかバカにされてるみたいで、怒ってそのまま引き上げたけど、今の話聞いたら、和也兄ちゃん悪くなかったんだってわかって、それで、それで……」

 いつものやんちゃぶりとは裏腹に、怯えた小動物のように、体を小さくしてうつむく和義の頭を優しくなでてから、達也は広田に話した。

「広田ちょっとうちまで行ってきてくれないか。今のあいつは、いろいろ敏感だから」

 早口だがしっかりした口調でそう話す達也に対し、返事をするよりも先に、広田は病室を飛び出していった。


 病室に残った全員が手持ちぶたさと不安で黙ったまま待つこと五分。診察に行っていた山仲医師が、慌てて病室に入ってきた。

「大変です、今広田君から電話があって、和也君が置き手紙を置いていなくなってるそうです」

 全員が驚いて山仲医師を見た。

「置き手紙には『ごめんなさい。さようなら』とだけ書かれてあったようです。広田君はすぐに和也君を探しに行ったようです」

 仲間たちはすぐに行動を起こした。達也のときの二のまいだけは避けたいと思ったのだろう。

 病室には達也と、ますます震え上がって顔色の悪くなっている和義と、泣き崩れた母を支える父と、山仲医師だけが残された。

 突然達也がゆっくりとベットから降りようとしだした。山仲医師がそれを見て指摘した。

「達也君、何するつもりですか?」

 山仲医師には達也が何をしようとしているか感づいていたようだが、あえて聞いてきた。

「決まってるだろ。和也の元へ行くんだよ。あいつの居場所は何となく想像できる。父さんも知ってるあそこだ」

 父が何かを思い出したように、はっとなって顔を上げた。

「だったら父さんが行くから、達也はまだ寝てなさい」

「駄目だっ、あいつは幼い頃の記憶が突然よみがえって戸惑ってるはずだ。今父さんたちが行ったら逆効果だよ」

 父が肩を落としてうなだれた。達也はベットから降りて歩き出そうとするが、体がフラフラで、今にも倒れそうだった。

「駄目ですよ達也君、そんな体ではまだ外には出られません。医者として断固反対します」

「ぼ、僕が、達也兄貴を支えながら、行くよ!」

 突然の和義の提案に誰もが驚いていた。だが達也は、この小さい弟の心意気を買った。

「わかった、頼むぜ和義」

「うんっ!」

 和義は、達也の体、というよりは、腰回りを両手で体ごと支え、達也は右手を和義の肩に軽く添えて、左手で壁を支えながら歩いていった。山仲医師も両親も心配そうに見つめていたが、止める者はいなかった。達也に和也を任せることにしてくれたのかもしれない。達也は、病院の長い廊下をゆっくりと歩き進んだ。気持ちは生まれて初めて焦っていたが、思うように動かなかった。それでも真っ白な壁や手すりを使って一歩一歩突き進んだ。

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