表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

序章・悪夢

コンテスト参加の影響で削除した作品を視点変更して再編集した作品です。ちなみに一時落選・・・

 右も左も後ろも前も真っ暗な空間に、一人の男の子が辺りを見回しながらゆっくりと歩いていた。

 年の頃は六歳頃。丸顔で子供特有の利発そうな感じ。少し汚れた白いTシャツに泥まみれの短パン姿であった。顔をゆがめ、時より体を小刻みに震えさせながら、ゆっくりと歩いていた。

 ここは全くの闇であった。どこをむいても何も見えない。どこを歩いているのか、どこへ行こうとしているのかさえわからない。わかっているのは、背後のはるかかなたにあるであろう、何かから逃れようとしていることだけ。匂いさえも感じなかったし、わずかな音さえほとんど聞こえなかった。ただ男の子の姿とその周囲だけが、ぼんやりと霞がかかったように見え、男の子の小さな足音だけが不気味に響いていた。まるで昔行った田舎の村にあった、トンネル内を歩くような音が聞こえるだけであった。

 歩いているのか早足で歩いているのか、歩かされているのかどうかさえ怪しく思えてきた頃、突然背後の闇から声が聞こえてきた。男の子は立ち止まり、その場で硬直した。いやな予感がしてふりかえられない。

 男の子が立ち止まっていると、声が近づいてきた。声は初め聞こえるか聞こえないかの小さなもので、初め何を言っているのかわからなかった。しかし、しだいに理解できた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・てぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・けてぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・助けてぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ん助けてぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・・ゃん助けてぇー」

「・・・・・・・・・・・・・・ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・・・・・・・・兄ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・・・・・ぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・・・・よぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・・・いよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・・しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・・・・・苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・・ぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・・よぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「・いよぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「痛いよぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

 男の子はいつしか大きく激しく震えだしていた足をたたいて、走り出していた。しかし声は追ってきた。

「痛いよぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「痛いよぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「痛いよぉー、苦しいよぉー、兄ちゃん助けてぇー」

「やめてっ、やめて、来ないでっ」

 男の子は、奇声とも言える声を叫びながら走り続けた。走りながら心の中で、この声の正体に気づいていた。そしてどんな状態で叫んでいるかも。頭の中に、その光景が現れる。

 真っ赤にそまった地面の上でくの字におり曲がり、小刻みに震える男の子と同じ小さな体。声の主の異常な姿だった。震えていた体の速度と頻度がどんどん小さくなっていく。と同時に黒眼部分が次第に失われていき、両の瞳はうつろに開き、苦悶の表情を見せ、口からは白い物が出てきていた。

 ただ声だけは何度も何度も出ていた。子供特有の小鳥のさえずりのようなかん高い声が、次第に老人のようなしわがれた声に変わっていった。

 男の子はいやな光景をふり払うように、とうとう更に大きな奇声を発しながら走り出した。暗いくらい闇の中、男の子と彼の奇声となぞの声だけが存在していた。

 永遠に続くかと思われたが突然終わりがきた。男の子の足もとから地面がなくなったのだ。いや暗くて見えないため、それがちゃんとした地面だったかどうかは、わからない。ただ今は、男の子は悲鳴をあげながら落下していた。

 とうとつに体が止まった。止まったというよりは、まるでエレベーターに乗って下降しているような浮遊感があったかと思うと、落ち始めと同じように、とうとつに落下はおさまった。いつのまにかどこかの床の上に立っているような感覚がした。まわりは相変わらず暗い。先ほどまでのなぞの声は聞こえなくなっていた。男の子は、なぜか痛まないおしりをさすりながら立ち上がった。もう声が聞こえないことに胸をなでおろすが、今度は体中に何かがぶつかってきた。いやそれはぶつかってきたのではなく、殴ってきているのだ。

 目の前に鬼の形相をした、大人の女性と男性の顔が浮かんでは消えた。その顔はゆがんでいて、どんな人物かはっきりとはわからなかった。ただひたすら男の子に対して暴力をふるい、ひたすら汚い何かを叫んでいた。

 男の子はすぐさま目をつぶり、耳をふさいでうずくまり、泣きながら謝り続けた。しかし暴行と暴言は収まらなかった。次第に男の子は思うようになっていた。

――これは夢だユメだ。これは僕じゃない、ボクが体験しているんじゃない!

 そんな想いがふくらんでいったとき、突然何者かの声が聞こえた。

「代わってやろうか?」

 それは男の子の声に似ていた。いやもしかすると、男の子自身の独り言だったのかもしれない。だが男の子はその声に耳を預けた。全てを預けることにした。痛みがなくなるのなら、嫌なモノがなくなるのなら、全てを預けてしまいたいと男の子は思った。すると声は更に聞いてきた。

「望みを叶えてやるよ。どうしたい、本当に一番望んでることは何だ?オレたちが代わりに何でもしてやるよ」

「僕の望み、僕の望み、それは……」

 男の子の言葉が終わる前に、突然真っ白い光が男の子を包み込んだ。悪夢からの目覚めのときであった。いや、悪夢なのか現実なのかもわからない夢、記憶の奥底に沈めてしまいたいモノ、そのモノからの解放、というのが正しいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ