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サイボーグ棋士、金剛寺厳十朗 永世名人vs自律学習型 将棋AI『RYU-OH』

作者: 石井俊介

 東京都内にある、格式高い有名ホテルの一室。

 現在そこは、非常に緊迫した雰囲気に包まれていた。


 広い和室には物々しい撮影機材が並び、何人ものスタッフが待機している。

 将棋界の大きなタイトルの一つ、『機王戦』がもう少しで始まろうとしているのだ。


 機王戦。

 ロボットと人間が本気でぶつかりあう、唯一のタイトル。


 その道のりは険しい。人間側・ロボット側のそれぞれで予選会をし、それに勝ち残った一名と一機が代表決定戦に臨む。それに勝ってようやく、現タイトルホルダーへの挑戦権が得られるのだ。


 そして、今日ついに機王戦の本番が始まろうとしている。

 対局者はまだ挑戦者・機王ホルダーともに来ていない。しかし対局開始まではあと十分を切っており、スタッフの間にはピリピリとした雰囲気が漂っていた。




 この対局の様子は配信サイトを通じて全国に生中継される。そしてその中継放送は既に始まっている。

 ホテルの別室では、解説用の大盤を背にした二人が両対局者の紹介を行っていた。


 本日の解説役であるベテラン棋士の大河内(おおこうち)九段が、いつも通りの落ち着いた調子で滑らかに喋る。


「――というわけで挑戦権を手にしたのは、圧倒的強さで予選を勝ち抜いた『RYU-OH』に決定いたしました。この自律学習型AI『RYU-OH』は、昨年度も挑戦者として機王戦に挑んでいましたね。その時は惜しくも敗れてしまいましたが、今年はその反省を活かし、バージョンアップをして雪辱に燃えているとのことです」


 聞き手役の谷崎(たにざき)女流二段が、やや緊張した面持ちで相槌を打つ。


「そっ、そうなんですか。それは楽しみですね、大河内先生」

「ええ。あの敗戦から一年間の自律学習を経てRYU-OHがどう進化したのか。注目して見ていきたいですね」


 現在も対局室の様子は二つのカメラでモニターされている。上から盤を写したものと、横から対局者を写したものだ。


 そのうちの後者、横から写した方の画面が、にわかに騒がしくなる。


「先生! な、何かあったみたいです」

「どうやら対局者が到着したようですね」


 スッ、と(ふすま)が開く。


 ガラガラと音を立てて、部屋に台車が入ってくる。その上には立派なロボットアーム。アームの先端を除いたほぼ全体が黒い布で覆われている。


「おっと。挑戦者RYU-OH、かなり気合いが入っていますね。紋付き袴を(まと)っての入室です」

「あ、袴だったんですね……」


 数人の技術者がロボットアームを抱えて台車から下ろし、カチャカチャと席に固定し始める。


「これであとは金剛寺(こんごうじ)厳十朗(げんじゅうろう)機王を待つだけですね。氏は永世名人の資格も持つ将棋界の古豪です。谷崎女流二段、金剛寺永世名人と会われたことはありますか?」

「い、いえ。お会いした事はありません。実は昨年の機王戦もおばあちゃんのお見舞いに行ってて、棋譜しか見ていないんです……」

「おや、そうでしたか。それでは永世名人の対局を見るのは初めてということになるのでしょうか?」

「はい」


 金剛寺永世名人は、ここ数年はこの機王戦にしか参加していない。現役を半分引退しているような状況である。

 若い棋士の中には棋譜でしかその対局を見たことがないという人も多い。谷崎女流二段もその一人だ。


「ではせっかくなので金剛寺永世名人について少しご紹介しましょう。我々世代が子どもの時、もはや人類はAIに適わないと言われていました。計算能力と学習能力で大きく水を空けられてしまったのです。しかし、当時まだ高校生だった金剛寺永世名人がたった一人でその状況を塗り変えてしまいました。永世名人は現代将棋の第一人者として、将棋界に大きな変革をもたらした方です」

「そんなすごい方なんですか。ますます対局が楽しみですね!」


 その時、再び対局室がバタバタと騒ぎ出す。


「噂をすれば。来られたようですね」


 襖が開き、鴨居をくぐるようにして大きな人物が部屋に入ってくる。

 その姿を目にした大河内九段がほう、と感嘆の声を出す。


「名人の方もRYU-OHに負けず劣らず、気合たっぷりですね。金剛寺永世名人、パワードスーツを纏っての入室です」

「え!? パワードスーツ!?」


 強化外装に全身を包んだ大男がゆっくりと部屋を歩く。


「いや、意味ありますか!? パワードスーツ( あれ )!」

「ええ、もちろん。確かに人体の八割ほどを機械化したサイボーグで知られる名人ですから、一見するとパワードスーツは冗長に感じます。しかしあれは名人専用のチューニングを施された特別制でしょう。ただでさえ並の人間を大きく凌駕するパワーを持つ永世名人ですが、今日はいつも以上の高出力が期待できそうですね」

「先生何を言っているんですか……?」


 金剛寺永世名人が一歩踏むごとに、ガション、ガションと重苦しい音が響く。そして盤を挟んでRYU-OHの前に立つ。


 バシュッ!


 圧縮空気の抜ける音と共に脚部装甲が勢いよく外れる。


「おっと。永世名人、ここでレッグアーマーをキャストオフ」

「なぜ……?」

「あのままでは正座ができませんからね」

「じゃあなんで付けてきたんですか……?」

「それに、どっちにしろ対局中に脚部装甲は必要ありませんから」

「上半身のも要らないでしょう……?」


 金剛寺永世名人が席に着き、対局の準備が整った。


 紋付袴を纏ったロボットアームと、パワードスーツを装着した大男が互いに礼をする。


「RYU-OHvs金剛寺永世名人というのは去年の機王戦と同じ顔ぶれです。お互いの手の内は分かっているでしょうから、序盤から激しい展開になるでしょうね」

「ハァ、そっすか」


 振り駒でRYU-OHの先手が決まり、ロボットアームが器用に駒を動かす。

 対局室に記録係の声が響く。


「先手、7六歩」


 大河内九段が大盤で同じように駒を動かす。


「RYU-OHは角道を開けてきましたね」

「……そうですね」


 間をおかず、金剛寺永世名人が手を指す。


「後手、3四歩」


「おっと、名人も角道を開けました。この流れは角換わりが行われそうですね」

「……すごいですね。角交換は演算能力の高いロボット側に有利だと思うんですけど、迷わずに行きましたね」

「そういった豪胆さも名人の魅力でしょう」


 RYU-OHのロボットアームが大きく動く。


「先手、2二角成」


「RYU-OH、飛び込みました。角で角を取ります」

「わ、いきなり行きましたね先生! 真正面からの殴り合いですよこれは! やはりRYU-OHも角交換系の局には自信があるんでしょうね。名人もここは当然同銀に取るでしょうから、そうなると――」


 その時、名人の目が怪しく光った。

 記録係の声が響く。


「後手、ジャミング」


「は?」


 更に名人が動く。


「同銀」


「は?」



 大河内九段が大盤で駒を動かす。


「いい手です。名人は早速仕掛けてきましたね。RYU-OHのマザーコンピュータは非常に巨大かつ重要ですから、居城の最奥に設置してあります。そこから特殊な魔導電波で指示が送られているわけです。ですのでジャミングは非常に有効な一手ですね」

「えっ、何言ってるんですか先生……?」


 ロボットアームの動きがピタリと止まる。


「RYU-OH、長考に入ります」

「分かりませんけど、長考ではないですよね……?」


 数分後。技術者達があせあせとケーブルを運んできて、ロボットアームの底部に差し込む。


「先手、有線接続」


「おっと、リブートが早いですね。おそらくRYU-OHはこの一手を読んでいたのでしょう」


 次の瞬間、名人の目がカッと光る。


「後手、レーザービーム」


「名人がケーブルを焼き切りました。どうやら読んでいたのは名人も同じようです。RYU-OH、再び長考に入ります」


 しかし今度は数秒もかからずにケーブルが運び込まれる。


「先手、予備ケーブル」


「おっと。RYU-OHは更にもう一手先を読んでいたようですね。おそらくケーブルはまだ……。ん? ……いや、これは……」


 名人の目から発していた怪しい光が収まる。


「後手、ジャミング解除」


「はぁー、なるほど。そういうことでしたか。この筋は私も読めませんでした」


 感嘆した様子で大河内九段が呟く。


「RYU-OHのケーブルを巡る目まぐるしい攻防でしたが、これは始めからRYU-OHの罠だったわけですね。弱点に見せかけていたのです。本当の狙いは名人のバッテリーを消耗させることにあったわけです。すぐに気づいてジャミングを解除したところはさすがでしたが、それでも名人が駒損した形になりました」


 大河内九段の分かりやすい解説にコメント蘭も大きな盛り上がりを見せる。


「谷崎女流二段はどう思われますか?」

「いや、駒動かしてくださいよ!! 何なんですか!」



 名人が省エネモードに移行し、局面が静かに進行する。


 部屋には駒を打つ音と記録係が読み上げる声、それとサーボモーターの駆動音のみが響く。


「先手、4五角」

「後手、7二銀」

「先手、3四角」


 自然と大盤で駒を動かす大河内九段の声も重苦しくなる。


「罠を仕掛けていたRYU-OHとしても、こんなに序盤の内から仕掛けてくることは想定外だったのでしょう。どちらも動くことが出来ない状態が続きます」

「動いてるじゃないですか!」

「嵐の前の静けさ、というような印象ですね。棋士としてはこういった不気味な空気には嫌な物を感じます」

「不気味じゃないです! 私にはとっても平和な普通の将棋に見えます。やっぱりこういうのがいいですよね」


 その時、解説室のスタッフから何やら数枚の紙切れが大河内九段に手渡された。


「おっと、ここで両者の事前インタビューの情報が入ってきました」

「ええ? 今ですかぁ? やっと将棋を指しはじめたところじゃないですかぁ……。……でもまぁ、一応聞いておきましょうか。一体どんな情報ですか?」

「対局相手への対策として何を準備してきたか、それと今日の意気込みですね」


 谷崎女流二段が『思ったよりまともだ』とでも言いたげな顔をする。



「まずは現機王タイトルのホルダーである金剛寺永世名人からです。ええと、どうやら名人は今日のために更なる改造手術をしてきたそうです」

「えっ!? 既に体の八割が機械なんですよね? それを更にですか!?」

「ええ。正確に言うと今までは脳を除く体の全てを機械化していたのです。そして次は遂に電脳化に踏み切ったみたいですね。脳の約九割を機械化したようです」

「それ人間成分2パーしかなくなってるじゃないですか!! まずいですって! 倫理的に!!」


 慌てふためく谷崎女流二段に微笑みかける。


「テセウスの船、ですか? 大丈夫ですよ。2%も残っていれば立派に人間だと私は思います」

「いやいや、残された2%もいつか絶対やりますってこの人!!」


 大河内九段が資料に目を落とす。


「続いて名人の今日の意気込みです。『ピポパ。ピポポピポペパポ』だそうです」

「!!?」

「お茶目な方ですね。…………一応念のために言っておきますが、これは名人の冗談ですからね? 名人はもちろんちゃんと日本語が喋れますよ」

「え! いや! もちろんジョークだということは、その……。そ、それで、RYU-OHの方はどんな名人対策をしてきたのでしょうか!?」


 大河内九段がパラリとページをめくる。


「RYU-OHは今日のためにアームの可搬重量を二十キロから二五キロに増やしたそうです」

「なんで物理的に強くなっちゃうんですか! ソフト面を強化しましょうよ!」


 やるせない思いを表現する谷崎女流二段。しかし大河内九段は全く気にせず冷静に資料を読み上げる。


「それと、扇子を使えるようにミニアームを追加したとのことです」

「ええっ、それも意味ない……こともないですか。これはあれですよね? 排熱効率が上がってアームの性能が向上した、ってことですよね?」

「いえ、関係ありません。冷却効率を考えるなら袴は着ないでしょう」

「何なんですか! もー!!」


 大河内九段が更にページをめくる。


「続いてRYU-OHの意気込みです。『人類、劣等。機械、優秀。証明、支配』だそうです」

「待ってください、大事件の予感がするんですけど!」


 大河内九段がチラリと対局室のモニターに目をやる。


「そうこうしている内に局面は終盤に差し掛かっていますね」

「え? わ、本当だ! はや!」


 目を離した隙にかなり手が進んでいる。盤面は複雑に絡み合ったような状態になっており、一概にどちらが有利とは言えない。


 二人で協力して、大急ぎで大盤の駒を現状と合致させる。


 その時、ついにRYU-OHが動いた。アーム先端が凶悪な形状に変化する。


「先手、洗脳電波」


「え!?」

「おっと、ここでRYU-OHが勝負を掛けてきましたね。谷崎女流二段、私の張った中和フィールドから決して出ないでください」

「いま洗脳って言いましたよね!? 何が起こってるんですか!?」


 谷崎女流二段が不安げにモニターを見つめる。


 RYU-OHのアーム先端が異様な輝きを発し、虚ろな表情になった人達がゾロゾロと名人に群がってゆく。


「人間の脳に直接作用する洗脳電波を発しています。対局室にいる撮影スタッフや技術者達は全員洗脳されて操られてしまったようです。さぁ、この局面、名人は凌げるのでしょうか」

「将棋やってる場合じゃないでしょ! やばいですって!」


 谷崎女流二段が涙目になる。


 しかし事態は悪化の一途を辿る。洗脳電波で人が操られているのは対局室だけではない。解説室にいた撮影スタッフも操られ、虚ろな目になりはじめる。


「ひぃーッ!!」

「大丈夫です。私の張った中和フィールドには気配遮断術式を編み込んでありますから。それにしても、洗脳電波が去年より出力も精度も上がっていますね」

「去年も洗脳したんですか!? もうあのロボットぶち壊した方がいいですよ!! 人類の敵ですよ!!」

「本体は居城にあるから無理ですよ。それに幸い名人の人間率(ヒューマンレート)は2%。レジストは容易いです。あとは彼らをいかにして無傷で鎮圧するかですが、ここへ来てパワードスーツが裏目に出てしまったでしょうか」

「大丈夫ですよね、名人!? 洗脳という手は去年も見てるんですよね!? その時は勝ってるんだし、対策ありますよね!?」


 縋るような表情で名人を見つめる谷崎女流二段。


 綺麗な姿勢で正座をしている名人が、美しい所作で駒を動かす。


「後手、3八玉」


「名人、たまらず玉を逃がします」

「いやジャミングしろよ!! 今が使いどころでしょうが!!」


 モニターに食って掛かる勢いで、谷崎女流二段が荒ぶる。


「落ち着いてください。名人は使いたくても使えないのでしょう。序盤にバッテリーが削られたのが響きました」

「そんな……!?」


 そうしている間にも名人が囲まれてゆく。

 更にロボットアームが形を変えて、銃口のような形状へと変化する。いや、『ような』ではない。正真正銘の銃口だ。


 キュイイイという電子音が徐々に大きくなる、銃口の奥がみるみるうちに明るく輝いてゆく。


「先手、荷電粒子砲」


「これはまずいですね。詰めろがかかりました。この攻撃を許してしまっては名人の負けが確定してしまいます。そしてこの辺り一帯が消し飛びます」

「えええええ!! っていうかもう大河内先生には突っ込みませんけど、あの記録係の人はどうして洗脳もされずにあんな平然としてるんですか! おかしいでしょ!!」

「ああ、彼は奨励会員なんですよ」

「だから何だっていうんですか!!」


 名人は何人もの人に纏わりつかれ、うかつに動くことが出来なくなっている。辛うじて動く右腕を動かし、RYU-OHに手のひらを見せる。


「後手、待った」


「ああっと、名人これはいけません。真剣勝負に待ったはありません」

「ええっ、そんな!! 嘘ですよね!?」

「直ちに反則負けとはなりませんが、一手パスした形になってしまいます」

「えええええ!?」


 銃口の奥の輝きが極限にまで高まる。


「うわぁああ! やだぁ!! ロボット三原則! ロボット三原則ー!!」

「谷川女流二段。定石に囚われ過ぎては上達が止まってしまいますよ」

「定石!? 違います、ルールです!!」


 そして。


「先手、発射(FIRE)


 荷電粒子砲が発射される。

 対金剛寺永世名人用に特別に(あつら)えたであろうフィニッシュブロー。

 まともに食らえば名人といえども消し炭になる威力。


 体は動かせない。動かせたとしても避けきれるような距離ではない。

 まさに絶体絶命。一瞬の後には塵すらも残さず消えうせるだろう。


 しかし。

 その一瞬で。

 名人の口元がニヤリと歪んだのを、大河内九段と記録係は確かに見た。



「きゃぁああああああ!!」



 ホテルが衝撃に揺れる。

 モニターがホワイトアウトする。


 しかし、ぎゅっと目を瞑って待っても、次の衝撃は訪れなかった。


「え……?」


 恐る恐る目を開いた谷崎女流二段が見たのは、驚きに目を見開いた大河内九段であった。


「先生……? 一体何が……?」


 大河内九段の視線を追ってモニターを見る。


 その向こうでは、大河内九段と同じような表情をした記録係が名人を見つめていた。

 名人がRYU-OHに向けていた右腕の形状が変わっている。パラボラアンテナのように、あるいは傘を開いたように広がって、名人の体を銃口から隠していた。


 記録係が震える声で告げる。



「……ご、後手、バッテリーチャージ」



『うおおおおおおおお!!』


 動画サイトの配信画面が再び白に染まる。今度は荷電粒子砲ではなく、夥しい数のコメントで。


「先生……?」

「信じ、られない……。いつからこれを狙っていた……?」


 呆然とした表情で大河内九段が呟く。罠にはまってバッテリーを消費した直後から……? いや、そもそも罠にはわざとはまった……?

 名人の底が見えない。目の前の光景が理解できない。


 そして、RYU-OHはピタリと止まったまま動かない。


「先手、クールダウン」


 バシュッ!

 圧縮空気の弾ける音とともに、対局前にキャストオフしたまま床に転がっていた脚部装甲から網が射出された。


 操られた人間を自分ごと網にかける。すると人間達の目には少しずつ正気の光が宿っていった。


「後手、ネットランチャー」


「あの網は……ジャミング効果つきの……? ま、まさか始めから全て読んでいたとでも言うのですか……!?」


 愕然とする大河内九段。


 名人が微笑んで駒を動かす。


「7三金」


「あ……。これは私にも分かります! 詰みですよね、先生!」

「……ええ。詰みです」



 そして、後に伝説と語り継がれることになる機王戦は幕を閉じた。



 対局の後に行われる感想戦。その対局を分析して反省や検討を行う大切な時間である。

 谷崎女流二段は時に視聴者に弄られつつも、大河内九段との感想戦を時間いっぱいまで丁寧に行った。


 番組の最後。大河内九段が谷崎女流二段に問いかける。


「さて、谷崎女流二段。初めてご覧になった機王戦はいかがでしたか?」

「こんなのは将棋じゃないです!!」

「ふむ。では、来年度の機王戦の聞き手役は別の方にお願いしましょうか?」


 谷崎女流二段が唇を尖らせて大河内九段を睨む。


「……いえ、また呼んでください」

「ええもちろん。そう言ってくれると思っていました。では、谷崎女流二段が現代将棋の魅力に目覚めたところで、また来年」

「目覚めてませんからっ!」

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