思い出酒屋『憂』 〜大学生Aくんの場合〜
「次に会うときにはお互い大人になってるかもしれないね」
少女の言葉に少年は俯きながら耳を傾けた。
「もし」
「わたしが戻ってきたらその時はわたしを見つけてくれる?」
少年は頷いた。
ーー年月は過ぎて
「2次会行くひとー」
「「うぇーい」」
少年は大学生となった。都内で一人暮らししながら送る大学生活は充実していた。
「2次会どこ行くんすか先輩」
「ああ、新しく出来た飲み屋があんだけど、そこ行くべ」
先輩に連れられて少年は居酒屋「憂」に足を運んだ。
店内に入ると懐かしい匂いが鼻をつく。次の瞬間、少年は気を失った。
ーー目を覚ました。
目の前にはグツグツと煮込まれているおでん。屋台の中にいるようだ。
「目が覚めたようだね。ほい、お食べ」
店主と思しき老婆がにっこりと笑顔でおでんの具をいくつか差し出した。
「あの、財布ないんですけど」
少年は戸惑いながらそう答えた。
「ハハハ、気にするな。ここは思い出酒屋『憂』。店を訪ねた人にとって大切なものを思い出させる酒屋さ。」
「大切なもの?」
「そうさ。君にとってそのおでんは何か大切なもののキーワードのようだね。お代は要らないよ。遠慮なくお食べ」
少年は戸惑いながらも老婆の言葉に甘えておでんを頂くことにした。割り箸を割って、アツアツでダシ汁が染みた大根を一口頬張った。
ーー刹那
「わたし、大根って味が染みてて大好きなんだ」
「20歳になったら一緒に屋台でお酒を飲みながら食べよう!約束だよ?」
ーー少年の頭に蘇るあの日の思い出。彼女は元気だろうか。
「おばあさん、今日って何月何日だっけ?」
少年は俯きながら老婆に尋ねた。
「言わなくても分かってるだろう? さあ、グズグズしてないで大切なものを取り返しに行きな。彼女ときっとどこかで出会えるさ」
少年は頷いて席を立ち上がった。
ーーーー
「痛っ」
足もとで女性の声がした。誰かとぶつかってしまったようだった。
「あ、ごめんなさい」
少年は謝りながら、ぶつかってしまった女性に目を移すと見覚えのある横顔が瞳に映った。
「あのーーーー」
少年は言葉に詰まった。
次の瞬間、おでんの香りが鼻をつく。
「あ、おでん」
女性はボソッと呟いた。
少年はハッとした。そして言いたかったコトは自然と声となった。
「お詫びにおでんでもどうですか?」
THE END