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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第二章
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第二章/chapter3 神山相談所:愉快な仲間達

 浮かない顔をしながら、進次がコンクリートの階段を重く登り、013号室の鍵を取り出す。今日はどうも、精神面の話だが、具合がよくないらしい。

 結局クリウスの剣術訓練は最後まで太刀筋の乗りが悪く、美音にダメ出しを受ける始末。さらにはクリウスに[ミトス武装]を装備していなかったことを咎められ、自分の不甲斐なさに頭痛を覚えた。



「いいか?君はもう、ミトスなんだ。守られる立場から一歩踏み出した、俺達ミトスと並び立つ守る立場なんだ。今日は調子が悪いのはわかったから、そのことを、片時も頭から離してはいけないよ」



クリウスの言葉が、重く、深く、自分の至らなさを気分のどん底まで引きずり下ろし、考えても答えの出ない不安までもを駆り立てる。

直久と幾汰の確執を調停できなかった自分の不甲斐なさ、二人がよりを戻せるかという心配、一定の自負があったはずの剣の腕への陰り。

 そして何より、悪夢とはいえ、あんな、目の前で大切な人が虚獣に食われる夢を見たというのに、ミトスとしての自覚が足りていなかった自分の情けなさに、唇を噛み締める。


「ちくしょう……」


低く呟きながら、鍵を回す。最悪の一日のスタートを切るものだと、諦めにも似た苛立ちを抱きながらドアを開いた。


「ただいま…」


「よう進次。予想通り、この世の終わりみてーな顔してんな」


優雅に特製コーヒーを片手に食卓に着く焔と、はた、と目が合う。困惑すること数秒。思い出す。そう言えば今朝は焔に起こされるという、極めて珍しいパターンの朝だった気がする。

 だが、それにしてもこの食卓の有り様はどうしたことか。

進次の大好物のトマトを中心にした、カプレーゼ、ミネストローネ、メキシカンサンドに、グリーンサラダは山盛り、さらに焔がたった今取り出したトマトジュースもあるときた。

いくら低カロリーメニューの気軽に食べられるラインナップとはいえ、朝にしては随分と豪勢ではないだろうか。


「焔、これ」


「いいんだよ、細けえことは。嫌な朝こそ、ほら、テンション上げていかないとな。仕事のノリも悪くなるだろ?」


焔が砕けた笑顔で、右流しの緋髪の一房を人差し指で弄ぶ。

 進次自身、自覚していたことだが。焔は進次に対して、時折このように甘くなることがある。進次はそんな焔の一面に半分助けられていながら、半分呆れていたのだが、今日に限って言えば、ありがたい。


「そっか…ありがと。じゃあ、いただきます。もうすぐ仕事の時間だもんね。急いで食べて準備しないと」


焔の厚意をしかと受けとめる。手を洗い、進次もまた食卓に着く。どれもこれもトマトの良さをそれぞれに引き出した精鋭揃いだ。どれから手をつけたものか悩む進次の、生気を取り戻した瞳を見つめて安堵しながら、焔がコーヒーを一口。

こうして、進次と焔の朝は昼を目指して躍進する。その後に待っているのは愉快な仕事の時間だ。

社会人一年目の進次も、釈迦力に働く初めての夏のシーズン。今はただ、目の前の料理達に、力を貰う時だ。


「んんー、トマト酸っぱうま」



 進次と焔が朝食を終え、アパート[風見レイクヒルズ]の住民に充てられた雑庫で、今日の仕事道具の検品を始める午前8時40分頃。焔率いる[神山相談所]の仲間達が集結する。


「よっ、神山しゃちょー!おはようございますっと」


のっぽな褐色の体に、お決まりの黒のタンクトップ、青のツナギを腰で括る、[神山相談所]肉体労働担当のムードメーカー、東山峰助(ヒガシヤマ ホウスケ)が白い歯を輝かせながら雑庫に歩み寄る。


「峰助、朝から煩い…神山主任、おはざーっす」


その背を追うように、猫背気味でこの夏の盛りには暑苦しいパーカー姿に、癖の強い飴色の髪の、[神山相談所]頭脳労働担当の青年、西谷渓治(ニシタニ ケイジ)が頭を下げたのかも怪しいお辞儀をする。

 焔とこの二人、そしてもう一人。彼らは出身校を同じくして意気投合し、この不況のご時世に何でも屋、[神山相談所]を起業した有志達だ。

最も、彼ら独力の企業ではなく、[ブランカー]、クリウスの元々経営していた、[ブランカー]の名において、飽くまで合法の範囲内ではあるがあらゆる依頼を請け負う何でも屋[ブランカー相談所]の子会社、という立ち位地ではあるわけではあるが。

 [心の森]にかかりきりのクリウスの元に続々と届く依頼を消化し、給与を得て、おまけに有名になってしまおう、などと言う渓治の図々しいプランニングから始まったこの企業計画。勿論、苦難は様々あったが、それはまた別のお話。現にこうしてそのプランニングは軌道に乗り、今のところは、進次を新たに雇用できる程度には黒字が続いているということは、紛れもない事実であった。


「峰助さん、渓治さん、おはようございます」


[神山相談所]の守りの要、進次が二人に一礼する。何かと緩みがちな彼らの空気を引き締めるのが新入社員の進次というのは、いかがなものだろうか。


「おっすおっす、進次くん。今日もよろしくな。今日は…あれだっけ?小牧さんの畑だっけ?」


峰助が進次の肩に寄りかかりながら、クワと収穫用のはさみを手に取り、弄ぶ。峰助の右手ではさみが器用に回り、左手のクワが遠心力を上げながら回る。


「あぶない、あぶないから」


渓治がそのクワを掴み止め、彼の所有する軽トラックの荷台に積み込む。峰助が唇を尖らせながら、はさみをバスケットに戻し、それを荷台に積み込む。


「こら、仕事前だぞ。真面目にやれ、下ネタコンビ」


---ピシッと、空気にヒビが入ったような緊張感を感じとり、進次の血の気が引く。思わず峰助と渓治に振り替える。「それはいけない」と焔に告げたかったが、遅かったようだ。

「ほほう…?峰助(オレ)と 渓治を 合わせて 下ネタ と?」

峰助が満面の笑顔を浮かべながら(無論目は笑っていないが)指を鳴らし、渓治が能面で焔を羽交い締めにする。

その時になって焔がようやく口を滑らせたことに気付き、後悔に顔を歪ませた。


「うわ、やめろ。本気でやめろ。悪かったって。だってほら…お前ら学生時代からこんな風に息ぴったりのコンビだったしさ、ほ、ほら、みんなからそう呼ばれてたんだしさ、いい加減諦めを知るってことも重要だと---」


峰助が先程の満面の笑みから、サディスティックな薄ら笑いに顔を変えながら焔に迫り、おもむろに赤い小瓶を取り出す。それは、無類の辛味好きの峰助の食事に一花を添える、巷で噂の殺人的香辛料(キリングソース)……!!


「さあ、口を開きなぁ!」


「いやっ、やめろっ!やめやめめめめむむむ---!」


焔が最早止まらぬと抗議をやめて口を真一文字に閉じながら、渓治の腕の中で暴れ、峰助が焔の顔を鷲掴み唇の隙間に瓶を捩じ込もうとした、まさにその時。


「こらー!あなた達仕事前でしょ!なに遊んでるの!」


それを制止する、神山相談所のもう一人の風紀委員、否、社会人である彼らの立場としては、監察官、と言った方が正しいか。影の支配者たる、凛とした声の主が登場する。


 やや質素な印象の作業服姿に、夏の日に焼けた健康的な小麦色の肌、クレオパトラカットの黒髪に光る金のヘアピンが目を引く神山相談所の紅一点・平野真子(ヒラヤ マコ)が峰助の後ろ膝に一蹴(ローキック)を、焔の額に指弾(デコピン)を、渓治の頭に手刀(チョップ)を炸裂させる。


『のわ痛っ!何すんだこの暴力委員長!』


異口同音に、普段から寡黙な渓治からすら、発せられる悲鳴、そして抗議。


「うーるさい!ほら神山主任!もう業務開始時間でしょ、早くまとめてキリキリ働く!」


真子のぐうの音も出ない啖呵に焔がたじろぎ、峰助と渓治が叱られる子どものようにいそいそと整列する。失言はあったものの、焔は真面目に準備をしていたのではないか…という言葉を飲み込み、進次もまたその列に急いで連なる。

 なにしろ学生時代、焔達一派が人道を見誤らないようストッパーとなっていた、そのためにわざわざ彼らと青春を共にした鉄の女、それが彼女だ。それはまるで、一種の献身のそれに近い、多感だったはずの少女の行動にしては、とても理由がなければなし得なかった事実なのではないか、とは進次の勝手な想像だが。


「…さて、では皆さん、おはようございます」


焔が気を取り直し、朝礼を始める。どうやら余計な思索の時間はここまでのようだ。


 空は快晴。業務には厳しい猛暑日和になりそうな日頃の太陽。共に並び立つのは百般をこなす若きエキスパート達。頼もしくあり、さりとて自分が力になれているか不安に襲われる日もあるが、今はそうした感情はない。

 今日も、人々が幸せでありますように。そして自分のこれからの労働が、誰かの幸せに繋がりますように。進次はもうひとつの日課の、密かな祈りを生きる活力にかえ、己を奮い立たせる。


「---今日の業務連絡は以上。では各位、熱中症に十分注意するように。それでは---」


焔の号令で全員が円陣を組み、右手を重ね合う。

 これは、神山相談所の誓いの合図。入社4ヶ月の進次には未だ気恥ずかしいが、共に歩む仲間達の大切な合言葉(モットー)だ。


「今日もまた---」


『明日に繋がるベストを!』

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