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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第七章
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第七章/chapter3 幕間:神山相談所 語らい

「なんの電話だったの?焔」


事務所に入ると、真子が焔を見上げながらコーヒーを啜っていた。峰助は昼食に、十八番の郷土料理を調理にかかり、渓治はその完成まで午前にやり残した作業のためパソコンに掛かりきる。


 本日の雨という天候を鑑みても、こうして神山相談所従業員が一同に会して昼食を摂ることは珍しいかもしれない。焔は学生時代、教室の一角で共に弁当を広げていた懐かしい日々を思う。


「ん、なんてこたぁない。進次のヤローが、懲りずにまたお節介焼いたはいいけど、手に負えなくなったってんで、知恵を貸しただけさ」


「はっは、お前も相変わらず弟分に甘いなぁ。俺ぁ弟が何かやらかした時は手前ぇでなんとかしろって放置してたもんだけど」


東山家に弟を三人持つ長男峰助が笑い飛ばす。西谷家の末弟である渓治がじっとりとした視線を送る。兄と弟の、真逆な二人の形容しがたい嫌疑を払うように、真子が口を開いた。


「進次くんも、相変わらずね。でもよかった。要はお節介焼けるくらいには元気ってことでしょ」


そうとも言う、と焔が同意しながら、新たなコーヒーフィルターを取り出す。今からもう一度豆をブレンドするのは面倒だ。ケトルのスイッチを入れ、市販のコーヒーを取り出す。


「そら、できたぞ。東山惣菜店直伝の澤館焼き!」


皿に出されたのは、一見焼き餅。半分磨り潰した飯とそば粉を秘伝の黄金比で練り皮にして、様々な具材を包み焼いたシンプルな料理。

元来は別々の郷土料理だった2つの料理を、古い澤館の領主が合成してできたものが、この澤館焼きなのだとか。


「いただきます。今日の具材は?」


この澤館焼きに目がない渓司は、先程までの湿った瞳を輝かせ、軽く合掌しながら包み紙にくるまれたあつあつの澤館焼きに手を伸ばす。


「さあ?なにしろうちの店の売れ残りの中からランダムに拾ってきたからな」


峰助が二つ、澤館焼きを皿から拾い、焔のリビングのテレビを点ける。昼のワイドショーは夏の主婦タレントのコーディネート対決の様相を写し出していた。


「……お、当たりだ!カレー味が食いたかったんだよ」


コーヒーの抽出を待つ焔が、皿から一つ取り、割って中身を確認する。

真子がカレー味を食べたかった、とぼやきながら、切り干し大根の澤館焼きを食む。


 それぞれが思い思いに舌鼓を打つランチタイム。この一時だけはビジネスライクな顔を緩め、まるで青春時代に戻ったかのように、四人は談笑する。


「でさ、進次のお節介がまた炸裂してよ。子供たちの強いだの弱いだの、そういう話に首を突っ込んだのよ。そりゃあ本人たちで解決しなきゃ意味がねえって俺は思ったんだよ」


「あー、わかるぜ。男同士、譲れねえよな。俺の弟どもも、最近はすっかり大人しくなったけど、ゲーム、腕っぷし、早食い、その他諸々。いっつも俺に勝つまでやめないって泣いて挑んできやがったからなぁ」


焔が先日の進次の悩みを打ち明け、弟達に手を焼いた峰助が頷く。基本ポジティブシンキングを共有する二人が頷き合いながら親指をぐっと立てた。


「これだから脳筋どもは……。そんなの無駄な諍いだろ?他人がどうとか言ってる暇があれば、自己研鑽した方がよっぽど有意義だ」


「私らくらいの年齢になれば、そう割り切れるかもしれないけど。ほら、男の子ってそう単純じゃないでしょ?あなた達だって、無駄に張り合ってたじゃない。最辛(さいから)カレー皇帝盛(エンペラー)、誰が一番に食べられるかとか、そんなバカみたいな」


渓司が呆れながら、真子がそれをたしなめる。ブレーキが壊れたように調子付く二人を引き留めるのは、渓司の計略、そして真子の潔癖さだ。


「まあな。男ってのは、結局今も昔も競争本能があるんだろうよ。プライド、利己。もしかしたら、もっと別の何かかもしれない。だから進次に言ってやったんだよ。

そういう強さとかに埋もれそうなやつをすくってやるのが、俺たちの役割だ、ってな」


「へえ。お前のそういう格言はよお、一体全体どこから湧いてくるんだよ?」


峰助が感心しながら、包み紙を丸める。


「格言なんて、大したもんじゃねえよ。その場その場を収拾できそうな事を要約して言ってるだけさ、アドリブだよ。人生なんて、ただの選択肢の連続だろ?」


「言うじゃんか……。また格言が生まれちまったな、ミスターアドリブ」


渓司はとうに食事を終えて、今月の帳簿を付けるべくパソコンを立ち上げている。ほぼ皮肉な渓司の言い分に口を尖らせながら、焔がコーヒーを飲み干した。


「それにしても焔、貴方本当に進次くんを大切に思ってるのね。進次くんがいない時には、だいたいあの子の話してるわよ」


真子の言葉に、焔が傾けていたマグカップを止める。よほど驚愕した顔をしていたのか、真子が狐に摘ままれたように、焔を見つめている。


「無意識だったの?」


焔の口からカップが離れ、コーヒーの鏡映しの黒い水面に、その顔が現れる。


「そりゃあ」


口をつぐんだ。進次が友なのは間違いない。

 しかし焔の胸には、それだけでは決して贖いきれない疵がある。誤魔化しきれない痛みがある。


(どうあれ、10年前進次を唆してあの戦火に巻き込んだのは俺だ。進次の親父(おやっ)さんを殺したのは、そして---)



「どうしてあんなことをした!お前が抜け出したから、お前が、お前のお父さんを----」



怒りのあまり、強く、陶器が机を叩く音に、峰助達がぎょっと焔を見つめる。その視線に、焔さえ驚きながら激しく揺れるコーヒーの水面を見下ろした。


(いかん、ちょっと普通じゃなかった。そうだよ。俺は二度と進次にあんな言葉かからないように守るんだ。そうでなきゃ、俺は---)


「そりゃあ、あいつは俺の弟分だからな。一人ぼっちだったあいつを大切にしてやりたい。そう思っただけさ。……俺も、独りぼっちだったからな」


「……なぁにが独りぼっちだよ辛気くせぇ!俺らがいるじゃねえか!」


わずかな沈黙を破ったのは、峰助。焔の隣に立ち、洗おうと手にしたフライパンで、軽く焔の肩を小突いた。


「ま、焔のことだから、そんな変な責任感じゃないかとは思ったけど。それくらいの管理能力がなくちゃ、私たちの上司なんてとても任せられないもの。峰助ほど能天気でも困るし、渓司ほど陰気じゃ不安になるし」


真子がよく知る焔の姿に安堵したように食事の続きにかかりながら宣う。


「俺からは、何も。……よかったな、こういう連中で」


無関心そうに、渓司が呟く。

 焔は今になって気恥ずかしくなったように耳まで赤く顔を染めながら、コーヒーを呷り、澤館焼きを二口半で頬張った。


「ん、誰だろう?」


 そんな時だった。

呼び鈴が鳴る。通販を頼んだ記憶はなく、中元はだいたい打ち止めになった頃合い。これといって書留が届く予定もなかったはずだと振り返りながら、焔が口の中の澤館焼きを飲み込み、玄関に向かう。


「……あれ、珍しいお客だな」


覗き窓から外を確認し、扉を開く。そこにいたのはあまりにも予想外の相手。左耳から唇への鎖、青い炎を思わせる瞳の大男。


「どうやら場所は間違ってなかったらしいな。ここがカミヤマ相談所か?」


扉を開くとその大男、ディビッドが焔を見下ろしながら、そう問いかけた。

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