第六章/chapter5 神山相談所:brain works
進次が休暇を取っていた神山相談所は、まさに火のついた馬のように慌ただしかった。本日の業務は、以前より塔機関から請け負っている通信インフラ整備のためのデスクワーク組と、その実働部隊、ケーブルなどの電気工事組だ。
電話が鳴る。パソコンとにらめっこをして深い眉間のしわを作っていた渓司が舌打ちをしながら、向かいの席で作業をする焔に受話器を取るよう促す。いつもならばこの手の仕事ではまだまだ見習いの進次が電話番、給仕をしているのだが、今はその手もなく、仕方なく焔が作業を中断する。
「お電話ありがとうございます。神山相談所です」
『平野です。焔、今時間大丈夫?』
どうやら実働隊の真子、峰助の方に何かあったようだ。進展か、トラブルか。後者ならばなるべく聞きたくはないところであることは事実だ。手元のタブレット端末のメモ帳を開き、タッチペンを用意する。
「OK。どうした?」
「木之幹区萩原、作業完了よ。今塔機関の作業員の方と撤収準備中、引き続き次の地点に向かうわ」
「了解。萩原は完了……と。こっちもシステム構築もうすぐだ。なにしろ指示通りにアドインするだけだからな。悪いな、大分楽させてもらって」
「仕方ないわよ。電気工事士の資格持ってるの私と峰助なんだから。適材適所よ」
「違いねえ。じゃ、くれぐれも熱中症には気を付けてくれ」
電話を切る。メモ帳を閉じて、チェックリストを開き、進捗を綴ってゆく。キーボードを叩く音が響く神山相談所事務所兼焔と進次の自宅アパートで、渓司が神妙そうに問いかけた。
「なあ焔。この塔機関からの通信インフラ整備ってよ、本当にただのインフラ整備だと思うか?」
焔のタッチペンが止まり、じろりと渓司を上目遣いで見る。渓司が視線を上げず、画面を見つめながら問うていることを確認すると、やがて焔もその手を再び動かし始めた。
そもそもこの仕事はと言うと、焔が神山相談所結成直後、少なくとも四年前に請け負ってきた仕事だ。神山相談所一同は何も聞かず、日々押し寄せる他の依頼の合間を縫いただのインフラ整備とこの依頼をこなしてきたが、不自然な点が多すぎる。
まず、四年間にも渡って澤館の通信インフラを整備し続けていること。流石に遅すぎる上に、この四年間の間にも最新の技術も出現、波及していること。すでに完了した古い場所も最新のものに切り替えていて追い付かない、という説明ならば納得はできるかもしれないが、それにしては焔のチェックリストには完了した場所のデータしか入っておらず、更新については特に明記がない。
加えて、依頼主が街の電気小売店かつ、個人宅の電気工事ならばいざしらず、あの塔機関からの依頼だ。その地方支部とはいえ、国連にも発言力を持つ組織が、たかが街の便利屋風情に依頼を出すなど、なにやらきな臭い。渓司が怪訝そうにするのも、無理もないことだった。
「何か、でかいヤマの前触れだとでも?」
焔は突拍子もない、しかし真実味を確信しているかのように渓司に問い返す。
塔機関。その起源はもはや計り知ることはできない、神に挑む塔を築き上げようとした一派。その実態は実に不透明で、現実的ではなく、しかし持つ権限は本物だ。
魂というオカルティックなモノを科学的に解析し、その有用性を開示し、それだけの科学力を持ちながら、未だこの世界に根付く虚獣という明確な敵については解明不能の一点張り。
「何もない、とは思えない。10年前に世界で一番でかい虚獣災害があった土地だからな、澤館は。虚獣の監視網を広げているのかも」
渓司もまた、一つの確信を持ちながらパソコンの文字列を眺める。数々のプログラミングを経験した渓司だからこそ解る、言語の文字列。これは、間違いなく通信プログラムであることは確かだった。
「ふぅん」
焔が渓司の考察を流しながら、エンターキーを叩き、保存を実行する。同時に、渓司に最終確認を要請するためにそのアイテムを送信。ほどなくして渓司がメールに添付されたアイテムを確認し始めた。
「先生がそう言うなら、そうなんだろうさ。けどさ、10年前の災害は、あくまで災害だ。統計で見るなら、もっと虚獣の被害に遭いまくってる街もあるかもしれない。自分の知ってることと今起きてることを軽率に繋げるのは、利口じゃないと思うけどな。
ま、コレもいいし、悪い仕事じゃないのは確かだろ?」
焔が向かいの席で親指と人差し指で輪を作りながら、お道化てみせる。渓司はそんな焔にほとほと呆れたように肩を落とす。
情報が少なすぎる。それこそが現代社会において弱点となることを知っているからこそ。渓司はこの疑心暗鬼を捨てるべきではないと、兜の緒を絞め直した。
(流石に勘がいいな。だがそれを知るのは、今じゃないんだよ、渓司)