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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第五章
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第五章/chapter8 少女の祈り:独善

「……?いっつ……痛てて……」


想定外。その一言に尽きた。


「あ!……先輩!」


感じたのは、芝生の柔らかな背を刺すこそばゆさと、額の痺れるような震盪の余韻。そして、降り注いだしょっぱい滴の味だ。

 気絶していた進次を、満祈がさめざめと泣きながらこの世の終わりのように見下ろしていた、らしい。状況の把握と共に、今回どうやって進次が敗北したかも思い出してくる。


「起きたか。いや、焦ったぜ。まさか俺の撃ったゴム弾を弾くまではよかったが、それが眉間に直撃するとはな。不運(バッドラック)にもほどがあるだろ」


そう、そうなのだ。本日の訓練内容、並びに相手は焔、進次は遠距離からの射撃に応戦する立ち回りを、焔はその逆、白兵戦を得手とモノに対する訓練の名目で訓練をしていた。焔の言う通り、火薬式の実弾ではなく、バネと気圧で発射するゴム弾での、安全重視の戦闘だ。

 視力は最悪、故にこそ眼鏡をする進次。とても銃弾を弾く不可能に思えるかもしれないが、飽くまで視力のそれは毛様筋の力、水晶体の柔軟さの問題だ。進次は焔の癖を把握し、更に一発敢えて撃たれることで、発射から着弾までの弾速を解明。あとは銃口の向きから、どこを撃たれるかを想定し、その軌道に剣を振ればいい。クリウスの受け流しを長年味わい続けたからこその、攻撃筋の見切り入門編と言ったところか。


「うるさいな。銃弾を弾くのなんて初めてだったよ。あんなに跳弾するなんて思わなかったんだよ」


「そりゃマジモンの銃弾ならな。ゴム弾で命拾いしたじゃねぇか。眉間に当たりゃヘッドショットってヤツだぜ、普通は助からん」


かんらかんらと焔が笑い飛ばしながら、進次の背中を乱暴に叩き喝を入れる。


「笑い事じゃ、ないです!」


そんな、気の抜けた進次と焔の応酬に憤慨したように、満祈が目に涙を溜めながら焔に食らいつく。思いがけない叱責に目を丸くしながら、進次と焔が顔を見合せ、満祈をどうにかなだめようと、言葉を探す。


「帆引さん、大丈夫だよこれくらい。そりゃ目に当たったら失明もあり得たけど、脳震盪、ただの脳震盪だから」


進次が赤くこぶができかけの額を擦りながら満祈に語りかける。しかし、それは火に油を注いだように、


「頭ですよ!?放っておけば、致命的な障害を残すかもしれないんですよ!?どうして……どうしてそんな---」


「満祈、ストップ。それ以上の移入はダメだよ」


興奮ぎみに食って掛かる満祈に、蘭が待ったをかける。どうして、と納得できないように蘭さえも睨み返す満祈の頭を引き寄せ、耳打ちする。


(記者が主観で関わってどうする?)


(……えっ?)


(アタシ達は飽くまで記録生だ。記録する者ってのはね、常に中立でなきゃいけないの。たまたま、今回はたまたまミトスの側に寄っているだけ。そこに、記者本人の思想や考えは、持ち込んじゃダメ。アタシ達の仕事は、『ミトスの真実』を伝えることなんだ。アンタの感情で、『真実』を改竄しちゃダメ。わかった?)


蘭の公平かつ冷淡な、その心得を諭され、やり場のなくなった怒りと、不安とを鎮火させられる。もっとも、埋火に残る熱のように、やるせなくその心を焦がす感情は、決して消えてはいないが。


「……満祈ちゃん、不安にさせたなら悪かったな。けど、その、なんだ。これから先、こんな風に目の前で誰かが傷付く光景も、まだまだあるかもしれない。手を引くなら、今のうちだぞ」


焔が打ちひしがれたようにその瞳を伏せる満祈に謝罪し、忠告する。

 これが、ミトスの現実(リアル)。否、命のやり取りまで至らないのならば、これすらも茶番にすぎないのかもしれない。しかし、やめることは出来ないことも事実だった。何故なら虚獣は、こうしている今も世界のどこかに顕れ、人々を蹂躙しているかもしれないが故に、その戦う手段を、手を抜いたまま備えられるはずもない。


「…………いえ、私こそ、取り乱してすみません……」


一先ずは、冷静にその現実を分析して理解した満祈がしおらしく頭を下げる。以前胸の熱は消えてはくれないが、必死に、蘭の言葉を咀嚼しながら奥歯を静かに食い縛る。


(私はあくまで記録生……個人の感情は、いらない。入れちゃいけない……でも、だって---)


「---さて、焔。もうワンセットお願い。思ったより時間を食っちゃった。お互いこれじゃあ全然足りないだろ?今度こそその懐まで踏み込むからね!」


「ははっ、今度は無様を見せるなよ?………満祈ちゃん、進次の介抱ありがとな」


「あっ………」


満祈が引き留める間もなくその義兄弟が運動場に走り出す。定位置に付き、焔のコイントスしたコインの落下と共に、目まぐるしい伝説(ミトス)が再現される。


(---だって、本当はあの人が傷付くところなんて見たくない。10年前、私に救いをくれたあの人が、手の届かない伝説なんかになってしまうのが、怖い……)


 満祈がその凄まじき剣戟、銃声、大地を抉り取る一歩ずつを、震える心のままカメラに収める。

嗚呼、どうか。神様が(ましま)すならば。かの水鳥のように舞う彼の者に、戦いの届かない安息を。

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