第五章/chapter6 覚悟と当惑
夜が来た。今日も今日とて、澤館のミトス達は研鑽のために運動公園に集うが、しかし、本日の訓練からその毛色は少し変わる。何しろ予定になかった、訓練風景も含めたミトス活動記録生達が、ここにいるのだから。
「ひいふうみ……えらく少ないな」
しかし、それもこのように急拵えの話ともなれば、表情を変える少年少女がいるのも事実か。
部員全員が揃うことは叶わなかった。目の前で起きるかもしれない惨劇への忌避、ディビッドの態度からミトスへの信頼を疑問視した批判、単に部活動の本業へ懸けたいという利己。理由は様々だが、この場に集まった部員は、たったの四人。
部長の蘭、啖呵を切った満祈、やや神経質なほどに体調管理を徹底した少年、重たい音響機器を抱えた部一番の力持ちと推測される少年。
「申し訳ないです。アタシの人徳がないばっかりに、取材に全面協力できなくて……。ディビッドさん、でしたっけ、きっと怒りますよね」
「そんなことはないさ。むしろよく集まってくれたね。感謝しますよ」
クリウスの握手に応じる蘭。
互いにパートナーシップを確認しながら、健闘を称えあうが、しかし。
「あの子達は?」
「お前知らないのか?第6班がミトス活動記録生の記録活動を、訓練から許可したんだとさ」
「はあ?なにそれ聞いてないんだけど!隊長の許可なくそんなのできるわけ---」
「その隊長の許可らしいよ?急すぎて困るよね……」
ざわめき出し、波紋を広げる隊員たち。その視線は困惑、誹謗、嫌厭を無遠慮に注ぎながら、クリウスと蘭、記録生たちを威圧してゆく。
「部長、おれ達やっぱり帰った方がいいんじゃないですか…?」
「真之、ここで帰って、それがこの人達のためになるって?」
蘭が、恐らくわざと、この第6班の輪の外で中傷を続けるミトス達に、声を張り上げる。
「答えはノーだよ。アタシ達は同じ痛みを味わったはずだ。同じ未来を目指して、この10年間を生きてきたはずだ。今は、立ってる場所が違うだけ。ミトスはミトスじゃなきゃ守れない世界が、記録生にはアタシたちにしか伝えられないことがあるはずだ。その役割を、たかだか嫌味を言われたくらいで投げ出せるかっての!」
(ミトスにしか守れない世界……彼女達にしか、伝えられないこと………)
進次に染み入るその言葉。批判していたミトス達も、ぐうの音も出ないと言わんばかりに押し黙る。
そう、ここにいる者達はみな、同じ痛みを分け合ったはずだ。澤館虚獣大災害。多くの人々が恐怖に包まれ、悲しみに暮れて、憤怒を煮やし、もう一度、立ち上がろうと決意した、あの日。
彼女の覚悟は、もうあの日から決まっていたのかもしれない。ミトス達は、それを忘れていただけなのかもしれない。
(ああ、でも僕は)
そんな中進次は、一つの懸念に、心が揺さぶられていた。
彼女の決意は正しい。立ち上がる姿は、実に強く、尊き、人間の姿だ。しかし、しかし進次は、
(どうするのが正しいんだろう。僕は、父さんが守りたかったこの世界を守るためにミトスになった。でも、虚獣の親玉に仕立てられてしまった、鈴奈ちゃん。彼女は---)
彼女を無視して進むことは、決してできない。なぜなら彼女をもこそ、譲は救おうとしていた。
残酷なまでの矛盾。人々を守るためにこそ、虚獣は倒さなければならない。それこそが、ミトスの、人類の本懐だからだ。
しかし虚獣を生み出し続ける彼女を救うとは、つまりその間は虚獣を生む彼女を看過しなくてはならないということ。そんな当然の、自分の中に渦巻いていた矛盾を、よりにもよって守るべき人々である蘭から突きつけられた。
もっとも、蘭が進次の事情を知るはずもなく、自身で足を突っ込んだ、底の分からない沼のようなロジックエラーではあるのだが。
「おい、こいつはどういった了見だ?どうしてたった四人しかいねえ?」
進次の嵌まり込んだ負の螺旋、意識の坩堝を引き上げるような、不機嫌な男の声が一つ。ディビッドだ。案の定部員が全員揃わない聖修の面子に睨みを利かせながら、ミトス達の網を掻き分け第6班と記録生の対面する輪に踏み込む。
「八割方お前のせいだぞ、ディビッド。いらん軋轢を生みやがって、未来ある若者に圧をかけるのはやめてくれないかね?」
焔が呆れたようにディビッドを見上げながら、その拳の射程圏に入らないよう警戒する。一瞬、ディビッドの苛立ちが煮え立ったように空気にピリッと悪寒が走るが、その青い炎の瞳は酷薄に興醒めしながら、吐き捨てる。
「はっ……俺に怖じ気づくようなら所詮、そんなもんだ」
「そうかな?今回の話においては、ディビッドくん、君も悪い」
ディビッドの神経を逆撫でするようにかけられた、その言葉。ディビッドが振り替えると、そこに納刀した大太刀をひたりとディビッドの肩口に宛がう男が一人。澤館ミトス隊が隊長たる男、綾だ。
「………てめえ」
「君の言葉には一理あった。だからこそ、俺も訓練からの撮影を塔機関支部長、市長、学生を保護する教育委員会、その他にも様々な関係者と緊急会議を開いて承認を得てきたわけだ。
だがな、さっきそこにいる部長さんの言っていた通り、この澤館で覚悟なく虚獣と、その過去と戦っている人間はいないんだ。それだけは撤回し、彼女達に謝罪しろ」
体格差、威圧感。どちらもディビッドが勝るこの睨み合いだが、しかし明らかにディビッドにはない綾の「何か」が、僅かにディビッドを気圧し、叛意を削ぎ落としてゆく。舌打ちを一度、ディビッドが視線を切り/敗北を認め、記録生達に向き直る。
「侮辱したのは謝る。悪かった。だが約束しろ。手を抜くな、隠し立てするな、真摯でいろ。……頼むぞ」
不器用に投げ掛ける、全うであれという男の願い。ひどくしおらしくなったその様に、部員達が顔を見合せる中、蘭が右手を差し出し、
「ええ、伝えますよ。ミトスの皆さんの真実を、余すことなくね」
ディビッドが左手を出しかけて、右手でぶっきらぼうに蘭の手を握り返す。
「さあ、話も纏まったことだし、訓練訓練!無駄に使える時間はないぞ!」
綾の発破で、一部始終を見届けていたミトス達がそれぞれに散り始める。きっと未だ納得していないミトスもいることだろうが、綾は間違っていないと胸を張りながら踵を返す。
「なんていうか、アレだね。さっすが隊長って感じ?」
「ああ、俺の副班長としての面子丸潰れってな……。あれがリーダーの風格か……」
ナターシャが焔に投げ掛け、焔が情けない、とやや自嘲気味に応じる。進次は綾の言葉に、その背に、今一度人間の正しさを見ながら、感慨に耽る。
(---どうあれ。やっぱり裏切ることはできないな、僕は。どうすればいいのかな)