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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第五章
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第五章/chapter5 誓い敬剣

「今日はすまなかったね。怖かっただろう?」


部員達のなかでたった二人、第6班を見送りに駐車場に出た蘭と満祈に頭を下げ、クリウスが陳謝する。満祈は少しだけ目を赤く腫らしながらも踏みとどまった。やや気弱な妹としての印象を抱いていた進次と焔にとって、今日の満祈の啖呵は大いに驚かされた。


「ほんと、ごめんな?ディビッドのヤローには、圧をかけんなって俺達からも怒っとくからさ。俺、一応副班長だし、それくらいの権限はあるんだぜ?」


「いえ、大丈夫、です。私、ちゃんと正しく私たちの気持ちを言えましたから、ちゃんと、覚悟は見せないと……です」


満祈が力強く両手を握り締めて、控えめなガッツポーズで意思表明する。本当に、彼女があの満祈なのかとやや戸惑いながら、焔が義妹の成長に頬を緩める。


「じゃあ班長さん。その、いいんですね?ああ言われた以上、私達も引き下がれませんから。訓練風景から通して、全部報道する……ってことで?」


蘭がクリウスに最終確認を取る。

 これより聖修高校映像部は、澤館ミトス隊第6班の活動を、ミトス大会終幕まで取材する。きっと、さまざまな反響を呼ぶであろうことは目に見えている。まして昨今の情報化社会においては、その波紋は世界中に広がり、議論、批評を呼ぶだろう。澤館固有の、ミトス活動記録生の活動・報道は、それほどに周知されていることも事実だった。


「本当は俺の独断では、うん、とは言えないんだけどね。だがディビッドくんの言い分も一理ある。いつ、どこで誰が虚獣に襲われて、暴走ミトスに出会して被害に遭うとはわからない世の中だ。現実として、ミトス同士の戦闘がどれほど凄絶なものかを伝える、ということは必要なのかもしれない。

ミトス隊隊長、それから塔機関の支部長には、今すぐ俺から掛け合ってみよう。部長さんは、くれぐれも部員のみんなと、本当に取材・報道をするべきなのかを、これから話し合ってみてほしい」


クリウスが蘭に返答し、蘭が了解、と敬礼する。浮かない表情で感情を沈めているのは、ナターシャだった。


「ナターシャさん?やっぱり嫌ですか?」


「嫌かって聞かれると難しいけど……やっぱりこうなったか、って感じかな。アイツ、あんなのでいながら人一倍正義感だけは強いっていうか、その……」


ナターシャが言い澱む。きっとその因縁は、進次の預かり知らない欧州での物語。今ここで聞くのは、きっと違う気がするが、そんな風に思わせ振りにされて気にならないのは難しいもの。


「あの、ナターシャさん、でしたっけ?それからトーマさん?何があったかは知りませんけど、私ら取材して問題ないんですか?あんまり険悪だと、カメラを回すのも気が引けて」


蘭が控えめに、しかし核心的に切り込む。焔がそれに便乗する形で、自ら地雷を踏みに飛び込んだ。


「そうだな。これ以上は見ないフリってのも無理だ。お前さん方、何があったんだよ」


トーマは依然として鉄仮面を崩さないが、ナターシャの貌が悩ましく皺を寄せて歪む。ナターシャが助け船を要求するようにトーマに振り返るが、トーマに出せた答えは、


「ナターシャが話すなら、俺が補足しよう。お前次第だぞ」


と、酷薄にしてトーマなりの最大限の尊重だった。要するにフォローはする、悪く言えば骨は拾ってやる、とナターシャを突き放した形だ。


「……うう、ウラギリモノー……」


ナターシャが呻きながら、深く肩を落とす。深呼吸を一度。覚悟を決めたようにその女神の微笑みを断ち、冷淡な無貌と化す。

 大丈夫。どうせ今となってはどうでもいい過去の瑕だ。あの時の辱しめをもう一度受けるわけではない。むしろ同情から以前より優しくされるメリットがあるかもしれない。


「ここにいる人以外に、誰にも言わないでよ?……アタシ、人身売買されたの。アイツの一族に」


「じん……え?」


トーマとクリウス、この2名以外の一同が息を飲みながら、ナターシャを見つめ返す。


(ああ、最悪。やっぱりそんな目で見るんだ)


奇異、憐憫、あるいはもっと不躾かもしれない。ともかく人数が少なくてよかったが、どうせ噂は広まるもの。ナターシャの安息の日々は、きっと終わりを告げるのだと覚悟した。


「そんな……どうして」


最初にその疑問を口にしたのは、進次。無理もない。ディビッドは今の進次の戦いの師であり、進次が戦う理由を語り、不器用ながらも受け入れてくれた戦友だ。そんな彼が、ナターシャの語った通り、正義感は本物であろう彼が、人身売買などという闇稼業を、どうして……。進次の黒曜の瞳は、失意と疑念に濁りながらも、微かに残るディビッドへの信頼を離さないようにナターシャを見る。


「それは」


「よりよい遺伝子を欲した……簡単に言ってしまえば、そうなるな」


ナターシャが言い澱む一方、トーマが淡々と宣う。言葉の意味を咀嚼した満祈と蘭が血の気を引かせ、焔は歯ぎしりを立たせながら拳を握り締める。

ナターシャは、いたたまれなさに瞳を伏せながら、呼吸を詰まらせていく。まるで拷問だ。あの時などよりなおひどい。だって自分の過去とは訣別したはずなのに、今こうして、よりにもよって最愛の人に白日の元に曝されている。

 いっそ、狂気に包まれた連中(ホーキンズ)に凌辱されていたほうが気が楽だったというもの。何しろ正気ではない人間の皮を被った獣相手だ。獣にヒトの道理が通じるはずもないと割り切り、乗り切ることができたものの。

彼らは人だ。正しく摂理を守り、良識に囚われる潔癖さを持ち、だからこそ汚れた自分を糾弾することのできる、ニンゲン、なのだ


「---だがな。ナターシャは決して邪の道に堕ちなかった。だからこそ、俺は今もナターシャを人として、当たり前に隣にいる誰かとして、守る責務を覚悟している。……どうか、ナターシャを信じてくれないか」


伏していたナターシャの日の瞳が、今一度昇る。その先に立っていたのは、この世でたった一人、ナターシャを救った英雄の背中。トーマはそれでもなお、ナターシャを信じろと、汚れに満ちたこんな自分を信じていると、皆にもそうしてほしいと、嘆願し、静々と頭を下げていた。


「---もちろんだ。ナターシャくん、トーマくん。辛い話をありがとう。俺たちは同じ班だから、じゃない。一人一人が友として、君たちを支えるさ」


クリウスがトーマの両肩を掴み、励ます。呆気に取られた進次が我に帰り、トーマと、ナターシャに駆け寄る。


「そ、そうですよ!大事なのは、これからのことです。ですよね?ともかく、僕はトーマさんとナターシャさんのこと、前より尊敬するようになりました!だから、その……一緒に強くなりましょう!」


進次の上手くない必死のフォローにやや毒気を抜かれながら、脱力した焔が深呼吸を一度。おどけたように一言。


「ま、水清ければ魚棲まずってな。俺には今まで通りの二人の方が気楽でいいや。だからよ、これからも肩の力抜いて一杯やれる、馬鹿な関係でいようや。な?」


「………………」


満祈がその群像劇に思わず目をしぱたたかせながら蘭と顔を見合せる。蘭は何故か、その光景を誇らしげに見つめながら、満祈に微笑み返す。


「みんな………」


ナターシャの溜飲が下がる。どうやら彼らの視線に悪徳を見出だしていたのは、ナターシャ自信の不徳な心からくる疑心暗鬼だったようだ。思わず零れ出した涙を拭い、彼らの誠実に感謝をしながら。


「ごめんね。これからも、一緒にいてくれる?」


断る理由は、その場にいた誰にも見つからなかった。クリウスの先駆けで、自然と5人は円陣を組み、ミトス武装を掲げ合う。

 なんだか不思議な気分だ。ただ武器を重ねあっているだけなのに、進次はその魂が一丸となるように、繋がりあったように錯覚した。


 こっそりと、その一団の誓いの掲剣を、蘭が写真撮影していたことは、後に動画アップロードのサムネイル画像で気付く第6班なのであった。

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