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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第五章
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第五章/chapter4 不安要素

 真夏のかんかん照りをブラインドで遮る、聖修の映像部の本拠点であるコンピューター室の一角、放送室。部員12名、顧問教師1名。彼らは今、演劇部と合同の映画撮影を終え、最終仕上げの編集作業に奔走しているのだとか。


「はい、どうぞ」


 クリウスが放送室のドアをノックする。軽やかな女声の返事に招かれて、ドアを開く。


「失礼します。到着が遅れてしまい、大変申し訳ありません。

澤館ミトス隊第6班です」


クリウスが開口一番静々遺憾の意を示しながら、出迎えた部員に頭を下げる。次いで、焔、トーマ、進次、慌ててナターシャも一礼する。

 そこに立っていたのは、恐らく先程の声の主。聖修の品行方正なイメージとはひと味違った、ややフランクな印象のショートカットの少女。スカートは校則ギリギリの短さに裾上げし、そのチョコレートブラウンの瞳は自信に溢れたように第6班を捉えながら、


「ああ、いいですいいですって。顔を上げてくださいな。こちとら取材させていただく立場なんですから、自然体。自然体でお願いしますよ」


そう、頭を上げるように促す。気立てのよい、この部の姉御肌といった印象の物腰。


「挨拶が遅れました。澤館聖修高校、映像部部長の菖蒲池蘭(アヤメイケ ラン)です。さ、廊下じゃ暑いでしょ。どうぞ中へ」


蘭は第6班のメンバーを放送室に招き入れる。廊下用のスリッパから、放送室用のスリッパへ。ただでさえ敏感な精密機械の多い部屋だ。外部からの湿気、埃は致命的な故障の要因足り得る。細心の注意が必要なのだろう。

 室内には多くの生徒がパソコンに向き合い、あるものはリクライニングによりかかり天を仰ぎながらホットアイマスクで目を休め、あるものは眉間に皺を寄せながらヘッドフォンを宛がい、あるものはIT企業からの助っ人かと見まごう勢いでキーボードを連打する。


 動画編集、音響調整、HP(ホームページ)・SNS広報。その他にも様々な役割を担い、兼ね合い、この一室そのものが一つの生命体のように連綿と繋がり、連携することで、急ピッチで作業をこなしてゆく。学生でありながらこんなにも本格的に取り組んでいると想像もしていなかった世界に、思わず進次が圧倒される。


「はい!全員今やってる作業を一旦保存中断して集合!ミトス隊の皆さんが見えたので、集合!」


蘭の一声に振り返る少年少女。一瞬、険悪な視線が注がれたように感じる。

それもそのはず。ただでさえ作業中、集中力を妨げられればそれはモチベーションの低下に直結する。しかもそれが予定通りの時間ではなく、相手方が遅刻したのならばなおのことそうだろう。しかし、そんな叛意も


「…………!?」


生徒達の目に、僅かな恐れが浮かぶ。そう、そんな叛意も、この中では極めて異質なディビッドの雰囲気に気圧されるばかりだった。


「蘭部長、お茶とお茶菓子、用意できまし…た……。天野先輩!?」


放送室の奥、給湯室から現れた、小柄な部員。わずかに癖っ毛かかった黒髪をポニーテールに結い上げた、その制服姿の彼女は、


「あれ、帆引さん?……そっか、そういえば聖修高校だったっけ」


満祈だった。進次もすっかり忘れていたが、満祈の通う高校はここ聖修だった。満祈はひどく目を白黒させながら、驚愕に震える腕で机に茶菓子と、麦茶の入った大瓶のおぼんを置く。


「ん?なに満祈、知り合い?天野……天野って確か……」


蘭が満祈の動揺に首をかしげながら、数秒。思い至ったようにしたり顔に頬を綻ばせながら、「へえ、この人が……ふむふむ……」などと、進次を興味深そうに一瞥し、


「さあさ、こちらへどうぞ。当日の手筈を確認しようじゃありませんか」


意味深な眼差しを進次に送りながら、部員を着席させ、彼女はプロジェクターの隣に。

焔がおおよその事情を察知し、進次の肩を叩きながら、着席を促す。どこかばつが悪そうに、顔をしかめさせながら。


「………?」



「以上が、澤館ミトス大会の日程になります。聖修高校の皆さんにはそれぞれ、予選の救助技術試験においては我々の班員一人につき二人、合わせてスリーマンセルで撮影に望んでいただきたいと考えています。質問がある人は?」


クリウスのプレゼンテーションで流された、過去の大会での記録と、今夏の日程説明が終わり、教鞭を執りいきいきと解説を終えたクリウスが振り返る。蘭が挙手し、クリウスが起立を促す。


「聞くところによると、予選後の本選……ミトス同士による戦闘技術試験においては、その、流血などの報道に好ましくない映像もあるかと思います。私たちの撮影、報道はどの線引きまで許可されるんでしょうか?」


「はあ?」


ここまで沈黙を通してきたディビッドの唸りに、蘭、クリウスのみならず第6班の面々も思わず振り返り、映像部員達が凍りつく。クリウスが「待った」の合図を出しながら、蘭に応じてゆく。


「その懸念はごもっとも。飽くまで我々の活動は、虚獣に屈しないという民衆の皆さんへの意思表示であり、決意表明。ミトス大会とは、本来そのためにある。

しかし、悲しいかな世に暴走ミトスという社会問題があることも事実。だからこそのミトス同士による戦闘技術を競い合うその形式が取られているわけだね。二重の意味でのプロパガンダなんだ。虚獣には屈しない、決して暴走ミトスは出さない、とね。

その上での報道は、確かに勇気のいることだ。君たち編集者にとっても、向き合うのが辛い映像も撮れてしまうかもしれない。飽くまでそこまでカメラを回すかは、部としてみんなでよく話し合って決めてほしい」


クリウスが話し終わり、ディビッドに発言を促す。言われるまでもないと言わんばかりに、その重たく響く声を上げる。


「冗談もほどほどにしておけ。こちとら遊びでやってんじゃねえんだ。お祭り気分での撮影なら、最初からやらないほうがマシってな」


吐き捨てるように投げ出したその言葉。ざわめき出す部員たち、その中でも一際鋭くディビッドを睨み返す視線が二つ。


「つまり、何が言いたいんですか?今の発言だと、まるで私たちが遊び半分で取材をしている……と侮辱された以外に聞きようがないんですが。もっと別の、正当な理由があるなら聞かせて下さい」


クリウスの隣、その柔和な女丈夫の目を影に潜めた鋭い視線を浴びせていた一人、蘭がディビッドに問い詰める。


「分からないか?なんでも都合のいいものだけを切り取るのが、世のためになるとでも?汚ぇ現実から目を背けるな、って言ってんだよ」


ディビッドの言葉に、蘭が驚愕の目を向ける。理解した。ディビッドが真に憂いることを。

つまりディビッドは、ミトス同士の戦いすらも、これが現実だと世界に報せるべきだと、そう言っているのだ。粗野、横暴、そんな印象を抱いていた聖修高校の部員たちに衝撃を与えた。


「……じゃあ、提案なんですけど」


そんな中、おずおずと挙手する女生徒が一人。満祈だった。クリウスに促され、皆の視線を集めながら深呼吸を一回。覚悟を決めたように、その口を開いた。


「これから一週間、第6班の皆さんの訓練風景も撮影させてもらう……と言うのはどうでしょうか?包み隠さず、全てを伝えるなら、私たちの本気を知って貰うなら、それが一番だと思います」


再びざわめき出す部員たち。それもそうだろう。ただでさえ先約(えいが)があるというのに、これ以上の仕事は流石に手に余る。ましてそれを編集し、報道として動画サイトや地方テレビ局に提供するとなれば、もしかすると、不適切なコンテンツの配信とバッシングを受け、炎上することも十分ありうる。


「みんな、静粛に!満祈の話はまだ終わってないよ」


蘭の一声で部屋に静寂が戻る。満祈は、大人しく、穏やかな彼女とは思えない静かな怒りを宿した瞳で、ディビッドを真っ向から睨みながら、


「私たちの覚悟は、もう決まっています。10年前に、ここにいる全員が多くのものを失ったあの日、澤館虚獣大災害から。

っ……それをお祭り気分だなんて。それだけは、取り消してくださいっ……!」


満祈の瞳に涙が滲みながらも、それを決して溢さんとさらに瞳に力を込める。ディビッドは確かめるように/気圧されないようにその瞳を睨み返しながら立ち上がり、満祈に一歩、また一歩と、重苦しく迫っていく。

流石にまずいと判断した焔、続いて進次がその間に割って入り、トーマがディビッドの左腕(ききうで)を掴み、睨みを利かせる。


「ええい、うっとおしい!手出しはしねえよ、離せ」


ディビッドがトーマの手を振りほどき、焔と進次を掻き分けて、満祈の目の前に迫る。満祈はなおもその瞳の涙をこらえ、唇を噛みながら、その巨人を仰いだ。


「いいだろう。なら、精々やり遂げてみろ。忠告しておくがな、変に事実を覆い隠すようなマネをしてみろ。俺は女相手でも嘘つきは容赦しねえぞ」


「ディビッドくん、そこまでだ」


クリウスに窘められ、心底気に入らなかったように部屋を後にする。

 こうして、互いの連携を深めあい、親睦を深めるはずだった顔合わせ会は最悪の幕切れを迎えた。

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