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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第五章
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第五章/chapter2 愛すべき青春の萌芽たち



 澤館のローカル線に揺られること15分。進次は第6班の面々と落ち合うべく、この街一番の人口の出入りがある駅、澤館駅に降り立った。

懐かしい、学友と歩んだその黒タイルの道並み。すぐ左手奥には塔機関の二重螺旋をモチーフにした澤館支部も見える。ここは進次の母校・県立澤館高校の最寄り駅。しかし、今日は右手側(そちら)に用はない。あるのはその反対方向、澤館駅の左手側の道沿いにある、もう一つの高校、市立澤館聖修高校だ。


「さて、他のみんなは直接向かってるはずだ。急いで行こう」


左腰の蓮剣を鞘走らないよう、もう一度固定ベルトを確認する。

 思えば、聖修高校に向かうのはこれが初めてかもしれない。偏差値は、実に70。進次の頭脳では想像もつかないハイレベルな学業成績だ。その上で、耳にした噂では全生徒部活動必須の文武両道をほしいままにする、スーパーマン/ウーマンの坩堝なのだとか。比較的年齢が近い進次は、辟易としたものだ。


(そういえば一応剣道部には所属したことはあったけど、元々がクリウス先生の剣だもんな。禁じ手絡め手で顧問の先生に怒鳴られて、一日で退部(はもん)にされたっけ)


今となっては、惜しいことをしたと思う。より多くの対人戦を経験しておけば、より多くの戦術、絡め手を会得することができたかもしれないと言うのに。何より、近隣でもレベルの高い聖修高校の剣道部生徒との練習試合をし、佳きライバルと巡り会うこともできたかもしれないと言うのに。


「あれ、先輩?天野先輩ッスよね?」


その声に振り返る。どうやら黒タイルの照り返しの熱さに浮かされ、回想に浸っていたようだ。

声をかけたのはガチガチにヘアーワックスで髪の毛を(キメ)た少年、そばかすの愛くるしい雰囲気に不釣り合いなピアス穴を耳に開けた少年、整った顔立ちの、流し目の茶髪をした少年の三人組。どの顔も個性的ではあるが、しかしその瞳は未来を信じて疑わない輝きに満ちた少年たち。彼らは、


「やあ、檜山くんに、西谷くん、それに真木くんか。相変わらず、3人仲良さそうでよかったよ。もう喧嘩(バカ)やらずに、全うに生きてる?」


彼らは進次の風紀委員長時代の、一番の不安要素だった少年たちだ。紆余曲折あり、人道を諭した進次の活躍により更生した元悪餓鬼どもだ。


「へへっ、そりゃあ『仁王の天野』に人道説かれて立ち直らねぇヤツはいませんて。なにより眼力が半端じゃない。ありゃあ(こえ)え。加えて剣の腕も立つときた。天野先輩以上の風紀委員なんて、そうはいませんよ」


「馬鹿じゃないの?天野先輩は『菩薩の天野』でしょ?僕みたいなヤツのちっぽけな劣等感とか、なんかそんなものもまとめて受け止めて、認めてくれたのは天野先輩だけだよ。なにより、そんな末恐ろしい眼、天野先輩がするわけないじゃないか。言葉には気を付けなよ」


「お前ら、わかってないな。天野先輩は『如来』だよ。この人は心底から誰だっていいんだ。誰がどうあっても、それでいい、って俯瞰できる別次元の眼ぇしてんだよ」


………………。進次の知らないところで、風紀委員長は伝説になっていたらしい。ただ普通に、皆が互いの心を分かり合い、分かち合える関係を築けるように、その手助けをしただけのつもりだったのだが。それとも彼らが大袈裟に太鼓持ちをしているだけだろうか。


「そっか。まあ元気そうならよかった。そういえば、なんで聖修の方向に向かってるの?」


「そりゃ、これから俺たち、コレですから。天野先輩こそ、母校は逆方向ッスよ?方向音痴でしたっけ?」


檜山少年がバスケのドリブルのジェスチャーをしてみせながら、進次に煽りを敢行。相変わらずこういった所が小憎らしい。


「実は僕、聖修の非常勤講師でね。これから部活の監督に行くんだよ」


得意気に見え透いた嘘を吐く進次。すっげー!と沸き立つ檜山少年。そんな純粋無垢な瞳を、真木少年がひっぱたく。


「阿呆か!高卒で高校の教師になんぞなれんわ!多分、ソレ、ですよね?ミトスとしての講演とか」


真木少年の頭のキレに感心しつつ、腕時計を確認。どうやらお喋りはここまでのようだ。


「えっ、ミトス!?天野先輩、ミトスになるって言ってたのマジモンだったんスね!うわ、マジで剣下げてんじゃんかっけぇなぁ」


「はい、お話はここまで。僕急いでるから、またね」


そう別れを告げながら走り出そうとした矢先。そこが既に、聖修高校の校門前だったことに気付く。


「あれ、天野先輩……実は僕らの事厄介払いしようとしてた……?気のせいですよね?」


じっとりと湿り気を帯びた、西谷少年の目が進次を見る。


「ちが……、単に時間が危なかっただけだから!ああもう睨まない、睨まないの!」


「冗談ですよ。ほら行こう?天野先輩にたかったって、ジュース一本奢ってくれるわけじゃなし。それじゃ単なる恐喝だ」


西谷少年がジト目を切り、興味をなくしたように/一人立ちを始めたように、聖修高校の中へと踏み込んで行く。それに続きながら、進次に思い思いに手を振る檜山少年、真木少年。

 どこか懐かしい、その少年たちと過ごした僅かな青春の日々。よかった、と安堵していた。荒みきっていた濁った瞳は、もう彼らにはない。進次は少しだけでも、彼らの未来を照らすことが敵った少年時代を振り返りながら、ため息を一つ。


「よう、進次。アイツらは?」


駐輪場から掛けられた相棒の声。暑苦しいジャケット姿の焔が、進次の肩にもたれかかりながら、進次に振り返り手を振る少年たちを問い掛ける。


「んー?舎弟……なんちて」

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