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虚ろの獣使い  作者: 松風ヤキ
第四章
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第四章/chapter13 the absolution Ⅰ

 誰もいなくなった、陸風を湖に流すさざ波の境内。静かな杉のさざめきと、手水舎(ちょうずしゃ)のわずかなせせらぎ。普段、街中のアパートではなかなか聞けない深々とした自然の音色たちの中、進次は訓練で火照った体を冷ますように、砂利を踏みしめる。


 潮名は中潮、丁度七部ほどの月光を落とす、一人で歩くには丁度いい明るさ、広すぎる境内。大海にこの家に招かれるようになってから、何年経ったか。こうしてとりとめもなく、誰もいない静かな境内を歩くのが恒例になっていた。


(こうしてよく、考えてもしょうがないことを色々考えながら、小石を蹴ってたよなぁ……)


葛藤、懊悩、悲観、自罰。兄弟達と共にあった時間は、学友達と過ごした時間は、そんな暇もないほどに走り抜けてきた。そんなことすら後回しにするほど、輝いていたのかもしれない。

 しかし、独り。こんな夜の静寂に包まれてみると、不意に、自分は独り、この静寂のなかに置き去りにされてしまったのではないのか。それともこの暗黒の不安こそが、自分の本質なのではないか。自分が生きていることで、誰かの幸せを壊してしまっていないか。


「っ-----」


フラッシュバックする、不安に濡れた視界。そんな恐怖の螺旋に何度も足を突っ込んだ。それほどまでに、進次には隣にいてくれる誰かの存在が温かかった。愛に溢れていると、胸を張って言える人々がいた。孤独が、恐ろしかった。


「バカだな……結局ひとりじゃ何にもできない弱虫のままだ」


脳内に染みた目眩を、ゆっくり丹念に絞り出す。そうして宗崎家の明かりの方へ振り返った---


「うおっ!?えと、鈴奈、ちゃん……?びっくりした……いつからそこに?」


 進次が振り返ったその一尺後ろ、鈴奈がぴったりと進次の背後にこじんまりと佇み、悪戯っぽくその口元を緩ませながら、進次を見上げていた。

正確にはその顔には、やはりまた眼帯が付いており、その翠玉色の瞳を封じていた。しかし、そんな状態で上を向いていたので、やはり見上げていたのだろう。


「大海が呼んでいるわ。あなた……進次くんが帰ってくるまで、食事を待っていたのよ」


そう告げながら、暗中を手探るように進次の身体をまさぐり、目当ての部位を見つける。右手だ。鈴奈はまるでそうするのが当然のように、進次の右手を引き、宗崎邸に引っ張っていく。

戸惑いの中、進次はよせばいいのに、自分でも解っていたが、どうしても、その右手で鈴奈を引き留め、その二つの疑問を投げかけた。


「鈴奈ちゃん、何度も言うけど、僕は天野譲じゃないんだよ?その、そんなに警戒心無くていいの?」


鈴奈が振り返ったその口元を、不思議そうにすぼめる。きっと、目が開いていればきょとんと目を見開いていたに違いない。


「だってあなたは、(ティアマト)を見当外れにも人間(スズナ)と呼んだのよ?畏れ崇めるべき神としではなく、さりとて憎むべき人間(あなたたち)の敵としてではなく。

ええ、きっと。それだけで、鈴奈(わたし)には十分信頼に値するわ。


……ごめんなさいね。半分は本当だけど、半分は嘘だわ。妾たちをそんな風に扱ったのは、実は三人目。その内の一人が(あのひと)だから、きっと重ねてしまっているんだわ。

だから、妾たちに真摯に向き合う必要はないわ。妾たちも、真摯でない気持ちが半分なのだから」


なんだか、鈴奈と話すのは不思議だ。たった一人しか目の前にはいないのに、声、喋り方、表情が、こう、カチリと切り替わるように一変する。彼女の体に、ティアマト、ヴリトラ、レヴィアタンと、三柱もの魂が宿っていることが一因だろうか。意識は共通しているのに、意思がそれぞれの思惑でこちらを翻弄してくる。進次は出逢ったことはないが、多重人格という症例を連想する。実際にいるとしたら、このような感覚なのだろうか。


「ふーん……まあ、僕はいいけど。というか、夜はあの地下洞から出てきてるんだね?気付かなかったよ」


「ええ、昼間は眩しすぎて、とても地上に居られないから。それに---」


鈴奈が眼帯をしているのは、考えてみれば必然であった。人間は、怪異を恐れる。それがたとえ、その特徴以外の全てが人間と同じであろうと。

鈴奈は産まれながらにあの瞳をしていたという。しかし、その異端を、宗崎の企てを世間に知られるわけにはいかない……そんな身勝手から、鈴奈の眼は封印された。故にこそ、鈴奈の目は極端に光に弱く、殆ど見えないのだそうだ。


「それに?」


進次の聞き返した声に、彼女(ヴリトラ)の狡猾なほくそ笑みが混じる。たった1日ほどの交流だが、この鈴奈の顔だけは、即座に見分けられた。


「人の血は、うまそうだ。他の二柱が押さえ込んではいるが、私は糸目をつけず生け贄を求める悪竜故な。人の姿を見れば、どうなるかわからぬ………。本当に、我がことながら悪趣味ね」


その表情が、厭世したようにやるせなく息を吐くのを目の当たりにして、「戻った」ことを確認し、進次も安堵する。いくら進次が彼女のことを人間と思おうと、まぎれもなくその精神性に、「神」が、そして「魔」が宿っていることは覆しようのない事実だ。

くわえて、きっと誠実でないのは進次も同じこと。その事実が、より一層、彼女から目を離すことができなくしていた。


「そっか。あのさ……」


進次にとって、恐らく最も重要な事柄。最も気になる関係性。鈴奈と譲は、どんな時を過ごしたのか、進次の知らないところで育まれていた、その絆。

 進次が誠実でないとすれば、この一点。果たして進次は、「譲と関係があったから、自分も彼女を突き放すことができない」のか?その答えを、進次はまだ持っていなかった。


「? なぁに?」


「……………」


問い掛けようとして、息が詰まる。それを知ってどうする?知ってしまっていいのか?

 仮にも進次はミトス。譲の守りたかった、この世界を守るために剣を取った。その決意を、裏切ることはできない。

 そして鈴奈は虚獣の母。きっと彼女を止めなければ、この世界の悲しみは繰り返す、終わらない。

 しかし、しかしだ。彼女(スズナ)はそれを望んでやっているわけではないはずだ。その血の宿業が、界魂(アニマ・ムンディ)を呼び寄せ、塔機関がそれでは飽き足らず二柱の(かみ)を降霊して、彼女は、彼女は、彼女は-----!!


「---お話がないなら、早く大海のごはん食べましょう?お腹空いちゃった」


鈴奈の控えめな提案に、ぐちゃぐちゃの理論にまみれた脳内を洗われる。

嗚呼、馬鹿馬鹿しい。結局進次は、こんな風に目の前で微笑んでくれる誰かを守ることが、そんな幸せを背負っていく以外に、自分が生きる意味なんてないことを、よりにもよって鈴奈に再認識させられる。出逢ってわずか半日、そんな小さな隣人が笑ってくれるのなら、それで。


「そうだね。---ありがとう。なんでもないよ」


鈴奈に手を引かれるまま、穏やかな団欒を目指して歩いて行く。

 見ない振り。きっと、取り返しのつかない結末に繋がるかもしれない、悪手の中のBAD。

そんな未来を払い除ける決意を、ここに。


(きっと見つける。誰も悲しまない方法を。鈴奈ちゃんが、心の底から笑える幸せな世界を)

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